第18話 血縁

【ミスリル王家宮殿内部】


「ごほんっ」


「王女様。大丈夫ですか?」


 ミスリル王女。アスターナが咳をすると、すぐ隣にいる召使いたちが慌てて容体をうかがう。あるものは王女の顔を窺い、あるものはあわただしく部屋を駆け回る。しかし、これくらいならば問題ない。


 ただの咳ではないけれども、命に別条があるわけでもない。私が死ぬことさえなければ、魔法が解けることは無い。レイドローのためにも死ぬわけにはいかない。


 王女はそれよりも、気になることがあった。


「おそらく、戦争がはじまりましたね」


 雪の降り積もる庭を眺めて、亡くなった兵士たちに思いをはせる。


 きっと、咳をするたびに人の命が失われているのだろう。体から、明らかに魔力が消費されている。薄い色をした魔力痕が、きらきらと輝いている。その光景はまるで雪のようで、部屋の中にも外の雪が積もっているようだ。


 だが、それは魔法使いであるアスターナにしか見えない。


「レイドロー殿は王女様の体調が何よりも優先だとおっしゃっています。もしも王女様の体調が思わしくなければ、爆薬を使うのを控えても大丈夫だと……」


 召使いの言葉を王女は手で遮る。

 しかし、その手には赤い血がべっとりとついていた。


「まあ、血が。お医者様をすぐにお呼びします」


 召使いは大慌てで部屋を出て行った。王女は、その言葉で初めて自分が血を吐いたことを気が付いた。もう、なれてしまって涎と血の区別が色以外で判別できない。


「だ、だいじょうぶなのに……」


 王女は、その場でベッドに倒れた。彼女の生み出す炎は、確実に彼女の体を蝕む。その小さな炎がどこまで持つのか、この戦争をその峠を越えられるのか。


【レジスタンス南部戦線】


「ものすごい量の魔力が北部で発生しているわね。ミスリルかアストラムのどちらかしら。うちには私以外に魔法使いがいないはずだけれども」


「ミスリルの王族は魔法使いの血が混ざってるから、それじゃないか」


 魔法使いの多くは血縁関係にどこか魔法使いの血が混ざっていることが多い。


 もちろん、仮に両親が魔法使いだとしても、魔法使いではない子供が生まれることもあるが、逆のパターンは聞いたことがない。事実、ナナの親は魔法使いだ。顔は覚えていないけれども、黄色い蝶をまとっていたのを覚えている。


 リノが少し悲しそうに話す。


「実は、現在のミスリルは王家の嫡流ではないのです」


「あ、そうなの。でも、珍しいことでもないんじゃない」


 大陸全体の文化として、長男か長女が家を継ぐことは普通だが、ミスリル王家がそれを採用していない可能性もあるし、病気などもあるだろう。


 しかし、どうやら違うらしい。リノの表情はあまり変化しないが、その分だけ何かがあればよくわかる。表情から見るに、どうやらあまり良い話ではなさそうだ。


「それが魔法を使った権力争いらしくて……」


 どうやら、ミスリルの王家に魔法使いの血が混ざったのは現王女から数えて二代前、つまり祖父の代からである。祖父は非常に優秀な指揮官であり、文官であったが嫡男でないがために、無能な長男に逆らうことができずにいた。


 もちろん、クーデターなどを画策したこともあるが、長男を擁立しそれを傀儡とすることでより大きな実権を握ろうとする権力者たちに阻まれたせいで、無能な長男が、父が病床に伏せたあとは政務を行うことになる。


 しかし、それではいけないと思った祖父は、半ば無理やり国内にいた魔法使いを妻に迎え、子を産ませた。その子は祖父の狙い通りに魔法使いとしての才能を持っており、祖父はその子こそ次の当主にふさわしいと主張した。


「なるほど、魔法を使える王族は確かに権威付けができるな」


 しかし、それに黙っていられる長男でもない。すぐに軍を差し向けて次男である祖父を討伐しようとしたが、そこで炎魔法を使い、敵を殲滅したのが、ミスリル国内で初めて魔法が使用された事例らしい。


「無理やり結婚して子供を産ませられるなんて。私だったらその男を殺してるわ」


 魔法使いへの差別。それは、大陸全体の抱える根深い問題の一つだ。


 うまく使えば生活を豊かにする力。なのに、それを持つものを迫害するのは、人間がきっと臆病だからだろう。便利な力は、それだけで危険だ。


「それができる人とそうじゃない人がいるんだろ。お前は戦場に慣れすぎだ」


 三人が話していたとことを遮るように、大きな音がふもとで鳴った。


「ナナ様。敵が動きを見せました。二手に分かれるようです」


 擬人兵の一人が、ナナにそう告げた。

 遠く彼方を見れば、確かに明らかに敵の数が減っている。


「わかった。こちらも動くわ。敵の動きに合わせて、こちらも軍を分ける。スガリは二百ほど連れて左へ。旗を見るに、そっちがアストラムよ。残りの部隊ははここで待機。下手に攻撃しなくてもいい。アストラムもこっちにびびってるでしょ」


「わかった。無事でな」


 スガリは指示が出たのと同時に、馬にのって背中を見せる。


「ええ、そっちも」


「よし、行くぞ」

 スガリは馬に乗り、山を駆け下りていった。それを追うのは、ナナの操る二百もの擬人兵。山全体に魔力が広がり、各地で木の揺れる音がする。一糸乱れぬ擬人兵部隊が、山を動くさまはまるで一つの生命体みたいだ。


