第2話

 街の大時計がまだ六時を少し過ぎた頃ベラはギルドの扉の前で待機していた。

 ベラは昨日と同じような服装に革でできた一枚マントを羽織っていた、一見して高位魔獣の皮を使っているのが分かるほど力強さを携えていた。

 「早いな」

 「当たり前だ、なんなら私は昨日出ても良かったんだぞ」

 重圧から少しは解放されたおかげか昨日の姿が嘘のように余裕にあふれていた。

 「聞き忘れていたがロックドラゴンの場所は分かっているのか?」

 「ああ、一週間ほど前にベルンの街から東に二日ほどの場所で目撃情報があった」

 ベルは腰に結び付けた革袋から地図を取り出し一つの場所を指した。

 ベルンの街は東に荒野、西に森が広がっており、西の森は薬草や多様な魔物が生息しているが反対に東の荒野は危険性は高いが専門職が居ないと金にならない魔物が大半を過ぎており冒険者が全くといってもいいほどに寄り付かない地となっていた。

 大赤字そんな言葉も頭の中によぎり始めていた。

 「後付けで悪いが二つ条件つけてもいいか?」

 「何だ?」

 見て取れるようにベラに少しばかりの不安と緊張感が走る。

 「金は絶対に後で払ってほしい」

 「何だそんなことか」

 「こっちにとっては死活問題なんだ」

 何はともあれ冒険者は物入りなのだ、ありとあらゆる物が消耗品なのだ。鉄貨一枚が生死を分けるなどよく聞く話だった。

 「それと依頼中にお互いのことは詮索しないし、依頼が終わったらベラの依頼主を含めもう干渉しない」

 「私はともかく、主人の事となると私の一存では決められん」

 ベラは悩ましそうな顔をしながら返事をした。

 俺としてはどちらかと言えばこちらの方が本命だった。

 貴族と関りを持つとろくなことにはならない、それは誰しもがしる常識の一つだった。さらにベラは一級品もしくはそれに準ずるものを装備しておりそんな人物の主ともなればある程度の権力を持っていることは容易に想像できた。

 「それが確証を持てないならこの話は無かったことにしてほしい」

 「ま、待ってくれ。少し時間をくれないだろうか」

 ベラはああでもないこうでもないと頭を振り回しながら考えているとふいにジンの肩をスイが叩いた。

 「なんだ?」

 「ダメだよ、そんな意地悪言わないの」

 スイは可愛らしく頬を膨らませながらジンにそう言ってベラの手を取った。

 「無理だったらしょうがないけど一応聞いてみて貰える?」

 「あ、ああ、それくらだったら」

 「それで十分だよ」

 スイはベラに行った後にジンに向き直した。

 「ジンもそれでいいでしょ?」

 「…ああ」

 スイはどこか圧のある微笑みでジンに尋ねた。ジンは気圧されて反論することも出来ずに頷くことしか出来なかった。

 

 東門の門番に冒険者のタグを見せ心ばかりのチップを払い街道へとでる。

 交易の要所であるためにベルンの街道はある程度綺麗に舗装されていた。

 舗装された道を歩くこと数時間、道の周りに生えていた草木も少しずつ少なくなって岩場が増えてきた。

 「さてそろそろ荒野につくがどうやって探す?」

 「川の近くを探すのが一番楽で確実だよ」

 スイは荒野に横たわる長い川を指さした、楽で確実だが今回に限っては一つだけ懸念点があった。

 「そうだが、どれくらい時間あるんだ?」

 その言葉を聞いてベラは少し渋い顔をした。

 「出来れば三日ほどで、長くても五日ほどで頼みたい」

 「となるとスイの案は少し厳しいか」

 「だったらベラさんが言ってたところ目指しつつ探すって感じかな」

 「そうだな、それしかないか」

 短いやり取りを済ませて俺たちはまた荒野を歩き出した。


 荒野を探索して数時間、太陽が頭上に差しかかった時に前方に数匹の影を発見した。

 「ゴブリンか」

 「みたいだね」

 ゴブリンは成人男性の胸ほどの身長に汚く黒ばんだ緑色の肌、特徴は何といっても繁殖力でありとあらゆる場所にいて何もない荒野も例に漏れずゴブリンが闊歩していた、ある意味人類の天敵とも言える存在だった。

