第17話 山中

【南方戦線山中】

「私たちは待機。山の下はハクライさんが指揮してくれるから問題ないでしょ」


 ナナたちが陣取ったのは、アストラムからミスリルの王都へ向かう街道のそばにある山。ちょうど、ナナのいる開けた場所からは街道の様子がよく見える。


 そして、ふもとの道ではハクライがいて街道の封鎖を行っている。これはナナの作戦通りだ。少なくとも、相手に二択を与えるだけでも全く戦い方は変わる。


 仮に登ってくれば、ナナの率いる擬人兵部隊で叩き潰す。


 麓を進めば、挟み撃ちにしてこれも叩き潰す。どちらを進んでも地獄だ。トロン側はどんな選択をしてくるだろうか。ナナは単純に興味があった。もちろん、敵が弱いことにこしたことはない。できる限り被害を抑えて戦うことは名将の要素だ。


 だけど、ナナとしては強敵と戦いたい。なら、トロンはちょうどよい相手だ。


「でも、ハクライさんはきっと戦うことはないだろうね」


「でしょうね。それが最も損害が少ない結果にはなるだろうけど」


 人は死なない。


 そう考えればナナの部隊のみに集中してくるのは望ましいことではあるが、ナナにとっては非情だが、顔も知らない兵士が死ぬよりも、擬人兵が消える方が悲しい。


 擬人兵は再び作ることができても、再生はできないのだ。同じ見た目、同じ身長、同じ体重でもそれは同じ人間ではない。いくら外面だけを同じにしても、中身が違う。話すこと、思考、体の中にある全てを再現しても同じじゃない。


「まあ、もうそろそろ始まるわよ。ほら」


 ナナの指さす先には、雲霞のごとき大群。


 その視界には、すでに戦いが見えていた。


 山の上に陣取るナナの率いる擬人兵部隊が総勢五百。麓にはハクライが四千五百で陣取る。あくまで目的は足止めなので、細い道に陣取るハクライの部隊をむやみに攻撃すれば、山の上に陣取る擬人兵が攻撃を仕掛けて来る。


 おそらく、この戦争で焦点となるのは山の確保。

 こちらは全力で山頂を守り抜く、敵は山頂を奪ってハクライの部隊に襲い掛かる。


「久しぶりの戦争だからって、はしゃぐなよ」


「わかってるわよ」


【北方戦線ミスリル陣内】

「我々はこれより、敵国アストラム王国を倒し、北方を平定する。この戦いは平和のための戦いだ。これは、王女様の望みである」


「うぉぉぉぉぉぉ」


 鬨の声があがる。士気は十分だ、これなら勝てる。


「安心しろ、我々には王の加護がついている」


 そう言ってレイドローは両手を胸の前で合わせる。


「全軍、突撃」


「うぉぉぉぉぉ」


 日も上がりきらない午前、北部戦線のミスリル軍がヘプタ軍に突撃。

戦争が始まる。


「敵の大将、グラマンの首を目掛けて走れ」


 アストラムの北部戦線を防衛するグラマン。アストラム内では名の知れた将軍だ。

 レイドローは基本的に、敵の守りを剥がして本陣に突撃し壊滅させる戦い方を好む。そのため、自身の銀狼を除く軍を数個の部隊に分けて、それぞれ陽動と中央突破などに役割を割り振る。今回は十部隊。その一部隊目が敵を目指して走る。


