第19話 暴走

【北部戦線ミスリル陣内】


「な、なんだ。なにが起こった」


「それが、突然周囲で爆発が起こっています。そのような命令はだしていないのですが。どうしてこのようなことが起こっているのか」


「ええい、撤退だ。いったん、下がれ」


 突如、こちらが準備していた王女の魔力を込めた魔道具が暴発した。その暴発は次から次へと連鎖し、各地でまさに地雷のように人が飛んで行く。前方の部隊は混乱してもう戦えないだろう。被害を出す前にさげたほうがいい。


「なにが起こっている。王女様」


 レイドローすらも、混乱が隠し切れない。ここで無理に追撃を加えれば、グラマンを一気に叩けるが、それは王女の望むことじゃない。彼女は、優しすぎる。被害を抑えて戦う事を望む。敵だろうと、味方だろうと。


【北部戦線アストラム陣内】


「わかりません。ですが、敵の作戦が失敗したことは確かです。こちらも撤退しましょう。体制を立て直せばまだまだ戦えます」


「うむ、そうだな。全軍、一時撤退する」


 アストラムはミスリルの撤退に合わせて、いったん態勢を整える。グラマンには思い当たることが一つだけあった。それはアストラムがひそかにはなった刺客。一人は王女のもとへ。それはおそらく失敗したのだろう。魔力はその主の命がいなくなれば、そのまま散るのみだ。


 そして、もう一人はミスリルの本隊。レイドローの軍に潜んでいる。レイドローさえ討てば、レジスタンスもひくだろう。


「ここが、勝負どころだな」


 グラマンは、ひたすら守備に徹する。


【南部戦線レジスタンス陣内】


「ハクライさんには道路の封鎖が終われば動かないように言っておいて。仮にこちらが全滅したとしてもね。彼女たちはいるだけで意味がある」


 トロン側が明確にこちらへと向かってくる。少しでもハクライさんを気にして進軍速度が下がってくれれば戦いやすい。擬人兵は速度のみ弱点がある。


「そんなことはありえないでしょう」


「あら、リノ。そんなことはないわよ。相手はトロン。なにを持っているかわからないわ。たぶん、こっちの想像を上回るほどの何かはあるはずよ」


 トロンほどの大国だ。領土の大きさだけでもアンドロマキア最盛期の半分ほど

を領有し、優秀な人材も多数いる。ドクトリン、ベルトランのどちらも出てくれば脅威だろうけれども、ベルトランでなければ勝てる。


「そんな笑顔でいうことじゃない」


 本当ならば、未知の敵、しかも何十倍もいる大軍を見て怯えるか気を狂わせる。

しかし、彼女はまるで初めてのおもちゃを与えられたように笑っている。


 リノは、彼女が幼いころに夢みた未来を手に入れることができるのだろうかと考えていた。どうやらこの様子では、遠い未来の事になるかもしれない。


【旧アンドロマキア帝都】


「聞いた? また、戦争が始まるそうよ」


「聞いたわ、今度はうちの隣とじゃなかった? なんて名前だったかしら」


 こういう与太話も、平和がもたらす恩恵だ。


「そうよ、怖いわよね」


 そのうちの一人が話を終えたタイミングを見計らって声をかけた。


「すいません、この辺りに宿はありますか?」


「ちょっと、お兄さん。旅人なの?」


 まあ、旅人かどうかと聞かれたら答えは違うが、面倒なのでそう答えるしかない。

 ただ、はっきりと言う嘘は嫌いだ。


「ええ、諸国を巡って詩を詠んでおります」


「ここはやめた方が良いわよ。もうすぐ戦争が始まるかもしれないから」


「なるほど、ご忠告ありがとうございます。テグス、トーポリー、このまま帝都に向かおう。ここは危険だそうだ」


「かしこまりました」


【南部戦線レジスタンス陣内】


 そして、南部でも戦闘が始まる。


「ハクライさん。おそらく、ナナさんの部隊と敵部隊が接触しました。応援は?」


「別にいらないといわれているから待機」


「しかし……明らかに人数が」


 トロンとアストラムは合計三万の大部隊。対するこちらはハクライが率いる部隊を合わせても五千、そのハクライは戦闘に参加せずに街道の封鎖のみ指示されている。どうかんがえても、おとりに使うのは多い。


「いいのよ。私なんかよりもよっぽど死線をくぐってきた天才指揮官なんだから」


 ハクライは信じていた。ナナの力を。あの、魔法なんかよりもよっぽど恐ろしい内に秘めたる狂気を。彼女の持つその力を。


 ナナが持つ最も古い記憶に映る光景は、確かボードゲームだった。駒が人の手によって操られ、制限がある中でどのように動かして相手の大将を落とすか。いかに効率的に、いかに被害を少なく、いかに素早く。いかに、強く。


 その対戦を誰がやっていたのかは覚えていない。ルールを理解した今ならわかるけれど、ナナからみて右側の人はあまりこのボードゲームは上手じゃなかったのだろう。彼はいわゆる悪手を、五巡目から打っていた。それでは、迷路にはまって次も悪手を打つしかない。


 しかし、左側の人はうまかった。ただ強いわけではない。


 強さだけなら、現在のナナは記憶の中にいる彼を超えることができるだろう。


 しかし、そうではない。それは単なる力比べでは無いという証明だった。うまく言語化できないが、ナナと彼が対戦しても、きっとナナは十回に一回も勝てない。


 おそらく彼なら、少数で山に登る。ナナの指針だ。

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