第3話 再生

「奴らのアジトはここだ。街から少し外れた所にあるアジトだな。規模は大したことがないけど、どれくらいの人数が詰めているかは知らん。そもそも、ギャングたちがどれくらいいるのかもわからん」


 陽に焼けた地図の左上の辺りを指さしながら、男は話す。


 地図は街全体を正確に描いたもので、もうずいぶんと古いものだったが、ナナたちがここに来るまでに見た景色の通りに道路が広がっていた。街の領域は大きいけれども、機能しているのはナナの握りこぶしほどしか範囲がない。


「元々、奴らはただのチンピラくらいで、やることと言えば酒を飲んで騒ぐか旅行客のおいていた荷物を盗むくらいだった。しかし、あいつらは国が崩壊することをまるで知っていたかのように資金をためて武装し始め、国が崩壊するやいないやここの統治権を主張したんだ。それからはこのざまだよ」


 国が崩壊する。その原因はさまざまである。


 例えば、皇位争いがある。アンドロマキアでは常に長男が皇位を継ぐと決められていたが、その中で他の皇位継承権を持つ人物に不満がなかったかというと、そうでもないだろう。度々、アンドロマキアでも皇帝の弟が捕らえられて処刑されるなどの暗い過去が残っているのは事実だ。


 例えば、民族間のすれ違いがある。文化も宗教も違う人々が同じ国家に従っているということは、どちらも歩み寄らなければいけない。だが、それのすれ違いが争いを産んで国を分裂させることもある。アンドロマキアの皇帝と同じ民族至上主義だったこともあって、滅ぼされた民族や村も少なくない。


 例えば、国同士の争いがある。隣ある国、そしてそのイデオロギーが異なる場合には、いずれは戦争が起こることを避けられないとある学者は言った。その言葉を証明するかのように、アンドロマキアは恭順する国以外を次々と滅ぼしていき、その場所で虐殺を行なうことで効率的に統治を行なった。 


 しかし、アンドロマキアにおいてはそのどれでもなくて、やはり財政の破綻と天災いう部分が大きかっただろう。その年は歴史でも類を見ないほどの異常気象で、再供物を育てるどころか一般市民が体調を保つことすらも難しい状態だった。


 相次ぐ戦争と天災による飢饉が重なり、貧困層どころか一般階級ですらも毎日三食にありつくことが困難な状態。街の端には餓死者の死体が重なり、それを食べに来たものもいずれはそこで朽ちていく。そんな状態で公衆衛生など気にすることもできず、新たな疫病も流行りだした。


 そのころのアンドロマキア。ひいては大陸こそまさに、地獄そのものだった。


 しかし、それでもまだ銃弾が込められただけだった。


 皇帝は民衆を気にかけることをしなかったけれども、各地の有力者が貯蔵してあった食料を配るなどの判断を独自に行って民衆からの不満をできる限り減らすなどの努力をしている人物もいたために、なんとか持ちこたえていた。


 皇帝は相変わらず贅沢三昧だったが、それを知る由はない。

 しかし、国は着実に弱っていった。


 アンドロマキアは広大な領土を擁する、それすなわち周囲に敵を抱えた状態だった。国境線は、伸びきってしまったのだ。それは、アンドロマキアの失策だったと今ならばわかる。侵略を繰り返した結果、周りには強国が残った。


 北のミスリル。西にロンド。東にトロン。南にハルドーラ。さらにはその属国も含めれば両手でも数えきることができない。それらの国と巧みな話術でついたり離れたりを繰り返しながら、更にアンドロマキアは大きくなっていった。


 しかし、既に大きくなったアンドロマキアの、新たなる生まれながらの支配者には、その感覚がわからなかった。自らで得たものと、与えられたものは違う。

 そのありがたみがわからないのだ。


―――歯向かうならば力でねじ伏せればいい。


 そんな考えのもとで、前皇帝は先代が築いていた外交関係を一方的に破棄。周辺の敵対勢力を飲み込んで更にアンドロマキアを拡大する。次々と侵略戦争を各地に向かって仕掛け、恐怖に陥れた。アンドロマキアの最大版図は前皇帝時代というのもきっと、何かの皮肉だろうか。


 しかし、そんな皇帝に広くなった領土を収めることが出来るわけもなく、征服した領土は荒廃し、暴動がたびたび起こった。物価は高騰し、その影響はついに帝都にまで及ぶことになり、帝政に疑問を持つものが現れ始めた。


 戦争で勝利し、傀儡として、それによって一時の裕福な生活を得る。それに心を打痛める人間も当然だが居た。ナナもその考え方に近い。軍人ではあるけれども、侵略のためではなくて、平和のために民衆を守るために戦いたい。


 別に、侵略なんてしなくても裕福な暮らしは出来ていたのだ。各地に繋がる街道を抑えたアンドロマキアは、そもそも侵略なんてするよりも自由な商売を認めてそこに税をかけたほうが儲かるのだ。


 しかし、前皇帝は何も考えずにただただ武力を振りかざした。


 今までは友好関係を築いて貿易をしていた相手も、いつ裏切られて責められるかわからない相手と対等に付き合おうとは思わない。もちろん、アンドロマキアが多少有利でも従う国もあったが、トロンなどとは決別した。


 それを見かねた地域の権力者たちは、クーデターを起こして帝位を退けた。


 有力者たちは自分たちが退位させた皇帝の息子を立て、それを傀儡とすることで政治の実権は彼らが握った。アンドロマキアは絶対君主制から地域の代表者を選出し、議会を組織して国を動かすという政治方針に変わった。


 それに、新皇帝もその母親も不満は無かった。新たな皇帝はまだ若く自分で政治を主導するなどは不可能だったからだ。もしも皇帝が成長していけば、彼が再び正統な皇位を継ぐことも考えられた。一時的に政権を預けたという考え方だろう。


 彼らは十人による合議制で政治を主導し、外交、政策、軍事などの権限はその会議によって全てが定められた。この頃にはまだ政治は安定していた。


 また、彼らは王都や資源地帯などの特別地域を除いた土地を十分割し、各々で統治する体制を取った。新たにアンドロマキアの名を関する帝都を含めたの地域、その代表たちが合議制で運営する連合国家に生まれ変わった。

 このままいけば全てが上手くいく、はずだった。


「それであってるわよね。スガリ?」


「おまえ、せっかくここまでいい感じだったのに」


 ナナは勉強が苦手だ。兵法書を読むことはできるんだけど、他の勉強をしているとどうしても眠たくなってしまう。いろいろと考えることがナナは苦手なのだ。


 だから、そういう政治の流れとか歴史はスガリが教えてくれた。スガリはナナとは違ってそういう勉強が得意だ。だが、もちろん兵法書なども読み込んでいる。努力かなところは、ナナがスガリに好感を抱くポイントではある。


 だから、将来はナナの書類仕事は全部スガリに任せてしまえばいいと考えているけれども、そこまで達成できるだろうか。ナナの目標は、そこだ。


 飢饉などの自然災害を除いた状況かつ、現在の国境などを考慮すると現実的にはアンドロマキアが地方領主性に戻すのが適正だとスガリは言った。なら、ナナもそうなるように働くしかない。アンドロマキアの領土はすでにかなり他国に侵略されてしまったけれど、その領土を取り戻すよりも政治体制を作る方が先だ。


 そして、ナナはその中で過去の第九領土を収めて村のみんなを少しでも楽にしてあげたい。自分をここまで育ててくれた恩返しになるだろうから。

 

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