第11話 聖域

 例えばそう、転移魔法などで追跡を避けるのに向いているのだ。転移魔法とは第七属性の魔法である空間魔法に属する。その力は絶大で、空間の拡張や縮小を生かして移動することが可能である。


 もちろん、便利ではあるがやはりこれは戦闘向きである。ナナだって別に人と比べれば強いと思っているけれども、それでもフェンドリックなどと正面から戦って裏をかけるかと言われれば難しい。なら、こういう敵の裏をかける魔法は羨ましい。


「それよりも、ここがどこだか気にならないの?」


 移動先は、どうやら建物内部のようである。損壊は激しいが、人が暮らすには充分なだけの設備は備えている。隙間風に吹かれて凍える必要は無さそうだ。この程度が今ではもう望むことすら難しい。人々はなんとか身を寄せ合って寒さを凌いでいる。


「まあ、だいたいわかるけどな」


「じゃあ、もったいぶる必要もないか。ようこそ、レジスタンス本部へ」


 レジスタンス。反抗する者。


 その名前の通り、彼らは現在のストレイジング政府に対して反抗を行っており、ストレイジングが帝都の完全統治を行っていないのは彼らの反抗が原因である。その勢力はただの反乱にしては大きく、各地の領主などと連携し反抗している。


 そのリーダーとして活躍しているのが、サンクチュアリだ。


「さっ、サンクチュアリさんが奥で待っているから」


 レイン=サンクチュアリ。


 元アンドロマキア陸軍大臣の彼女が、レジスタンスのリーダーを務めて統率している。彼女がいなければ、間違いなくレジスタンスがまとまることはないだろう。彼女も理由はわからないがナナと同じくアンドロマキアへの忠誠心が強い。それこそ、ナナと同じように成人前から軍務について働くほどに。


 ハクライが豪華な装丁がされていただろうドアをノックする。


「失礼します。ハクライです」


 中へ入ると椅子には一人の女性が座っていた。素顔は、兜に隠れていて見えない。


「ようこそ、ナナ=ルルフェンズさん。私がレジスタンスのリーダーを務めるサンクチュアリだ。よろしく。このような格好で申し訳ない」


 そう言いながら差し出された手をナナは握る。兜で隠れた顔にはきっと柔らかい表情をしているのだろう。手には暖かみを感じた。その一方で、圧倒的な威圧感を放っている。彼女の経験が、そう見せているのだろう。


「よ、よろしくお願いします」


「ははは、緊張しなくてもいいさ」


 それはナナにとっては無理な話だ。


 もちろん、彼女の発するオーラもそうだが、サンクチュアリの出自や経歴を考えれば、ナナとは住む世界が違う。きっと二人でティータイムにしても、話がかみ合わなさ過ぎてつまらないだろう。あまりにも立場が違う。


 サンクチュアリの実家は、レイン家。


 アンドロマキア国民に知らない者はいないほどの名家である。その一人娘なのだから、生まれた時からナナたちとは全く違う暮らしをしてきたのだ。それこそ、わざわざナナと同じく十六歳から働く必要なんかない。普通に学校へ行って、普通に結婚して、普通の幸せを享受できるはずの人だったのだ。


 一方のナナやスガリは、いわゆる孤児である。


 特に経済的に困窮していたのだろうか、さらに二人の親は共に子育てに向いていなかったのだろう。二人が捨てられていたのは帝都の道路わきである。そのころのことはもう記憶にないけれども、黒い霧がかかっている。

 ナナは自分の親を見たことがないことは、心のしこりとして残っている。


「遠路はるばる来てもらってすぐなのにもうしわけないが、さっそくメンバーを紹介しよう。ハクライのことは聞いているだろうから……アルタイルたちに挨拶してくれ。ハクライ、引き続き案内を頼むよ」


「はい、わかりました」


 ナナたちは再びハクライに従って、アルタイルの場所へ向かう。廊下には隙間風が差し込んで、少し寒い。


「もうすぐ、冬がくるわね」


 吹き荒らす木枯らしは、大陸が冬支度を始めたことを知らせる。アンドロマキアの特に帝都はかなり緯度が高く、冬には雪が積もる。確かにアンドロマキアが栄えていた頃も寒かったけれども、人もいないこんな都市では寒さも厳しいだろう。


「スガリ、せめて帝都に全盛期とまではいかなくても普通に人が安心して家で暮らせるためには、どれくらいの時間がかかるかしら」


 その問いは難しかっただろう。だけど、こういう質問をスガリはあえて断言することを決めている。ナナを不安にさせないよう、ナナに自信を持てるように。


「レジスタンスが国として承認されること、それに軍港を再び取り戻すことで大陸外との交易が復活する。幸い、アンドロマキア国内にはかなりの資源が眠っているから早急に発掘することができれば、なんとかなるかな」


「国として承認されるのはどうすればいい?」


「新たな皇帝を立てるしかない」


 アンドロマキアの血は、かなり血統が良い。それこそ、大陸古来より続く家だからその血はかなりの価値を持つ。ストレイジングが侵攻した時に殺害された嫡流の皇帝、そして前皇帝が死亡したことで途絶えた。


 だが、アンドロマキア名家にはアンドロマキア皇帝の血が混ざることがあるためにその人々を集めるしかない。現状は独自政権を築いているアールダイ家。東の大国であるトロンの庇護を受けるディラン家。そして、行方不明のライプ家。


 その次に続くのがレイン家なので、もうナナたちには想像もつかないだろうけれども、特にライプ家の行方は大陸全体の勢力図すらも左右することができる。トロンはすでにディラン家を建てて傀儡のアンドロマキアを建国しようと動いている。


 アールダイはその家柄と軍事力で、北方のミスリルやアストラルとの小競り合いを繰り返して、そのすべてを退けている。アールダイを取り込むことさえできれば、ナナの目標に前進することができる。


「アールダイとは現在も交渉を続けているけれども、上手くは言っていない。そもそも、交渉のテーブルにすらもつかせてもらえていないからね」


 ハクライは、まるでスガリの考えを読んだように話を続けた。その時、ちょうどナナは外の景色を眺めていたから気が付かなかったけれども、リノには確かに感じ取ることができた。


―――自分と同じで、彼女も特殊な魔法を使っている。いや、使われている。


 ハクライの周りには、紫の蝶が飛んでいた。

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