第5話 富豪

 まあ、国の崩壊はともかくとして、どうやって町のごろつき程度の奴らが、ストレイジングによる大規模な侵攻を予想できたのかというところは疑問符が残る。

 そのことさえなければ、仮に地方領主が殺害されてもなんとか持ち直せるほどの地力だったはずなのだ。すでに後進の育成も行われていた。


 議会制のアンドロマキアが最初に行ったのは、次世代のアンドロマキアを支える人材の育成。特に、十人による議会制ですすめる政治を担えるような人材は急務だった。そのために、帝都やそれぞれの領土に学校を建てた。


 政治や経済などを学び、将来は国を運営するために学ぶ学校と、軍事について学び将来の幹部候補生となるべき兵学校。その二つに、帝都周辺に住めるような裕福な家庭は次々と子供を入学させるように仕向けた。


 これまではいわゆる世襲制だったものを、例えば兵学校ならば元々は平民出身が軍部の中将格にまでしか昇格できなかったのが、議会によって少なくとも大将に一人は平民出身者を優遇すると公言したことで、多数の平民が兵学校へと入学した。


 本来ならば、ナナもそこに入学するはずだったのだ。厳しいながらも将来は国のために貢献するべく、学友たちとともに日々の授業にいそしんで、有事の際には国を国民を守って戦う。そんな生活に憧れていたのだ。


『国に生かされ、国のために命を捧げる』

 

 兵学校の教えはそうだったはずなのだ。


 その人物の多くは、ストレイジングに乗じてアンドロマキアに侵攻してきたトロンやミスリル、ロンド。さらにはストレイジングに従うものもいた。

 しかし、ナナと同じようにアンドロマキアの再興を目指して各地で活動している人物も多数いる。その人たちをナナは誇りに思う。


 だけど、優秀な彼らならあるいは、ストレイジングの侵攻を予想できたのかもしれない。アンドロマキア上層部でも知らないほどだったが、別に国内にいるすべての人間が知らなかったわけではないだろう。前皇帝だけでストレイジングの行動を後押しするとは考えづらいから、どこかにはまだ裏切り者がいるはずだ。


 その人物が地方のギャングたちにに情報を流している可能性がある。

 そして、納めさせた金を更に上納させて、あり得る話だ。


 アンドロマキアが滅んだことで、もちろんアンドロマキア国内にいた民衆は苦しい生活を今も強いられている。かつては国民全員に毎日の食事を提供しても余裕があったほどの国が滅んだのだから。終盤には確かに苦しかったけれども、国の軍隊が守ってくれるという安心感は何事にも代えがたいだろう。


 しかし、それを尻目に勢力を伸ばしたのもいる。隣国はアンドロマキアに侵攻し、その領土を実効支配した。アンドロマキアに従っていた属国は、その多くが独立した。自前の軍を持っていた富豪や地方領主も、独立した。


 かならずしも、人の死が全員にとって悪い方向にむくことはない。


「それなら、俺たちで対処できるレベルじゃないだろ」


 もちろん、この町を占領できるほどなのだからギャングたちはそれなりの人員および戦闘力は保有しているはずだ。それを容認しているという事は、最悪の場合にはここいらを治める地方領主の軍隊と一戦を交える可能性がある。そこまで考慮すれば避けるべきだ。ナナの持つ軍人バッジには、警察権が今は無い。

 

「ここらは誰の領土?」


 ナナがそう聞くと、リノがすぐに情報を確認する。こういう細かいところをかんりしてくれるのは、ナナにとってすごくありがたい。さすがはお母さんだ。

 ナナとスガリが勝手に思っているだけで、リノと血はつながっていないけれど。 


「カント様ですよ。あの、大富豪の」


 アルフレッド=カント。アンドロマキアでも有数の金持ちで、特に海運に関してはカントの意志が無ければ動かないほどだった。彼は、アンドロマキア時代から傭兵を雇って軍を組織し、まるで独立したようにふるまっていた。


 しかし、海運を止められてはどうにも経済が停滞するせいで、皇帝や領主たちも強くは言えずに、ストレイジングの侵攻ではそれに乗じて立場を明確にした。


 自前の軍隊でストレイジングの軍にも徹底抗戦の意志を見せ、帝都への侵略を窺うほどに人間を集めた。生活に困窮した民衆は、命をかけてでもお金が欲しい。カントはそれに乗じて、雲霞のごとき大軍を揃えて交渉したのだ。


「カントか、やっかいね」


 こいつは、醜聞しか聞かない。特に、損得勘定でしか動かない人間だから、きっとこの街を放置しているという事はカントにとって特になるのだ。なら、ナナたちがそれを討伐することをよくは思わない。スガリの交渉力でなんとかなるだろうか。


「あいつは美女にも名誉にも興味がないらしいからな。まさに、金の亡者だよ」


「じゃあ、私とリノが交渉しても無駄ってことね」


 ナナがそう言うと、リノがくすくすと笑って、スガリはあきれていた。


 ようはギャングを潰すよりも、ナナたちを許した方が得。

 それはかなり難しいことのように思える。


 しかし、アンドロマキア軍人たるもの一度差し伸べた手を引くべきではない。国民のために、戦うべきなのだ。きっと、賢い軍人は多くの国民を守るために数少ない国民を犠牲にすると言う人もいるだろう。その考え方を全く理解できないというつもりは無い。きっと、それに正しい答えなんてない。


 だけど、ナナはそんなことを考えられない。ここで仮にカントと対立して将来はカントとの戦争が行われて、多数の国民が亡くなるとしても。それでもナナには目の前で困っている人たちを救う事しかできない。このままギャングをのさばらせていれば、いずれこの街は滅んでしまう。そうなれば、人が死ぬ。


 それを救えるのに、しないことはナナにはできなかった。

 人を救うために、軍人となったのだから。


「もちろん、力で叩き潰すのは最悪のプランね。じゃあ、最高の展開は?」


「ギャングたちが大人しく、この町を開放する事」


 それが一番目立たないことだ。あくまで彼らの自由意志ならば、こちらがカントに目を付けられることもない。この先の事を考えれば、仮にここでいさかいが起こらなくても、カントとの溝は後々に大きな禍根となる可能性がある。


「そのために必要なことは?」


「全員をほどよく脅かして生かして帰し、俺たちの強さを周知させて、他の町でもギャング活動をやめさせる。どっちがギャングがわかりはしないが」


 スガリがそう言った瞬間に、次の行動を決めていたナナはこういった。


「じゃあ、それ採用」


 そう言い切ったナナに、やれやれと言いながらも店を出る準備をするために準備を始めた。念のために持ってきたスガリ愛用の武器である槍も準備されている。

 

 リノは、ただ粛々と刀を研いでいる。彼女の剣儀は美しい。それを実戦で見られるのかと思うと、ナナは少しだけ気持ちが高揚している。


「さあ、いくわよ」


 ナナ、スガリ、リノが店を出発してアジトへと向かった。

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