 「ほんとどこにでもいるな、こんな何もないとこであいつら何食ってんだろうな」

 「ミミズとかじゃない」

 スイはそう言いつつ腰からぶら下げていたポーチからペンより少し長いくらいの短い杖を取り出してゴブリン達へと向ける。

 「私がやろうか」

 「いいのか?」

 「いいよ」

 玲瓏な声でスイが呟く。

 「雷よ」

 その一言に従い放たれた雷が寸分違えずゴブリン達の頭を貫く。

 たった一言、短く呟くそれだけでゴブリン達は動かぬ死体へと変わった、A級の魔法使いの力とはかくも強いものだった。

 十秒にも満たない時間で数匹いたゴブリンは全て死体へと変わった。

 「じゃあちょっと耳取ってくるね」

 「分かった」

 ゴブリンは右耳が討伐証明部位になる、いくつあっても貰える金額はたかが知れているが今回は報酬が支払われる確証がないため取れるものは取っておかねばいけなかった。

 「凄まじいな」

 スイが耳を回収するために離れると同時にベラがそう呟いた。

 「そうか?」

 「ああ、あれだけの詠唱でかくも威力が出せる者などそうそういないだろう」

 「ふーん、そんなもんなのか」

 スイ以外の魔法使いを見たことも無くなんとなく返事を返した俺を見てベラは一つため息をついた。

 「魔力が思いの力だと言われてるのは知っているか?」

 「ああ、それぐらいは知ってる」

 そうだな、と呟きベラは近くにある木に手のひらを向ける。

 「火よ火球となりて目の前の気を貫け」

 ベラの手から出た丸い火は言葉通り少し離れてた木へと一直線に当たり、少しだけ表面を焦がした。

 「言葉の違いはあれど最低でもこれくらいは言わねば魔法にはならないのだ」

 「そんなに長いのか…」

 「それはそうだ、言葉によって頭の中の景色を現象に代えるのだから、短くなればなるほど難しくなってくる」

 そう言ってベラはもう一度手のひらを木に向ける。

 「火球よ」

 さっきと同じほどの火の玉が今度は木を貫いて燃やした。

 「こういう風に定型文に当てはめることで誰にでも使いやすくするんだ。威力の差はあれで誰が使っても同じような形になる」

 「…なるほど」

 「どうだ、今の説明を聞くだけでも彼女の凄さが分かるだろう」

 つまりスイはあの短時間で全ての情報を頭の中で構成して魔法として行使しているのだろう、それがどれほど難しい事かはっきりとは分からないが仲間が褒められて悪い気はしなかった。

 「ただいま」

 見計らったかのように話が終わったタイミングでスイが戻ってきた、俺とベラとの会話は終わり荒野の奥地へと歩を進める。


 太陽がゆっくりとだが地平線に近づいてくる時間帯に差し掛かり今日の探索を打ち切ることにした、結局あの後ロックドラゴンはおろかゴブリン一匹すら見つけることができなかった。

 「今日はここまでだな」

 「もう少し探せないか?」

 ベラは焦った顔で懇願するように俺の顔を見ながらそう言った。

 「日が暮れるとその分危険が増えるし見つけづらくなるから今日はここまでだ」

 「だ、だがっ、まだ完全に日が暮れるまで時間があるだろう」

 月と星の明りだけを頼りに探索を続けるのはあまりにも効率がいいとは言えない、それに魔物は夜目が利くものが多く夜の時間帯は魔の時間帯であった。

 理由を告げても何かと食い下がってくるベラの肩にスイが手を置いた。

 「明日こそは見つかるよ、ね?」

 「あ、ああ、そうだな!」

 「じゃあ今日はここまでだな」

 確信をもったように言うスイの言葉になんとか自分を落ち着かせたベラはテントの設営に取り掛かった。


 「寝ずの番は俺たち二人でやるからベラは寝ていいぞ」

 「私もやるぞ?」

 ジンの言葉に不思議そうな顔をするベラに向かってジンはすまないが、と前置きをしつつ剣の柄をベラに向けた。

 「まだ命を預けれるほど信用しているわけじゃない」

 「だが、君達だけでは負担が多いいだろう」

 「これまで二人で依頼を受けるときにはこうしてきていたから慣れてるんだ、だから大丈夫だよ」

 スイはベラに言葉を挟ませること無くジンに続いて言うと、ベラは納得したのか野営の準備に取り掛かった。

 

