第22話 恩義
【北部戦線ミスリル陣営】
不慮の事態によりミスリル軍は一時撤退、その隙にアストラムの北部戦線大将であるグラマンは素早く指示をして再び陣形を構えた。そこからは膠着状態になっている。これは、ミスリル側としては望ましくない。
「南部は無事だろうか。ナナ殿がどこまでやれるか」
すでに南部では戦闘が始まっているらしい。レイドローは、南部にいるレジスタンスの兵たちを憂いていた。正直、申し訳ない気持ちが大きい。
圧倒的な兵力差とトロンという強敵。レイドローが南部へと赴いても勝ち目が見えないというのが正直な答えだ。そのため、少しでも彼らの被害を減らすべく、レイドローは速攻でけりをつける必要があるのだが、それを防ぐのが眼前にいるグラマンの率いる部隊だ。もう、守りを固めている。
グラマンは特に専守防衛に優れた人材といえる。確実な方法を好み、常にリスクを嫌う。それは、ある意味では臆病で、ある意味では賢い。
そのため、ミスリルが『銀狼』部隊を配備している北部の領地を任されており、ここ五年ほどは国境が動いていないのも彼によるものが大きいだろう。
しかし、そんなことを言ってはいられない。
「これ以上時間をかけると、南部戦線が危ないです」
「ああ、わかっている」
「先ほど、伝令の兵がやってきました。トロン側の大将はドクトリンだそうです」
「ドクトリン……そうか」
こうなると、一刻も早く突破しなければ、レジスタンス将兵の命も危ない。
しかし、グラマンなら強行突破を許さない。間違いなく伏兵を配備しているはずだ。そこを突き抜けるほどの突破力を持たなければ、無謀な突撃でしかない。
「しかし、ドクトリンが相手か」
トロンの援軍で、まさかドクトリンが出てくるとは誰も想像していなかった。ドクトリンを示す言葉としてよく用いられるのは傑物だ。当然だろう。彼は大陸の中でも特に身分制度が色濃く残るトロンにて、わずか一代で宰相にまで登り詰めた。
天才的な頭脳と、実行力。なによりも、演説のうまさ。彼の話には誰もが耳を傾ける。それだけ、彼の声と態度には魅力がある。
それを最初は、夢物語を笑うだろう。彼の演説はいつも最終目標から始まる。ただ、それに至るまでの道筋が完璧にできていれば、それは夢ではなくて来るべき未来になる。それを実現させる実力があることを証明すればいい。
レイドローも彼の演説を一度だけ聞いたことがあるが、彼はその巧みな話術によって民衆に未来を魅せているのだ。演説が上手いのは、古今東西のありとあらゆる独裁者に通じる共通点である。レイドローはドクトリンが怖い。
そんなドクトリン率いるトロンの部隊には敵わないだろう。すでに彼は勝利までのビジョンが見えている。そして、そこに至る道筋も。
アストラムを引き返させるためには、和平交渉を結ぶしかない。今の状態ではアストラムに有利な条件で和平条約を結ばされるため、少しでもこちらに有利な条件を出させるために敵の砦を落とす。それをできるのは我々しかいない。
「とにかく、すぐに南部に増援を要請しろ」
「かしこまりました」
その人物はにやりと笑った。それと同時に、もう一つの報告を思い出す。
「それと、王女様が何者かによって襲撃されたとのこと」
「なに?」
「詳しくはわかりませんが、王女様は無事だそうです」
「なら、良かった」
レイドローが戦う理由。
それは王女のためでしかない。もしも王女が討たれたならば、その人物を見つけ出して首をとるまで殺戮の限りを尽くすだろう。そのようなことは考えたくなかった。王女は、我々の部族を救った英雄なのだから。
『銀狼』
それは特殊部隊。普段から犬と暮らし、山の中で生活をしてきた部族の連合部隊。
その長であるレイドローももちろん、その部族の血を引いていた。レイドローは若くから部族内でも実力を見出されて、将来を期待されていた。レイドローもそれを受け止め、喜んだ。みんなで仲良く、山の中で暮らしていける、そう思っていた。
しかし、そんな山に訪れたのはミスリル正規軍であった。
当時のミスリルは共和制アンドロマキアとの国交を優先し、その技術力をもって領内の開発を急いでいた。凍らない港に、豊かな土壌を求めて森を切り倒してアンドロマキアからやってきた技術を存分に用いて生活を豊かにしていった。それらは確かに素晴らしいことだったが、その森や山に住むレイドローたちには到底、受け入れられることではなく。やがてそのひずみが争いへと発展していったのだ。
そして、問題が起こったのは、とある冬の日だった。
