第23話 計算

【北部戦線アストラム陣営】


「グラマン様、敵が攻めてまいりました。その数は約五千。レイドローはいません」


「もう一度同じことを試すか。レイドロー」


 この戦闘は、粘った方が勝ちだ。いずれ、冷静さをなくしたほうが負ける。南部では既に戦闘が始まって、ナナ=ルルフェンズの率いる部隊とも衝突したという情報も入ってきた。おそらく、レイドローもそれを知っている。


 ナナ=ルルフェンズがどこまで有能かは不明だが、トロン相手に長くはもたないだろう。いわばお互いに刃を喉元につきつけている状態で、そのナイフがすでに動き出したのだから、焦らざるを得ない。これは勝てる。


「また、敵の一部部隊が山中に侵入を試みている模様」


「正面から来る部隊は叩き潰せ。山中の部隊は放置して囲い込む」


「かしこまりました」


「これから夜が深まるというのに、レイドローは狂ったか?」


 渓谷はアストラム王国の領土である。ここらの地理はアストラム側の方が詳しい。


 山賊達もアストラム王国側の味方だ。どう考えてもアストラムが有利な夜の山間部での戦闘は違和感がある。レイドローほどの男が、いくら焦っていてもそこのミスをするとは考えられない。どうするかだな。


「念のため、ミスリル陣営に潜んでいる奴に連絡を送れ」


 もちろん、グラマンとしてはしびれを切らしたレイドロー軍が突っ込んできたところをたたきつぶす想定をしていた。しかし、それは昼の時間帯に起こるはずだ。レイドローは何かを狙っているのか。どうする、敵を迎え撃つか?


「それに、念のために監視を増やしておけ、北と南を重点的に」


「かしこまりました。敵がいる西ではなくですか?」


「ああ、ここでの突撃はそれ以外の目的が考えられない」


「かしこまりました」


 おそらく、今の部隊が囮だ。山中に部隊を潜ませたのも注意を少しでも西に向けるため。本命はこちらの本陣を急襲することを狙うはずだ。そして、どこかの砦に迫る。しかし、こちらも各地にも五千人ほどの防衛軍を配備している。それはレイドローも手に入れている情報だろう。


 攻城戦は倍以上の戦力が無いと確実には勝てない。つまりは、レイドローの用意する砦急襲部隊は少なくとも一万人。多ければ一万五千人ほどを用意するだろう。 


 そこまでの大軍が移動すれば、こちらもわかる。その部隊を先に追撃して潰す。残りの一万五千から二万人の軍であれば平地で戦っても簡単には負けない。砦さえ守っていれば、南部にいる軍ががミスリルを蹂躙する。完璧だ。


 やっと、これまで何度も苦渋を飲まされてきたレイドローを相手に勝つことができる。そのことを思うと、グラマンは笑みが抑えられなかった。


【南部戦線トロン陣営】


「ドクトリン様、どうやら第一部隊が壊滅したようでございます。魔道具に生命反応がかんじられません。いかがいたしますか」


 その兵士は冷静を装っているが、唇が震えている。どうやら慌てているようだが、ドクトリンはそんなことを気にしない。すべては、数字にしか見えない。


「では、第二部隊を左から第三舞台を右から投入しなさい」


 しかし、想定以上だった。正確に言えば、想定内では最悪の結果だ。


 まさか、二千五百ほどの第一部隊をここまで早く全滅させるとは、


「それが、なぜかわかりませんが偵察兵の中には、体がまっぷたつに割れた遺体を発見したものがおります。ナナ=ルルフェンズにそんな力があるなんて聞いたことがありませんし、そこまで残虐なことを少女ができるでしょうか」


「確かにそれは不思議ですね」


 擬人兵のメインウェポンは弓矢。それはドクトリンも承知している。


 しかし、弓では体をまっぷたつにすることなどどうやってもできない。それこそ、人をまっぷたつにするならそれくらい大きな剣が必要だ。擬人兵なら操れないこともないだろうが、いったい何人がかりで行う必要があるだろうか。情報によれば、擬人兵は一般兵と変わらない力しかもっていないらしい。


「おもしろい。アンドロマキアはまだ、人材の宝庫ですからね」


 共和制アンドロマキアの崩壊は、優秀な浪人が大量にあふれることを意味していた。あんなに大きな国で政治をつかさどる、アンドロマキアの正規軍ほど多くの軍を率いることができるだけでも十分だ。その一部はレジスタンスに合流したため厄介だが、トロンの庇護を受けている人間も多い。


