第6話 人間
郊外、荒れ果てた土地。そこにナナ、スガリ、リノの三人は立っていた。
カツンとナナの履いたブーツが音を鳴らしながら、ずかずかと進んでいく。
「おいおい、なんだ、おまえ」
当然、そんな簡単に入れてもらえるわけもない。見張り役の二人がナナ達の進路をふさぐように立ちふさがった。明らかに敵を見る目をしている。
しかし、その程度で怖気づくようなほどにやわい人間じゃない。これまで何度も切り抜けてきた死の恐怖にくらべれば恐れるに足りない。
「ごめんなさい、あなたたちには用はないの」
「ああ?」
見張りが三下らしくすごむが、そもそも強い人間はすごまない。普段と変わらない笑顔で心臓にナイフを突き立てることができることが、強さであり、怖さだ。
「早くボス猿のところへ案内してくれる?」
明らかに見張り役の男は怒っている、よく目を凝らせばおでこに血管が浮き出ていた。そんな人間に用事はないので、ナナはすっと手を引いた。構えを作り、こぶしへと力を込めた。本当はリノみたいにカッコよく剣を使いたいけれども、ナナは残念ながら武器の扱いが上手くない。
「まずは用件を聞いてからだな」
「だから、それもボスに話すからとりあえずどきなさいよ」
「ちっ、馬鹿は殴ってわからせるしかねぇなあ」
一人の男がそう言って、拳を振り上げる。しかし、あまりにも遅い。
「がはっ……」
その男は次の瞬間に、地面に横たわっていた。
口からは涎と血が混ざってこぼれている。
「ねえ、あなたもこうなりたい?」
ナナは当初の予定通り、殺すほどの力では殴っていない。痛がりかたからして、肋骨の何本かが折れたくらいだろう。どれだけ手加減をしても、まったく鍛えていない相手にはこうなってしまうのだ。ナナが悪いんじゃない、弱い相手が悪い。
「その笑顔、やめたほうがいいぞ」
スガリは、その笑顔を見て震えている。
「ど、どうぞ」
もう一人の男は何も言わず、青ざめた顔のままアジトの中へ入っていった。
それに続いてナナが足を踏み入れる。ブーツがカツンと音を鳴らした。
「もうすでに大人しくという目標は達成できていませんね」
リノもそうつぶやく。それを合図に、三人もアジトの奥へと足を踏み入れた。
「まあ、魔法は使ってないんだからいいでしょ」
「ボス、お客さんです」
重厚な扉を前に見張り役が立ち止まり、中に向かって声をかける。
「客だと? とおせ」
ぶっきらぼうに中から言い放った声が聞こえた。
ナナはその言葉を聞いた途端に扉をあけて中に入る。そこには、今にも崩れそうな老朽化した部屋とあまりにもその部屋に似合う。いや、それどころか部屋と同化しているんじゃないかと思うほどによく馴染んだボスがいた。
「なんだぁ、俺はこんなやつを知らねえぞ」
そう言いながら、すぐに銃を構える。見た目はガマガエルのようだが、慎重だ。
顔には恐怖の色が浮かんでいる。だが、恐怖から相手に対してしっかりと警戒を張れるのは強いものの証だ。さすがに見張り役と違って伊達じゃない。ここらへんのボスにはもったいない器ではあるけれども、それでもナナには敵わない。
それに合わせて、部下たちも一斉にこちらへ向かって銃を構えた。いつの間にか、案内役もどこかへ消えている。おそらく、この中に混じってこちらへ銃口を向けているのだろう。連携はそこそこ取れているけど、しょせんは外れ者だ。
「初めまして、ナナ=ルルフェンズです」
「おお、よく見るとええ女じゃねえか。俺はミントっていうんだ」
ミント、なんだか可愛らしい名前でナナは笑ってしまう。
この部屋にある唯一の違和感はボスの名前だ。全体を見ればガマガエル。皮膚はこけて、頬の肉は垂れてまるでブルドックのようである。髪もぼさぼさで腹はシャツをはちきれんばかりに出ている。それで、ミントって。
ナナは下を向いてなんとか笑いをこらえていた。ミントは話を続ける。
「おお、そんで用件ってのはなんだい」
「簡単に言えば、町に対する不当な支配をやめて欲しいの」
「やめるだと? それはできねえ相談だ」
「どうして?」
ナナにはわからなかった。ずっと、人の幸せを願っているせいだから。人を不幸にしてまで贅沢な暮らしをしたくないのは当たり前だけど。せめて苦しんでいる人がいるのなら戦時中以外はその人たちを同じ暮らしで良いと思っている。
