第34話 変革

「これが、ミスリルの正しい歴史。そして、今もミスリルは変革の時を過ごす。アストラムとの戦い、そして来るべきトロンとの戦争。それを乗り越えるためには、お姉さま、そしてレイドローたちの協力は不可欠。そして、あなたも」


 そう言って王女が指さすのは、ナナだった。


「もちろん、あなたがアンドロマキアの再興にこだわっているのは知っている。その理由まではわからない。だから、私はその夢を叶えるために協力することを約束するは。これより、レジスタンスとミスリルは完全な協力体制に移行する」


「あ、ありがとう」


「そして、これは国同士の約束。だから、次は私に約束して」


 王女は小指を差し出して、ナナに向けた。ナナもそれに従って、小指を絡める。王女の指は細くて白かったけれども、冷たくはなかった。


「何かあったら、お互いに助け合う事。これは国同士じゃなくて、アスターナ=フォン=ミスリルとナナ=ルルフェンズの約束」


「わかった。約束する」


 本当ならば、王族が正規軍でもない少女に対して対等な立場で個人的な約束などする必要はないけれども、それでもアスターナの行為を咎める人はいなかった。それも、アスターナが反発を受けながらも身分制度をどんどん緩和してきたおかげで、重臣たちの中にも低い身分から出世した人がいる。いい国だ。


「でも、どうしてアンドロマキアの再興にこだわるの」


 ナナはまっすぐに見つめられると、答えに窮する。だって、その理由を持つのはナナ自身でもなくて、スガリでもなくて、リノでもないからだ。


「お父さんが、アンドロマキアを愛していたからかな」


 アンドロマキアは確かに未熟な国家だった。身分制度が色濃く残り、奴隷制も存在している。女性の立場が弱く、相当の家でなければ参政権すらも与えられない。そんな国だからこそ、皇帝の暴走に付け込まれてわずかな期間で崩壊した。


 忠誠心、愛国心なども育ち切らず。既に独立した領主たちは常に自分の利権を最優先して、レジスタンスの呼びかけにも応じない。きっと、少しでも努力すればアンドロマキアはもう少し良い国であれたはずだ。そうすれば、滅びなかった。


 だけど、それをルルフェンズは愛した。なら、それでいい。


「お父さんは常にアンドロマキアの事を考えて、アンドロマキアのために行動し、アンドロマキアのために敵軍へ突撃して亡くなった。その意志を引き継いで、お父さんの願いを叶えるためには、ふたたびアンドロマキアを復興させて、なおかつ先代のころよりももっと良い国にするという義務が、私にはある」


 その目には、確かに覚悟の炎が宿っている。その願いを叶えるためならば、命を失っても構わないと、そう思っている気さえした。だけど、そんなことを考えるにはナナはまだ若いし、なによりも弱い。


 いや、一人で戦局を壊すだけの力は持っているがそういうことじゃない。


 心の強さだ。まあ、アスターナも言えたものではないが。


「うん、話はまとまったな。そして、私からもお礼を言わせてもらおう。その前に名前を告げるのが筋だな。現王女の姉、ガディ=フォン=ミスリル。ナナ=ルルフェンズの助太刀感謝する。おかげで、私たちはグラマンの敷いた人を突破できた」


「いえいえ、そう言ってもらえると光栄です」


「だが、そなたは南方戦線にいたはず。そして、南方戦線が停戦してから私が銀狼を預かるまでの間にわずか半刻も経っていない。そなたはどうして北部戦線に現れることができた。転移魔法でも使ったのか」


 いや、転移魔法でないことは明らかだ。ガディもそれなりに魔法の力を得ている、それも禁忌の魔法まで。ならば、相手が転移魔法を直近の一時間以内で使ったのならばさすがにわかるはずだ。それに、ナナが転移魔法をこちらに隠す意味もない。


「いえいえ、私は最初から北部にいたんですよ」


「それは、どういうことだ?」


「言葉の通りの意味です。私は、最初からトロンとアストラムの連合軍と戦うのをすべてリノとスガリに任せていました。さすがに自分の姿がないと怪しまれるかもしれないので、分身をこうやってつくっていましたけれどね」


 ナナがくるくると人差し指を回すと、姿かたちが全く同じのナナ=ルルフェンズが現れた。そして、ナナが微笑むと、もう一人も微笑む。そして、作られたほうのナナ=ルルフェンズは話し始めた。


「こうして、私が南部戦線で影武者みたいなことをしていたんですよ。ナナは全ての擬人兵と五感を共有できるので、フェンドリックに襲われたときもすぐにナナの形を複製して戦えたんですね」


「そうそう。いちおう、普通の美少女を作るよりも目の色とか髪の毛の色をしていするために魔力を消費するから、この姿をコピーするのは百人が限界」


「だから、普段はあんまり使わないんだけれども、今回みたいに戦線が大きく分かれているときは、だいたいどこの戦線にも対応できるようにはしますね」


「ああ、もううるさい」


 ナナはアスターナたちが驚いているのが面白かったからか、どんどんとその数を増やしついには百人を生みだしてそれぞれが自由気ままに話していた。カオスだ。


「やれやれ」


 それを見て、スガリもリノもあきれた溜息をつくことしかできなかった。

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