 アンドロマキアの残した学校制度は、大陸の勢力図を大きく変える。


「ぜひ、そのまっぷたつにした犯人も、トロンに連れて帰りましょう」


 ドクトリンは、優秀な手駒が好きだ。優秀な人間は嫌いだが。


【南部戦線レジスタンス陣営 山中】


「ナナ、左前方で戦闘がおこりました。スガリとアストラムの軍でしょう」


「まあ、なんとかしてくれるでしょ」


 リノはそのぶっきらぼうな態度をしたナナを見て、ほほえましく思う。


 彼女は、スガリの戦っているであろう方向を一瞥すらしない。そのことは、彼が負けない、死なないことを確信している。リノでも、そこまでは思えなかった。百倍の大軍を相手に、どれだけやれるだろうか。


「ナナ、こんなものが」


 擬人兵の一人が、ある遺体を見つけた。ナナは、その場所へと魔力を放ち、擬人兵の言う遺体の形状を把握する。それはぱっくりと縦に切断されていた。


「なにこれ。ちょっとリノ。移動するわよ」


 ナナとリノは数人の擬人兵を伴って、その遺体がある場所へと向かった。そこは、明らかに異様な光景だった。木がなぎ倒されて視界は開き、縦に横に切断された遺体がごろごろ転がっている。しかし、この場所に魔力は残っていない。


 つまり、擬人兵ではない何者かによるものだ。


「これは、スガリがやったのかしら」


「それはないでしょう。人の体をここまで切れ目なく二つに分けるには恐ろしいほどの力がいりますよ。スガリにそんな力はありませんよ」


「それはそうよね……探知してみるか」


 再びナナは魔力を山中に飛ばして、反応を見る。しかし、魔法の反応は擬人兵以外からは出ない。しかし、魔法でなければ相当の腕力を持つ人間でなおかつ、トロンの人間が次々と狩られているのを見るとレジスタンス側の人間になる。



 レジスタンスのメンバー? いや、ハクライさんの部隊に動きは見えない。


 いや、擬人兵を相手にしてないだけなのか?


「全員、トロン兵以外で不審な影を見れば報告をしなさい」


 擬人兵全員に通達する。彼らはナナの命令を聞いて散開する。


「リノ、この近くに何か感じる?」


「いえ、特に何も感じません」


「うーん、じゃあ、とりあえずはいいか」


 その時、茂みから何者かが現れた、


「ナナ=ルルフェンズ。覚悟!」


「なんだ、ただのトロン兵じゃない。あなたたちに用はないわ」


 トロン兵が放つ水魔法の激流を、ナナは素早くかわす。どうやら、リノは狙われていないらしい。その激流は地面にぶつかり、霧散した。


 そして、ナナは擬人兵を一人消すと同時に、そのコントロールを目の前にいるトロン兵に変更した。トロン兵の目が輝き、そして動きを止める。


「な、なんだ。どうして右手が」


「本物の魔法使いは意識まで操らないと魔法を使えないんだけど、あなたたちはそのちんけな魔道具のおかげで魔法が使えるだけだから相手が楽でいいわ」


 そう言ったナナは、トロン兵の右手を操りその魔力を充填する。


 そして、その手のひらを顔に向けた。


「ひぃぃぃ、や、やめてくれ」


「今更、何を言ってるのよ。ここは戦場、待ったはなしよ」


 直後、手のひらから放たれた渦がトロン兵の顔を飲み込み、ばらばらになって散っていった。勢いの強い水は岩をも叩き割る。やがて、体が倒れていった。


「これは、グロテスクですね」


「別に慣れたもんでしょ」


「へぇ、いい趣味をしてるな」


 明らかにリノのものでも、擬人兵のものでもない声が背後から聞こえた。


 ナナは、すぐさま操ったままの右手から渦を発生させて、自身に向けて放った。その渦を直前でかわすと、背後にいる人物に命中する。


 しかし、何の影響もなさそうに話す彼の声を、ナナは覚えていた。


「リノ!」


「はい」


 リノがすぐさま剣を抜き、背後の影に切りかかる。


 しかし、その剣は相手の剣とぶつかって止められた。その反動で、リノは弾き飛ばされる。きりかかったはずなのに、反動で吹き飛ばされた?


「おいおい、お前は邪魔だよ。おとなしく下にいる男の子守でもしてろ」


「それはスガリのことですかね。あの子に子守なんて必要ありませんよ」

 リノが再び姿勢を構えて、切りかかる。


 一見、互角に打ち合っているようだが重さが違って、どんどんリノが押されているように見えた。かろうじて、技術で相手の力をいなしているため致命傷は受けていない。しかし、このままではリノの腕が壊れてしまう。


「リノ! 今すぐに助けるわ」


 そう言ってナナは擬人兵を数人、呼び寄せる。


 彼女たちはそのまますぐに弓を構えた。


 しかし、呼び寄せられた擬人兵の放った矢はその男には刺さらない。


「こっちはてめぇらの味方をしてやっているのに、失礼な奴らだ」


「いったい、何の用よ。フェンドリック」


 最悪の人物が、そこにはいた。フェンドリック、どうしてここに。

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