第32話 姉妹

 ミスリル・レジスタンス連合軍がアストラム・トロン連合軍を破った戦争はレジスタンスの強さを大陸中に知らしめる結果となった。


 純粋な戦力としては一国家にも満たないようなものだとしても、共和制アンドロマキアの功績である教育制度の充実による優秀な指揮官がいると評価はされていたが、まさか五千人にも満たない人員でトロンのそれも魔法使い部隊を破りアストラム軍を撤退させるとは誰も思わなかっただろう。


「まずは、停戦おめでとうございます」


「あなたのおかげよ。ナナ=ルルフェンズさん」


 結局、停戦交渉はミスリル優位の条件で停戦することになった。


 それは、ナナの活躍が評価されてしかるべきである。そのおかげか、ナナはちょうどいま、ミスリルの王女に謁見を認められ、そこで勲章を受け取った。


「あなたは、なにか望みはある?」


 ナナはその問いに対して、こう答えた。


「今後、レジスタンスと永久的な不可侵を約束してください」


 そのお願いにたいして、王女は笑って答える。


「もちろん、ミスリルはこれからもレジスタンスに協力します」


 その言葉を聞けて、ナナは安心だ。とりあえず、レジスタンスとしては北方を気にしなくなるだけでもありがたい。特に拠点としているアンドロマキア旧帝都はもともとが各地から貿易商などが集まる関係もあって、道が整備されている。


 裏を返せば、どの方向からも侵攻が容易ということだ。


「それと、私からもお願いがあるんだけど。いいかしら」


「なんなりと」


「ぜひ、ナナさんには私の部屋に来てもらいたいんです」


 そう言って王女は玉座を立ち上がる。数人の家来がそれに従った。ナナたちもそれに合わせて膝を地面から離す。そういえば、王女は体が弱いはずだったけれども大丈夫だろうか。そのまま、後ろについて王女の部屋へと向かう。


「スガリはここで待ってなさい。女の子の部屋なんだから」


「はいはい」


 まあ、当たり前だ。王女だろうと年頃の女性には部屋に足を踏み入れることを許されるような年齢じゃあない。だから、スガリを連れていくわけにはいかないのだ。

そして、リノと一緒に王女の部屋に通される。そこは簡素な部屋だった。必要最低限のものしかない。調度品も華美なものはなく、質素な作りをしていた。


「ごめんなさい、前回の戦争で襲われたときに焼けてしまって。なんとか修復したんですけれども。お姉ちゃんと一緒に新しい調度品を選んでいる途中なんです」


 彼女の部屋には既に、元王女である彼女の姉がいた。二人とも、長い金髪を揺らしながらこちらを見る瞳は、透き通った青色をしている。肌の色は白く、まるで人形のような美しさを持っている。年齢は姉がリノと、王女がナナと変わらないはずだ。


「ねえ、ナナさん。わたしね、同年代の子と話すのは久しぶりなの」


「ええ、私もです」


「ふふっ、その話し方をやめて。きっと、普段のあなたはそんな話し方をしないでしょう。なんだか、言葉を選んでいるように見えるから」


 くすくすと笑う彼女。その笑顔になんだかナナは懐かしさを感じたけれども、気のせいだろうか。それとも、過去にあったことが。いや、それはありえない。


「ですが、ミスリル王女様にそんなご無礼は」


「気にしなくていいわ。それでも、どうしても気になるのなら私たちは友達になりましょう。それなら気を使わなくていいでしょ。あなたと友達になりたいわ」


「友達?」


「ええ、あらためて自己紹介をするわ。私の名前はアスターナ=フォン=ミスリルと言います。どうぞよろしくお願いしますね」


 そう言って王女が笑顔を向けた瞬間に、ナナの緊張が解けた。きっと、彼女の笑顔にはそんな力がある。ふっと息を吐いた後、ナナは気持ちを入れ替えて話を始める。


「ええ、私の名前はナナ=ルルフェンズ。よろしくね」


「ええ。よろしく。それで、どうして私たちはここに呼ばれたの?」


 アスターナは少しの沈黙を挟んで、目を伏せるとゆっくりと話し始めた。


「実はあなたに聞いてもらいたいことがあるの」


 それは、彼女のこれまでの人生についてだった。


 アスターナは生まれながらに体が弱くて、あまり外に出られない生活を送ってきたらしい。だけど、そんな彼女にも夢があった。それは、自分の目で外の世界を見ることだ。そのためには、まずは自分が元気にならないといけなかった。

 

 元気になってミスリルのために働きたかった。


 だけど、そんなある日のこと。突然、母が病気になってしまった。原因はわからない。医者に見せても何もできないと言われ、日に日に弱っていく母の姿を見ていることしかできなかったという。そして、ついに母は亡くなってしまった。


 それからというもの、父は新しい妻を迎えた。そして、その妻とともにやってきたのがミスリルを大きく変える姉だった。今も隣にいる彼女だ。


「え、あなたたちは血のつながりがないの?」


「そう。こんなに似ているけれども血はつながっていない。だけど、お姉ちゃんだと思っているわ。優しくて、強くて、かっこいい私のお姉ちゃんだから」


 姉は優しくて美人で何でもできる人で、いつも自慢の種だった。


 だけど、父はあまり興味がないのか、姉とはろくに会話をしていなかった。姉はその実力を生かしてミスリルのために貢献をしようとしていたし、実際に功績は立派なものだった。私には優しくて、国のために精一杯働くお姉ちゃんへ、アスターナはあこがれの気持ちを募らせていった。

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