第31話 奮闘
【ミスリル陣内レイドロー】
「くそっ、敵が思ったよりも多いな」
グラマンならきちんと指示を出して波状攻撃を仕掛けて来るとは思っていたが、まさかこれほどの人数を寄せて来るとは。いや、そもそもグラマンの影が見えない。
「レイドロー様。もう、持ちこたえられません!」
「なんとか抑えろ。王女様の加護がなんとかしてくれる!」
声をかけて励ますことしかできない。銀狼の移動速度で突破すれば、なんとか街に迫るまでしのぎ切れると思っていたが、その考えは甘かったか。
「死ね! レイドロー」
アストラム兵の放った矢がこちらへと向かって一直線に飛んでくる。しかし、気づいた時にはもう遅い。ああ、ここまでか。ミスリルのため、いやあの王女様のために働いてきたつもりだった。あの小さな少女が、ベッドで震えている。
その震えを少しでも和らげることができたのならば私の人生に意味はあっただろうか。王女様は、私の死を悲しんでくれるだろうか。それならば、良い。彼女が悲しむ姿なんて見たくはないけれども、一方で少しだけ悲しんで欲しい気もする。
その矢に貫かれて死ぬ瞬間まで、レイドローは様々なことを考えた。
しかし、その矢がレイドローの首を貫くことは無かった。ちょうど目の前にいた兵士が、恐るべき反応を見せて、矢をたたき切ったのだ。いや、そんなことが一般兵にできるわけがない。なら、どうして。
「終わりよ。戦争は」
ちょうどレイドローの視線には、グラマンたちが背中を預ける山がある。そして、その頂上には一人の少女と、その後ろにいる五百人近い人間が朝日と共に旗をたなびかせてたっていた。その神々しさは、現世に神が降臨したのかと思うほどだった。
「つい先ほど、ミスリルの率いる銀狼部隊がアストラムの中心地へ到着したわ。このままだと、戦火は民衆にまで広がる。そんなことは、ミスリルもアストラムも望んでいないはずよ。だから、武器を置きなさい」
「だ、だれだ?」
ミスリルの一般兵、アストラムの一般兵。そこへ混乱が広がる。
「私はナナ=ルルフェンズ。もう一度、言う。今すぐ、武器を置いて国元へと帰りなさい。これは命令。従わないというのならば、私とここにいる五百人の擬人兵が相手になる。トロンの部隊ですらも蹴散らした私たちに勝てるかしら」
擬人兵。その言葉をいうときにはナナの声が少し小さくなった。彼女はきっと、味方を人だと思っているのだろう。だが、正確に伝えるには擬人と呼ばざるをえないことを苦しんでいる。逆に言えば、それだけがあの会食で見た彼女と同じだった。
いや、見た目も同じはずなのだ。銀髪をたなびかせ、滅んだアンドロマキアの軍服を身にまとう。しかし、違う。発するオーラが違う。彼女は戦場に出れば豹変するのか。人が死ぬという戦場の日常は、狂気を産む。
なら、彼女が普段から明るいようにふるまっていることも。
そして、戦場ではただ絶対的に平和を望んで擬人兵を使い戦うことも。
それもすべて十六歳の少女を戦場へと出し続けた我々の罪なのだろうか。
「わかりました、ミスリルはこれ以上の戦いをしない。ナナ=ルルフェンズの言葉に従い、国元へと帰還することをお約束いたします」
レイドローはそう言って、片膝をついた。
彼が膝をつく相手は、王女以外にはいないはずだった。
【南部戦線レジスタンス】
「これで戦争も終わりか」
「ナナならきっと、北部もおさめるでしょう」
「あいつは誰よりも平和を望んでいるのに、その平和を実現させるためには戦うしかないんだよな。悲しい話だ。戦場以外に生きられる場所がないのは」
「それはあなたもでしょう。スガリ」
「リノも同じだろう」
【ミスリル王宮内部】
王宮から逃れながらも、常に戦場の方を籠のなかから眺めていた。
その瞬間だった。さっき、お姉ちゃんが発しただろう蝶々よりもよっぽど多くの群れが、まるで空を多いつくすように広がって、そして戦場にある山の一点に集中していった。世界が、うねりを上げているようだった。
「お姉ちゃん!」
太陽を反射するその黄色い蝶々の群れ。お姉ちゃんの魔法が先に空へと描くその綺麗な光景。そして、それを追う様に舞う更に大きな蝶々の群れ。そのうちの一羽が、こちらへと向かってきた。そして、近くにいた近衛兵に沈んでいく。
「王女様。ミスリル軍とアストラム軍は停戦の運びとなりました」
「それは本当ですか?」
「はい。早急に軍に撤退命令を出してください。レイドローは無事です」
「わかりました。私の声を、伝えてくれますか?」
「はい。こちらの蝶に向かってお話しください」
王女は、思い切り息を吸いこんだ。空気が冷たいから、少し喉が痛む。
「ミスリル軍に次ぐ、すぐに戦闘をやめて王都へと戻りなさい。そして、パレードをしましょう。あの時よりももっと、豪華な。そして素敵なパレードを!」
この声はレイドローに届いただろうか。
あの日、父上が亡くなられて私が王位を継いでから最初に下した命令。王都に戻って、軍によるパレードをすること。きっと、レイドローにも伝わっているはずだ。
「ほら、すぐに戻ってお姉ちゃんをお迎えする準備!」
わくわくしている自分がいた。二人と会えることを。
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