第10話 白雷
「あの、もしかしてナナさんですか?」
荒廃した街を馬に乗って歩いていると、見た目が比較的良い女性から声をかけられた。この場合の見た目というのは、容姿が整っているかではなく、まともな服を着て 健康的な体をしている事だ。少なくとも、彼女は生活に困窮している様子ではない。
白い肌にはハリがあって、黒い髪もつやがある。なによりも、生気を感じる。人が活動していると発せられる熱やオーラが彼女にはあった。ハクライ。もちろん、ナナたちは彼女の名前を知っている。
「そうだけど、どちら様?」
そう言いながらナナは帽子を外し、馬を飛び降りる。
カツンとハイヒールがひび割れた道路によく響いた。
「はい、私は元アンドロマキア陸軍の第三小隊部隊長のハクライです」
そこまで言われれば、ナナは素直に頭を下げる。軍部において上下関係は絶対的なものであり、いくら戦功をあげようとそれを覆すことはできない。
「よろしくお願いします。私はナナ=ルルフェンズです」
「お噂はかねがね。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
そこからはテンプレートどおりの自己紹介になった。ナナは軍服を纏い、軍人バッジを胸につけてはいるけれども将校ではない。いっぽう、ハクライは過去の話であっても第三小隊部隊長まで上り詰めている。
どうやら、ハクライは案内役を務めているらしい。ナナがここを通ることもだいたいわかっていたようだ。まあ、特に撹乱するような気もないし、おそらく誰も追手はないはずだ。今のナナを警戒するくらいなら、北部に割いたほうがいい。
「それで、ナナさんがどうしてこの招集に応じたのかが気になるんですけど」
「どうしてというのは?」
この軍服を授けてくれたのはアンドロマキアだし、それに誇りを持っているナナからすれば今は無くても、国のために働くのは当然の事だった。
「でも、ナナさんってまだ若いし」
「若いと言ってももう十六歳です。他国ならば充分に成人していますよ」
アンドロマキア時代の成人は、二十歳だ。しかし、それは教育をしっかりと受けた場合に限る。働く必要があるものは、十六歳から働くという選択肢もある。
いや、正確に言えばその選択肢しか残されていない。
そのため、人によって成人という言葉の定義が違う。
実際に、ナナとスガリは年齢よりも早くに成人している。しかし、成人した以上は大人なのだから任された仕事は全うしなければならない。軍人ならば国のために戦う、政治家ならば国が良くなるように働く。
その言葉に、ハクライはうんうんと感心するように頷く。
「すごいなあ。私が十六歳と言えばもう十年も前か。私は何をしてたかなあ」
おそらく、学校だろう。アンドロマキア国民の裕福な庶民には基本的に成人までの間、二十歳になるまで教育を受けるのが普通だという認識がある。そのため、家庭環境や健康面に問題が無ければ基本的には二十歳までは学校の中で暮らす。
さらに、彼女は元陸軍の第三小隊部隊長という。教育も受けずにその地位まで二十一歳にして上り詰めることは不可能だ。おそらく、彼女は育ちの良い人間だろう。
ハクライ。リノに調べてもらった。この乱れた時勢で信頼できる情報を集めるのは苦労したけれども、さすがはリノだ。
ハクライ=ベルグロッサ。兵学校最後の生き残りにして、天才指揮官。あのアンドロマキアが滅亡する戦争において、彼女は名前を知らしめた。
アンドロマキアの滅亡。その戦争は大きく将校たちの命運を分けた。その中にはもちろん、アンドロマキア兵学校の卒業生も存在している。そして、ハクライはちょうど兵学校を首席で卒業し、軍に配属された直後で会った。彼女は兵学校で他を圧倒する才能を見せて、いきなり指揮を任されたと聞いていたが、部隊長とは。
人々は、前線で戦う若き女傑の背中に希望を見た。だが、彼女は戦争が終結する直後に姿を消した。その人が、レジスタンスに属していたとは。
優れた教育を受けた天才。しかし、今の子供たちはそうはなれない。
「私が普通の少女として暮らせない事は構いません。そういう運命だと受け入れています。しかし、この状況を続けるわけにはいかない。私が戦うことで未来の子供たちがより良い環境を得られるのであれば、私は自分の持つ力の全てを尽くします」
「うん、合格だね。じゃあ、案内しよう」
ここまで会話しながら先導してくれていたのは案内では無かったのか。ハクライの話し方には、何か含みを持たせているようだった。そう、ナナが思った瞬間だった。突如、ハクライの周りに魔力が集結した。
それらは、魔法の使えないスガリやリノは感じ取ることはできない。
「転移魔法」
そう言ってハクライが指を鳴らすと、ナナたちの体は少しの間だけ浮き、次の瞬間には全く違う場所へ移動していた。
その場所には、きらきらと輝く魔力痕が残されている。
「す、すごい。さすがは元軍人だわ」
「良く見ろよ、手元」
驚くナナに、スガリはハクライの手元を指さしながらあきれる。
「あはは、ばれちゃったね」
ハクライは笑いながら、指輪をこちらにかざしてくる。
そしてハクライが指を擦ると、指輪についている宝石が輝きを放ち始めた。
「魔道具」
「そう、うちのメンバーには魔道具作成のできる人材がいるからね」
魔道具。かつては禁じられた悪魔の道具とまで呼ばれた代物。その力は絶大である。なぜなら、魔法使いしか使用できないはずの魔法を誰でも使用可能にするという、科学の結晶だから。人の科学は、魔法までも使えるようにしたのだ。
もちろん、魔法使いの全力より小さな力しか出ないけれども、代わりに誰でも魔法を使える。そして、魔力痕が本物に比べれば薄い。
使いようによっては、本物の魔法使いすらも上回ることのできる道具だ。
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