当時の部族とミスリル正規軍の争いは激化していたが、雪の降り積もる中で物資の調達が上手くいかないミスリル軍が停戦交渉を持ち掛けてきたのだ。部族たちも争いに疲れていたため、それを承諾するはずだった。
しかし、ここでへこへこと頭を下げて森から出ていけばまるで部族側が負けたようである。そのため、ミスリル軍から交渉を持ち掛けた手前、山の中にある部族の居住地で話し合いを行うという条件の下でそれを承諾した。
しかし、それが悲しい事件を生むことになるとは、だれも思わなかった。
当時、軍を率いていたのは現王女の姉であった。
彼女は軍人としてレイドローのように優れていたわけではないが、まさに勝利の女神という存在であった。そのため、各地の戦いでミスリルが勝利すれば彼女のおかげだともてはやされており、ミスリルで最も名前が知られた存在だっただろう。
実際に、女性のいる軍隊の方が優れているという過去があったというから、一概に間違ってはいないし、彼女の魔法も軍の行動に少なからず貢献はあっただろう。彼女はまだ成人もしていない少女だった。その彼女が部族たちの住む森へと踏み込む。
それを見つけたのは、部族のある少年だった。部族では幼いころから弓や剣に触れて育つ。そのため、言語を習得するよりも弓をいることができるようになる方が早い。そして、彼がわかることは彼の両親がミスリル軍によって殺害されたことと、視界にうつる彼女が高貴な見た目をしていることだけだった。
そして、その少年は純粋な復讐心から矢を放つ。
その矢は寸分のくるいもなく、王女の白い首筋に突き立てられた。
「お、王女さま。な、なにものだ!」
そのニュースはすぐさま軍から王都へ、そして大陸中に広まる。
そして、王は激怒した。
わが娘が停戦交渉と偽られて森へと誘い出されて討たれた。その事実を許すことはできなかった。ミスリル軍の最大動員兵力を森へと山へと差し向けて焼き払うように命じた。その炎は雪が降るのも構わず燃え続けて、三日三晩も消えることはなかった。その光景こそがまさにこの世の地獄であった。
しかし、その炎が途切れたと同時に、王は病床に伏せることになる。
まるでその炎が最後の命の炎であったように。その命を、娘を奪われた怒りが炎となって燃やし尽くしたように、王は一週間後に亡くなる。
家督を本来は長女が継ぐはずだったのだが、長女が亡くなったため、次女がそれを継いだ。そんないきさつで、急に王位を継承した王女が発した最初の命令。
『今すぐにミスリル軍は王都へと戻り、王位継承を祝うパレードを行うこと』
それは当たり前のことだったが、レイドローは彼女が、停戦命令の代わりにそれを命令したことを理解している。なぜなら、その当たり前とはあくまで大陸内での話であって、ミスリルでは初めての試みであったからだ。
そして、レイドローは王女の傘下に迎え入れられることになる。
「レイドロー様。どうされましたか」
その声を聴いて、レイドローは自分の意識が過去に向かっていたことを自覚する。
「ああ、すまない。少し考え事を」
「お疲れでしょうが、我々はあなたが頼りです。お気をたしかに」
「気を付けよう」
レイドローは最後のあのか弱いながらも、りりしい王女の笑顔を思い出して、再びグラマンの率いる軍のほうへと向き直った。王女のために死ねる。
「こうなれば、銀狼をつかうしかあるまい。そのために、すべての部隊長をすべて私のもとへと終結させてくれ」
ついに、北部戦線が決着の時を迎える。
こちらが敵の砦を陥落させるのが先か、ドクトリンの部隊がナナの率いる擬人兵部隊を突破してミスリルの重要都市に到着するのが先か。チキンレースだ。レジスタンスからの援軍に期待する者もいるが、ドクトリン隊に対抗できる戦力であるサンクチュアリはおそらくでてこない。そこまで、ミスリルに肩入れするとトロンとの関係悪化を招く危険性がある。
ならば、ミスリル国内に侵入されたドクトリン隊に対抗できる手段は人海戦術のみだ。わずか一万人の部隊を止めるために、ミスリル全土の兵を総動員して、十万人の軍で迎え撃つ。そんな事が現実でできるわけがない。ナナの奮戦に期待しよう。
一人の部隊長が陣の内側へと入ってくる。
「レイドロー、急に呼びつけてどうしましたか」
「ああ、これから我々は銀狼を率いてアストラム内へと侵入する」
どよめきがおこる。ミスリル最強の特殊部隊が北部戦線を打開する。
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