「さて、私たちは右に行くわよ。ついてきなさい」


「かしこまりました」


 ナナの率いる擬人兵は三百。それでトロンの一万を相手にどこまで粘れるか。


【ミスリル王家宮殿】


「大丈夫ですか。王女様、お気を確かに」


 王女はだんだんと頭痛が激しくなってきた。魔力を使うことによる体力の低下よりも、自身の魔法が誰かの命を奪っていることのほうが恐ろしく、不快だった。


 きっと、自分の力によって敵国の兵士が死んでいる。そして、同胞を殺された恨みを持って敵国の兵士が自国民を殺す。彼らにも、帰りを待つ家族が、愛する女性が、愛しい子がいるだろう。だけど、彼らの人生は名前すらも残らない。


「今日の被害はどれくらいなの?」


 問いかけると、召使いは前線から届いた書状を読み上げる。この国で軍の実質的な指揮権を持つのは私ではなくて、レイドローだ。本来は戦死者の報告なんてする必要はないし、仮にレイドローが戦争に負けてもそれなら仕方がないと思える。


 だけれども、指揮権を形の上では持っているため、こうして戦場にいるレイドローにわざわざ報告のために手紙を書く時間を取らせている。もちろん、その時も人は死んでいる。だけど、私には責任者である以上は知る必要がある。


「本日の戦死者は、おおよそ千人ほどです。しかし、王女様の魔力で体が吹き飛んだ兵士もいるため、詳しい数はわからないとのこと」


「そう。ありがとう」


 せめて、この戦争で亡くなった兵士の遺体を家族に返してあげたかった。


 王都で弔ってあげたかった。


 ベッドに体を寝かせ、窓の外を眺める。先では、きっと今も殺し合いが行われている。しかし、その視界に大きな影が現れた。


「あぶない!」


 その影が、何かをこちらへ向かってなにかを放つ。

 それはまっすぐにこちらへ向かってきて、体に覆いかぶさった召使いに刺さった。


「がはっ」


「え?」


「王女様、逃げて……」


 召使いはそう言ってこと切れた。


 ど、どういうこと?


「仕留め損ねたか。すみません、失礼を。しかし、次で楽にしてあげますからね」


 そう言って影は、ボウガンを構えた。その矢がこちらを向いていることで、ようや

く状況が理解できた。殺される。それが、どうしようもなく怖かった。


 形の上では、私の命令で今も誰かが死んでいるのに、私は身勝手にも怖かった。


「きゃあぁあぁぁ」


 その叫び声が部屋中に広がる。それに反応した家来たちが慌てて駆けてくる音が聞こえたが、もう彼らが部屋に入ることはできなかった。叫び声が部屋の壁にぶつかると、その壁が燃え出したのだ。まるで火の壁のように。


「な、なんだ! これは」


 その炎はすぐさま部屋中に広がり、刺客の行き場をなくした。


「王女! 王女様を守れ!」


 ドアを開いた場所から衛兵が部屋に入ろうとするが、高温を発する部屋に侵入することはできない。もう、部屋の周りは火が覆いつくす。まるで、炎の檻だ。


「せ、せめて王女の命だけでも」


 刺客は再びボウガンを構えなおす。すでに刺客のまとっていたマントには炎が燃え移っており、命が長くないことを覚悟したのだろう。魔法でともされた火は魔法でしか消えない。その矢の先が、まっすぐに視線とぶつかる。


 私は、その矢をとにかく止めようと、魔法を放つ。


「燃焼魔法」


 しかし、王女が必死にはなった魔法によって、刺客は一瞬で炭になった。


「王女様、ご無事で」


 家来の声が外から聞こえる。王女はふらふらの体をなんとか持ち直して、ベッドから立ち上がり部屋の外に向かう。


「え、ええ。でも、この屋敷が……」


「始末は我々に任せてください。それより今はここから避難しましょう」


 王女は、焼け焦げた部屋に目を向ける。そこには、先ほどの暗殺者の遺体が転がっている。その遺体すらも燃え尽くさんとの勢いで燃え続ける炎。


「ど、どうしよう……」


 魔力を使いすぎた。これでは、火を消せない。


「お、王女様。すぐにそちらへ向かいます」


 そう言って部屋に入ろうとする家来たちも、それを遮るように炎が燃え盛る。

もう、だれもそれを遮ることはできないはずだった。


―――もう、だめだ。


 その瞬間に、魔力が部屋に充満する。いや、おかしい。この国で魔法を使えるのはたった一人しかいないのだ。そして、私は魔法なんて使っていない。


「だ、だれの魔力?」


 魔力の波が、部屋中に満たされ次の瞬間には炎が一瞬で凍り付いた。


「なにごとだ?」


 廊下では、突然の出来事に騒然となる。


「あれは、氷魔法。ということは」


「と、とにかく逃げましょう」


 家来が王女を抱きかかえ、部屋から脱出した。おそらく、第二、第三の刺客も用意されているのだろう。すぐさま、この場所を離れるしかない


 しかし、ここでの偶発的な戦闘が、北部戦線の状況を一変させる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る