 レイドローから先制攻撃を任せられた第一隊。第一隊の役目は敵軍の殲滅ではない。敵国の敷いている陣形を崩す、そのためには本陣への直接攻撃が最も有効だ。


「敵は大きく陣形を広げている。中央突破が良案だな」


 銀狼の出番はまだだ。あのカードを切るのは、おそらく最後。


【北方戦線 アストラム陣内】


「グラマン将軍、敵が動き出しました」


「そうか。レイドローは?」


「おそらく、敵の部隊にはいません」


「ならば、この一隊は囮だ。陣形を崩すな、あくまで我々の仕事は防衛だ」


「かしこまりました」


 渓谷にいるグラマン本隊を攻めるには、一本道しかない。


 しかも、そこにはすでに一万の部隊が先鋒として配置されており、さながら自然の城を築いている。山の中には木が生い茂っており、地の利はアストラム側にある。


 レイドローとしては先鋒の部隊を崩してできる限り無視し、本隊から叩こうという目論見だろう。そこをたたく。正面からあいつとぶつかるのは危険だ。


 グラマンはまず本隊を配置し、伏兵。さらには大きく広げたように陣形を構えた。

そして、敵の動きを見て、その策を見抜いたのだ。


「……来たぞ!」


 レイドローの先鋒率いる一隊が、まっすぐにこちらに向かってくる。

 数は二千程度だが、それでも無視できる数ではない。


「敵が来るぞ! 弓隊構えろ!」


 グラマンは声高らかに叫んだ。


「放てぇ!」


 グラマンの号令で、一斉に矢が空へと向かって放たれていく。

 おびただしい数の矢は、風を切り、空を埋め尽くすかのように飛んでいく。


「次弾装填急げ!」


 グラマンが叫ぶと、兵たちはすぐに次の矢の準備を始める。それと同時に数人の敵兵が倒れるが、前進をやめない。弓隊を守るように盾部隊が構える。


 この世界では魔法が存在するため、火薬を用いた武器や兵器の発展が非常に遅れている。そのため、遠距離攻撃の基本は弓矢であり、敵が近づいてきたときに一気に放つ必要がある。


 しかし、次の矢を準備する間に一列が崩されることは覚悟しなければならない。


「準備完了しました!」


「よし……放てっ!」


 再び大量の矢が飛び交う。


 しかし、敵も負けじと騎乗しながら盾を構え、防御態勢を取る。それでも、全てを防げるわけではない。敵の左翼側で、倒れた馬に躓いて部分的に敵の隊列が崩れる。さすがは馬と共に暮らしてきた民族だが、それでも矢の恐怖が狂わせる。


 互いに一歩も譲らず、激しい攻防が続く。グラマンはじっと敵を睨みつけていた。


「よし、ゆっくりと前進させろ」


 馬を弓で射られた残党を狩るために、じりじりと盾部隊を前進させる。

 すると、突如敵の前方から爆発音が響いた。


「何事だ?」


 グラマンは慌てて前方を確認する。すると、再び同じように爆発音が続き、盾部隊が次々と倒れていく。その体は空中に吹き飛び、ちょうど弓部隊に降り注ぐ。


 各地で悲鳴が上がった。もう、こちらの弓部隊まで混乱している。


「まさか……」


 グラマンは、はっとした表情を浮かべる。一つだけ思い当たることがあった。


「退け! 罠だ! これは魔法による攻撃だ!」


 グラマンは咄嵯の判断で叫んだ。


「魔法ですか?」


 隣にいた補佐官がグラマンに問いかける。もちろん、グラマンも百パーセントの確証は得られていないけれども、思い当たるものはこれしかない。


 昔、聞いたことがある。


「ああ、間違いない。このタイミングでの奇襲などありえん。おそらくミスリルが抱える唯一の魔法使い一族によるものだ。全軍、退避せよ!」


「し、しかし、それではここの防衛が……」


「構わん! ここは捨ててもかまわない! まずは自分の命を優先しろ!」


 グラマンはそう言い残して、走り出した。


 慌てて、陣形を捨てて渓谷の内側へと戻っていった。


「おそらく、敵は魔法使いを前面には出してこない。ここに我々が陣取ることを想定して魔法を準備しておいたのだろう。だが、それらしき人物がいるかを確認しろ」


 グラマンの指示を受けて、偵察隊がミスリルの部隊に潜り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る