第7話 正体
「いや、穏便にはいかなかったけど結果はオーライじゃない?」
ナナの心にはかなり達成感に満たされていた。怪我を与えたのは、わずかに一人でそれも自然に治癒できる程度には抑えた。そもそも、ナナが最も加減してあれなのだから仕方がない。リノやスガリが脅せばよかったことは後から気づいたけど。
「同じ魔法使いが見ればすぐにわかるんだろ」
「魔法の痕跡も消してきたけどね」
ナナは魔法使いである。それも超がつくほどに優秀な。
魔法には十の属性があり、それらは基本的に一般人には理解できない。なぜかわからないが、魔導書はしっかりと文章として成立しているし、本を読むのが苦手なナナでも理解できるほどわかりやすく書かれている。
なのに、リノやスガリは全くと言っていいほどに理解ができないらしい。それは、言っていることがわからないというよりも、魔法使い以外にはわからないようになっているらしいということを、ナナは最近になってから知った。
魔法の属性は十個。炎魔法。水魔法。氷魔法。風魔法。雷魔法。光魔法。空間魔法。力魔法。使役魔法。反立魔法の十種類である。
この中で例えば炎魔法を使って木を燃やせば、その結果はスガリにもわかるようになる。氷魔法で飲み物を冷やせば、リノにもそれが伝わる。
しかし、それとは別に魔法使いのみ分かるように痕跡が残る。これが魔法痕と呼ばれるもので、普通に木を燃やすのと違って魔法使いに認識されるらしい。
だが、ナナはそれを見たことがないのでわからないけど。
「しかし、使役魔法っていうのはやはり恐ろしいな」
使役魔法。九番目に属する魔法。その名前から見れば、人の行動を操る。操り人形にできるという事だ。それは間違ってはいない。
使役魔法の主な用途としては、やはり敵を操って同士討ちにさせること。
商売においては、相手に取らせたい選択をさせることなどがある。
しかし、ナナはそれよりも遥かに強力である。
なぜなら、ナナが操るのは脳内シナプスだからだ。はたから見れば、相手を思いのままにコントロールする魔法と、脳内シナプスを操って思い通りに行動させることに違いは無い。だけど、シナプスを適切に操ることでできることは多い。
「シナプスのコントロールで記憶を消すこともできるしね」
そう、使役魔法の良さは隠密性にある。対象に取った相手の記憶を操って都合の良いように変えることもできるので、結局はミントもそうしてしまえばよかった。
だけど、ナナはあまりそれをよしとしない。あくまでミントの自由意志として街を解放してくれると期待したのだ。どこまでも楽観的なのである。
もちろん、魔法を使ったときの痕跡は別として魔力痕が残る。この魔力痕はいわゆる上位の魔法使いならば見ることができる。それを消すこともできるが、消すためにも少量ではあるが魔力痕が残るため結局はごまかしにしかならない。
しかし、人の目撃証言と言ったものはやはり強大でナナはそれを魔法で消せるのは大きいし、何よりもナナを越える魔法使いなどそうそういない。大陸にどれほどいるだろうか。リノが言うところによると、両手の指よりは少ないらしい。
「まあ、暴力に訴えるよりも良かったですが」
最悪の場合は、全面戦争となっていただけにそれを避けられたのは良かった。そうなればもう収集がつかない。ナナは出来る限りは悪人ですらも殺すなんてことはしたくない。悪人だろうと産んで育ててくれた両親がいるはずだし、家族のために仕方なく悪を働く人もいるのだ。
「どっちかが治癒魔法でも使えれば良かったんだけどね」
「そんなポンポンと魔法使いがいてたまるか」
元々、魔法使いの絶対数はあまり多くないのだ。
少なくとも、ナナは自身以外の魔法使いを一人しか知らない。それもナナの血縁者であるため別血統の魔法使いにはあったことがない。
さらに、父親や母親が魔法使いだからといって完璧に遺伝するわけじゃない。現にスガリは魔法を持っていないのが良い証拠だ。
「まあ、ばれてもいいんじゃない。なんとかしてくれるわよ」
「ほんと、お前の楽天的なところは羨ましいよ」
別に魔法を使ったところで大きな問題はない。
強いて言うなら、ナナのレベルなら痕跡がそのまま足跡として残るため、何者かがあとをつけるならその痕跡を辿るだけで良い。今のナナたちをつけるような人物がいるだろうか。トロンの諜報部隊くらいだろうか。
「とりあえず、街に戻って報告してから急いで旧帝都に向かいましょ」
遅れてもいいとはいえ、やはり約束をできるだけ守れるように努力するしかない。憧れの人を待たせるのはあまり気が進まないし、きっとその相手は指定した場所、指定した時間の五分前にはそこにいるはずだ。
「その前に、お腹が減ったから何かごちそうしてもらいましょ」
ナナの頭には既にミントのことは無くて、どんなお礼をしてもらえるのかが楽しみだった。そりゃ、街を解放したんだからちょっとくらい美味しいものを食べさせてもらってもばちが当たらない。むしろ、いただかない方が失礼だ。
「ほら、涎が垂れてるぞ」
スガリがあきれながら、それを拭った。
【郊外 ギャングのアジト】
「おい、お前ら。無事か」
ナナたちの去ったギャングのアジト。そこで、一人の人間が立ち上がる。彼は体が重たくて仕方がない。普段はもっとスタイリッシュなのに、どうしてもギャングの親玉と言えばぶくぶくと太っているイメージなのでそうせざるを得なかったのだ。
「おそろしいほどの魔力だな。こんなに魔力痕が残っているのは、俺も見たことがない。あいつが、ナナ=ルルフェンズか。若き天才指揮官か」
そう言ってから指を鳴らす。
すると、そこにいた他の人間だったものは跡形も無く消えさった。
ナナに肋骨を折られた人間も、案内をした見張り役も。
そこに残るのは、ただの一人。化けの皮をはいだ一人の人間だった。
こけた頬はなく、白くて珠のように綺麗な肌。膨れ上がった腹などは、綺麗に引っ込んですらっと姿勢も良い。綺麗なスーツも、どれもナナたちのそのままに見たミントの姿とは正反対の人間だ。理知的で、どこか生命を感じない。
そもそも、ナナたちのいる街にはギャングなどは存在しない。みかじめ料なんて存在もせずに、店主もここの場所を教えた男もすべては操ったものだ。
天才指揮官の動向を探れと言う命令を忠実にこなしている。
「さすがは我が師、ルルフェンズの愛娘だ。しかし、まだ爪が甘いな」
そもそも、彼女ほどの魔力があれば少し目を凝らせばわかるはずだ。強い魔法使いは痕跡を隠すのも上手いが、そもそも強い魔力を使用しているときにはどうしても目立ってしまう。その確認を怠ったことは、ナナのミスだ。
「だけど、きっと我が国にとって脅威になるだろう」
ガマガエルのような見た目をした、ミントという男などこの世には存在しない。
架空の人物でしかなく、その正体は誰も知らない。
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