 スイの寝息が静かに荒野に響いている中ゆっくりとベラがジンの前に座った。

 「どうした?」

 「いや、なに、寝れなくてな」

 「そうか」

 ベラが少し気恥ずかしそうに言うのに対してジンは短く答えて焚火をつついた。

 「…すまなかった」

 「どうしたいきなり?」

 「今回君達には大分無理なお願いを言ってしまいすまない」

 ベラはそう言いながら深く頭を下げた。

 「…頭上げろよ」

 「ああ…」

 ベラが頭を上げたのを確認したジンは何度か口を開きかけては閉じることを繰り返した。

 「報酬はちゃんと貰えるんだろ?」

 「あ、ああ、それはお嬢様の名に誓おう」

 「ならお前が気にすることなんて何もない。第一依頼を受けると決めたのは俺だ、だからお前が気に病むことはない」

 ジンはユラユラと揺れる火をいじりながらベラに言った。


 「…ジン、君は優しい男なんだな」

 「は?」

 ジンが驚いて顔を上げるとベラは優しく微笑んでジンを見ていた。ベラのブラウンの目が焚火に照らされてキラキラと輝いていた。

 「やっと目が合ったな」

 「…そんなことよりさっきの言葉はどういう意味だ?」

 「どういうもなにもそのままの意味だぞ」

 「だからなんでそう思ったのか聞いているんだ」

 「君は私が傷つかないように言葉を探してくれたんだろう」

 「それは、そうだが、そんなの当たり前の事だろ」

 ジンはどこか照れを隠すようにぶっきらぼうにそう言うと、ベラは面白そうに小さく笑った。

 「私たちはそれを優しさと言うんだよ」

 ベラはまるで子供を諭すかのような優しい口調でジンのそう言った。その言葉を聞いたジンは何も言わずにただ下を向いてしまった。

 ベラにはジンの顔が赤くなっているように見えたがそれを焚火せいにして何も言わずに立ち上がった。

 「さて、私はそろそろ寝ることにするよ」

 「ああ」

 ベラはそう言ってすぐに自分の寝袋にも出って言った。

 ベラが去って行った後にじっと火を見つめながらさっきの言葉に思いを巡らせた。 

 

 焚火の前でじっと周りを警戒しながら時間が過ぎるのを待つ、後ろから今度は軽い足音がした。

 「まだ時間あるぞ」

 「ちょっと目が醒めちゃった」

 「そうか」

 会話はそこで途切れ静寂の時間がまた流れ出す。さっきと同じ様に焚火を囲んで時間が過ぎてゆく、たださっきよりジンの雰囲気は幾分か柔らかくなっていた。

 「どうだった今日は?」

 「疲れた」

 「それは荒野を歩いたからそれとも…」

 そこで言葉を区切ったスイは後ろで静かに寝息を立てているベラのほうに視線を投げる。

 「そうだな、そっちの方が大きいかもな」

 「無理させちゃったかな、ごめんね」

 「ああ、今日は今までで一番疲れた。でも…」

 「でも?」

 変に言葉を区切ったせいかスイが可愛らしく首を傾けてこちらの目を真っ直ぐに見つめる。

 「悪くはなかったな」

 ジンは今日一日の感想をぶっきらぼうに簡潔にスイに告げた。

「そっか、ならよかった」

 スイは安堵を漏らすように一つ息を吐いた。

 「…今日はもう寝る」

 「うん、おやすみ」

 「ああ、おやすみ」

 そう言って簡易的な寝袋をもって焚火を離れる。

 「スイ、いつもありがとう」

 寝袋を引いて言うだけ言って毛布に包まって目を瞑る。

 明日はきっとスイが言った通り忙しい日になるだろう、だからスイが何かを言うよりも先に眠りにつくことにした。

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