第26話 停戦

【南部戦線レジスタンス 山中】


「誰?」


 ナナは、目の前にいるのが幻影かと思った。そこにいたのは、一人の男性だけれども彼は武器らしきものは持っていない。だが、彼の方向へと攻撃を繰り出していったフェンドリックは木をなぎ倒しながら吹っ飛んでいった。


「どうも、お怪我はないかなお嬢さん。おや、顔に傷が」


 彼はナナの頬に入った一本の線を、親指でなぞった。


「レプリカ。傷を治してあげて」


「わかりました」


 その彼の背後から、レプリカさんが現れる。


「はい。回復魔法」


 レプリカがそういうと、ナナの頬から傷が消える。治ったわけでは無くて、元から無かったかのように消えた。ナナが指で触れても、そこに傷があったという方が嘘だと思うほど、綺麗になっている。


「くそ、お前は何者だ?」


 フェンドリックが体勢を立て直している。ナナも、すぐに戦闘態勢をとるが、彼とレプリカは何も反応しない。そもそも、先ほどフェンドリックを吹き飛ばした彼はいったいなにもので、どうやってフェンドリックを吹き飛ばしたんだ。


「おいおい、君がさっき言ってたじゃないか。名乗る時は先に名前を言うのが礼儀だと。まさか、忘れたわけではないだろう?」


「ちっ」


「ま、いいさ。僕の名前はアルタイル。こちらの可愛い子はレプリカ。そして、君を殴り飛ばしたのはマフラーレン。僕自身は君にかすり傷すらあたえられないだろう」 


 アルタイル?


「じゃあ、もういいや。マフラーレン、やってもいいよ」


 その命令が聞こえた瞬間に、再びフェンドリックが吹き飛んだ。彼の背中にぶつかった気がどんどんと倒れてゆき、月明かりが差し込む。


 目の前に、アルタイルとレプリカがいる。そして、先ほどまで戦っていたフェンドリックは、そんな事ができるのはアンドロマキア内でも限られてくる。そう、アルタイルのボディーガードのマフラーレンだ。


 フェンドリックが大剣を武器に戦うのに対して、マフラーレンは素手で戦う。拳には専用の鎧をつけることで、攻撃力を上げている。そして、フェンドリックは大剣を奪われている。これは、勝負ありだ。リーチで劣るが、スピードが違う。


「大丈夫かい? ナナ=ルルフェンズ」


 アルタイルの手が差し伸べられる。ナナは擬人兵をトロンの相手に向かわせた。


「まさか魔法をそこまで使えたとは思わなかったよ」


「ねえ、あの戦いをやめさせて」


 ナナはフェンドリックとマフラーレンの戦いをやめさせるようにお願いした。


「ん? どうしてだい」


「フェンドリックは私の敵じゃない」


 その瞬間、マフラーレンが、フェンドリックのみぞおちを狙う。それを防ぐフェンドリック。だが、マフラーレンの拳が、フェンドリックの顔にクリーンヒットした。血が流れているせいか、反応がどんどん遅くなっているように見える。


「ぐふっ」


 フェンドリックが崩れ落ちる。もう、動けない。終わりだ。


「じゃあ、こうしよう。フェンドリック。君が今から下にいる敵軍を殲滅してきてくれ。うちのマフラーレンも連れて行くし、ここの擬人兵を連れて僕達も向かうよ」


 もう、彼に抵抗する意志は無い。どう考えても、フェンドリック側が不利だ。


「それをしたらどうなるんだ」


「君がナナを襲った事実は無かったことにしよう。そして、ここを見逃す。いいね」


 ……


「わかった。行くぞ」


「死なない程度に傷は治してあげてよレプリカ」


「はい、わかりました」


 回復したフェンドリックは、すぐに山を駆け下りていった。


「下はどうなっているの? ハクライさんの軍は?」


「ほとんど壊滅だよ」


「え?」


 どうして? 経験は少ないとは言えど、ハクライの指揮する五千が。そこそこ優秀だと思っていた。こんな短い間に敗れることは無いはずだ。


「君は優秀な指揮官だ。魔法部隊を迎え撃つために、ハクライ軍と擬人兵部隊を分けて配置した。そこまでは問題が無い。魔法部隊と普通の人間が戦えばまともな戦闘にはならない。戦術としては百点だろう」


