第33話 改革

 ただ、父はあくまで妻にしか興味が無かった。姉には道具としてしか思っていないかったことが、アスターナには怖かった。父の笑顔が怖かったのだ。


 そして、その父が暴走する。


 ある日のことだった。姉の持病の容態が急変して、そのまま帰らぬ人となったのだとアスターナは聞かされた。しかし、それが嘘であることはなんとなくわかった。


 父は、演技で怒っていたから。病気なら演技で怒る必要はないし、演技でも怒る必要があるならそれは嘘だ。だからこそ、アスターナは身近な警備兵から色々な情報を得て、愛する姉が父の無理な命令によって亡くなったことを知る。すべては、父がレイドローたちを皆殺しにしようと画策したことだったことも。


 そして、父の目論見は見事にあたり、戦争が始まった。


 森は焼かれ、人が死に、国土は灰と化した。


 そんな状況を止めるには、姉の無念を晴らすにはこれしかない。


「自分の魔法を使って、父親を手にかけたんです」


 それしか、方法がなかった。


 そのころには、すでにアスターナは魔法使いとして覚醒していた。使えるのは、炎の魔法で幼いころは誰にもばれないように凍った食べ物を溶かして動物たちに分け与えていた。その魔法が、ついには人を殺せるようになったことをアスターナは知っていたが、そんな量の力を使うことはできなかった。


 当たり前だ、人を殺害するかもしれない魔法など、ふつうは使えない。しかし、アスターナは多数の命を守るために、父親を手にかけた。ついで、継母も。


「燃え盛る父を前にして、私は逃げ出しました。それが、父親が燃えているショックからだと都合よく解釈してくれたおかげで私が疑われることはありませんでしたし、そのおかげで私はスムーズに王位を引き継ぐことができました。だけど、その考えを見抜いたのがレイドローでした。彼だけが私を糾弾してくれました」


 たとえ、大義名分があろうと年端もいかない少女が父親を手にかけたのだ。それは、並大抵の心労ではないだろう。しかし、彼女はそれを誰かに話すことはできない。仮に王族であったとしても同じ王族を殺害すれば罪に問われる。


 そうなれば政権はミスリル家を離れ、家臣たちの共同運営体制に移行するだろう。 


 しかし、それではミスリルはたちゆかない。よくも悪くも、ミスリルは王が絶対なのだ。羅針盤を失った船は、遭難するしかない。だから、アスターナは考えた。どうすればいいのかと、頭を悩ませた。そして、ひとつの答えを出した。


 墓場までこの秘密を持っていくと。しかし、それはつらかった。そんな時に、和平の使者としてレイドローが王宮にやってきたのだ。パレードの命令だけだしてふさぎ込んでいたアスターナには、救いになってくれるかもと思った。


 その彼を初めて見かけたのは、ちょうどアスターナが女中たちと王宮の庭を散歩しているときだった。番兵と何者かがもめているのを目にしたアスターナは、女中たちの制止を振り切ってそこの近くにある茂みに潜んで声を聴いていた。すると、どうやらその侵入者は私に面会したいと言っているようだった。別に断る理由もないし、アスターナが命を狙われても返り討ちにできる自信もあったからアスターナは番兵に話をして数人の親衛隊に囲まれての入城を許可した。


 謁見の間で話をしたレイドローは、その場で国王である父の暗殺をアスターナに向かって耳元でささやいた。アスターナはここで動揺すればきっと家臣たちにも悟られると思い冷静を装ったが、内心はかなり焦っていた。それが、レイドローにはお見通しだったみたいだ。レイドローは、こう言った。


―――あなたが望むなら、この国を変えましょう。力を合わせて。


 そう言って、彼はアスターナの手を握った。

 それからしばらくして、レイドローはアスターナの前に再び姿を現した。彼の手には一枚の手紙があり、そこには短くこう書かれていた。

―――明日、市内の門前にて貴殿をお待ちしております。


 アスターナは、すぐに察した。彼が自分の味方であることに。おそらく、彼は自分の目的を果たすためにアスターナの力を必要としているに違いない。だから、わざわざこんな回りくどいやり方をしてまで自分を呼び出してきたのだ。


 そして翌日、言われたとおりにアスターナは指定された場所に赴いた。そこで待っていたのは、やはりレイドローだった。彼から特に指定はなかったが、アスターナは誰もついてこないように王宮から出てきた。もしもそんなことがあれば命を狙われてもおかしくないのだが、なぜかアスターナはレイドローがこちらの敵であるという最悪の可能性には思い当たらなかったし、それが現実になることもなかった。


 レイドローは非常に理知的な話し方をした。彼だって王族を憎む気持ちはあるかもしれないのに、彼はそれを一切というほどに見せなかった。そんな彼が非常に頼もしかったし、アスターナは最も高い地位で、もっと近い場所でミスリルを支えてほしいと考えた。こんな風にこそこそと会うよりも、彼が立派に王宮で発言権を持っている方がミスリルのためにもいいはずだ。


 だから、アスターナはそれを実現するべく政治体制の立て直しに奔走した。アスターナは結婚し、子供を産むことができる年齢ではあったが、今のところはそんなことを考えられなかったし考えたくもなかった。


 だから、王族は自然とアスターナ一人になる。もしも、自分に何かがあればと考えると王家の権威に頼らない政治体制の構築、絶対王権体制の撤廃は早急に解決するべき命題だった。アスターナはレイドローの存在を隠したまま、水面下で改革を進めた。身分制度の緩和など、ミスリルは少しだけいい国になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る