常に優しくありなさいと言われて育てられたおかげだ。きっとナナとスガリの父親は二人が将来はアンドロマキアを背負う人間になるだろうと期待して育てていたのだろう。その期待に応えるためにも頑張らないといけない。
「どうしてって、そりゃあ俺たちが食えなくなっちまうからだよ。こんな瘦せた土地じゃ作物も育たないし、俺たちが手に職なんて持っているはずがないだろう」
「もしも町を解放してくれるなら、私が働き先を斡旋してあげる」
その言葉を聞いた途端、ミントは笑い出す。
「ガハハハッ、おもしれえ。俺たちがお嬢ちゃんに仕事を世話してもらうなんて落ち
たもんだ。だが、冗談は嫌いじゃない」
「別にこれくらいの人数なら困らないわよ」
端から見ればただの少女が、困窮する国で部屋の中だけで三十人は優に超える人数の雇い口を見つけるというのは、確かに冗談めいている。
しかし、ナナの名前を知っていればそれが不可能でないことはわかる。問題なのは、ナナの情報が現時点ではほとんど知られていないことだ。確かに天才指揮官とは言われているけれども、それも軍部の間で広まった話である。
他国の幹部クラスならあるいは、というレベルでしかないので、ミントが知っているはずもない。その路線で交渉することは不可能だった。
「お嬢ちゃん、俺が好きなものと嫌いなものを教えてやろう」
「ええ、何かしら」
「好きなものは威勢のいい女だな」
「へえ、嫌いなものは?」
「働くことだ」
そういって、構えた銃を鳴らす。
銃弾は寸分の狂いもなくナナの額へ向かってきた。
ソファーに体を預けて、しかも片手でこれだけ正確に狙えるのはおそらく相当な経験を積んできた相手だ。この中にいる人間では、おそらく最も多くの修羅場をくぐっている。こいつ、何者だ? 軍にいたのか?
「ナナ、下がって」
リノがナナの体をついて、後ろに引かせる。そして、銃弾に向かって一閃。
空中で銃弾が爆ぜた。クラッカーのような景気の良い音がアジト内に響く。
彼女の剣は、一言で表すならば流れだ。水が川を流れるように、風が草原を流れるようになめらかに、そして的確に対象の弱点にぶつかる。その流れは、留まることを知らない。風の動きをすべて把握して、それを邪魔しないように刀を繰り出す。
生きた芸術だ。
「てめぇら、やっちまえ」
その言葉に合わせて、数多くの銃弾がこちらへ向かってくることは無かった。
「おい、てめえら!」
ミントが怒鳴り上げるが、何一つとして音がしない。
「ごめんなさい。全員、拘束させてもらったわ」
当然ながら、ナナを知らない人間ならばそれの意味はわからないはずだ。
「拘束だと? いったい誰が」
「まあ、見せてあげてもいいわよ。おいで」
ナナが手招きをすると、暗闇から一つの影が現れた。
「ロボット?」
ミントはいったいそれが何かもわからない。しかし、なんだか危ないとわかる。
「ロボットなんて言わないでよ。この子は立派な人間よ。ね?」
ナナがそれを撫でると、それはにっこりと笑った。
しかし、見た目は明らかに人間ではない。確かに鎧を身に着けて四肢や胴体の形はそろっている。全員が女で、十分に美少女だ。
遠目から見れば人間に見えなくも、いや、見えない。人間の魂やオーラと言ったスピリチュアルな話ではないが、人間でない事だけがわかる。
「ほら、あの人も捕まえて」
ナナの指示で人ならざる者がミントに向かって動き出す。
もはや、ミントに抵抗する意思はなかった。
「わ、わかった。降参だ。町は解放する」
地面に抑えつけられたミントは、そう言い放つ。人間ではないものに拘束されて、その手からぬくもりが伝わる。だけど、それにも生気が感じられなかった。
「そう、じゃあ良かったわ。これでおしまいね」
「なあ、こいつはなんなんだよ」
ミントがそう叫ぶ、それに対してナナは相変わらず。
「だから、人間だって言ってるじゃない」
マントをなびかせて出入り口のほうへ去っていくその少女が、ミントには不気味で仕方がなかった。なんだか、この国が、いやこの世界を壊すようなオーラがあった。あんなもの、どこの戦場でも見たことがない。
まさか、ここまでとは。
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