 そう言って、アルタイルは一拍を置いた


「だが、君はわかっていない。ストレイジングにどうして敗れたのかを」


「え?」


「これ以上のヒントはあげられないよ。さあ、擬人兵を連れて山を下りるよ」


 その答えが気になったが、ナナは黙って従うことにした。


 その後の展開はスムーズだった。魔法使い部隊の陣形を一人で崩したフェンドリックと、そのフェンドリックと渡り合えるマフラーレンが敵の陣形を崩した。そこへ擬人兵が投入され、敵の第二、第三部隊を壊滅させた。ナナは擬人兵を操りながらスガリの下へと急ぐ。ハクライの救出にはリノが向かった。


「あのふたりの操縦を、任せても大丈夫ですか?」


「もちろん、はやく彼の下へ行ってあげなさい」


「はい!」


 アルタイル。決して戦場での功績が目立つ人間ではないが、彼の知能ならばなんでもできるだろう。アンドロマキア国内で最も賢い人間。アルタイルにはその称号がよく似合う。ドクトリンに対抗できるのは、彼だ。


 幸い、スガリは無事だった。さらに、先を読んでハクライも回収してくれている。


「スガリ! 大丈夫だった?」


「わぁぁ、なんだナナかよ。びっくりさせるな」


 スガリは後ろから抱き着いてきたナナに驚いて、馬から落ちそうになる。慌てて姿勢を戻すと、ナナがちょうど反対側へとはじき返されるようになった。


「まあ、そんな冷たい言い方をしなくても。ナナはスガリが心配だったのですよ」


「そ、そりゃあんな大軍を相手にしてるんだから」


「ちゃんと粘ってるさ。ほら」


 スガリは、見事に敵を動かさないようにしていた。火を大量に炊いて数を多く見せ、またここでスガリが独自に借りていた旗を掲げている。その旗は、バラ。


「この旗って、影響はすごいんだね」


「それだけサンクチュアリさんは実績があるんだよね」


 サンクチュアリ。共和制アンドロマキアで最強の軍人。過去の戦績は142勝0敗。 


 こんな相手に勝負を挑めるような軍人は、アストラムにはいない。スガリはさすがにここまでは読み切っていた。そのため、騙すために旗を借りてきたのだ。


「それで、ナナのほうはどうなったんだ?」


「こっちはアルタイルさんが助けに来てくれたわ。向こうは任せてって」


「なるほどな。じゃあ、もう少しここで待っておくか」


 あらかた片付いたタイミングを見計らって、ナナは擬人兵たちに後を任せてアルタイルの下へと向かった。マフラーレンとフェンドリックは暴れまわっているようで、前方では叫び声がこだまする。ナナはあまり好きじゃない。


「おや。こちらは上出来だけど、そっちはどうだい?」


「こちらも問題ありませんよ。そろそろ、停戦を考えたいのですが」


 この状況はどう考えても、こちらが押している。ナナは無駄な被害を望まない。それは例え相手がトロンの兵士であっても。さらに、ここからアストラムの二万を相手にするのは正直、骨が折れる。別に負けることはないだろうけど、ナナはそろそろ緊張の糸を緩めたかった。精神が体に追いついていない。


「そういうと思って、レプリカを派遣しておいたよ。僕たちも山を下ろう」


 アルタイルが空を眺める。そこには、炎魔法を用いた花火が打ち上げられた。どうやら、レプリカさんの停戦交渉が上手くいった合図らしい。


 しかし、この戦線はあくまでサブ。


 問題となるのは北部戦線だ。どうなのだろうか、北を向いても、星しか見えない。

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