第62話 演説

 9月の中旬。生徒会立候補者演説会の日がやってきた。放課後、各クラスの教室で生徒会選挙の立候補者が演説をすることになっている。


「まず、生徒会長立候補者の演説から。今年は珍しく1名です。ですが、全校生徒から支持を得られなければ当選は叶いません。白中晴斗君。宜しくお願いします」


 司会進行を務める浩平の声がマイクを通して聞こえてくる。


 その声に従い、晴斗は体育館の壇上へ上がり、用意してあった原稿用紙を手に取り、目を通す。


「白中晴斗と申します。この度はこのような機会を設けていただきありがとうございます」


 晴斗はまず感謝の言葉を述べる。


「皆さま、ご存じだと思いますが。私は、1学期にいじめを受けていました、いじめの内容は暴力でした。肩パンや蹴りなどを受けてました」


 晴斗の発言を聞き、会場内からは動揺が走る。大きな声が体育館内に響く。しかし、晴斗は話を続ける。そんなことは気にせず、淡々と。


「ある日、いじめの中心人物に学生カバンで頭を殴られ、出血しました。そこで身の危険を感じ、警察に通報しました」


 ここで1度言葉を切る。すると、周りからヒソヒソ話が聞こえる。


――なぁ、あれって……


――ああ、そうだよな?あの時……


 晴斗はその言葉を気にも留めず、再び口を開く。


 そして、一呼吸置き、またも衝撃的な発言をする。


「そして、無事にいじめは解決されました。ここまでが私が1学期に体験した出来事です。ここから本題に入ります」


 晴斗はそう言いながら、手に持っていた原稿用紙を捲る。


 その内容はこうだった。


「私、白中晴斗が生徒会長になる理由は『学校の治安を良くすることです』です。そのためには、今でもおそらく存在するいじめを撲滅したいと考えています。そのために、この学校のいじめを0にすることを目標とします」


 腕に力が籠り、再び晴斗は原稿用紙を教壇に置く。


「先ほどお伝えした通り、私は暴行といういじめを受けました。なので、皆さんにはいじめられた経験をしてほしくありません。いじめられる辛さを知っているのなら尚更です」


 晴斗は一度深呼吸をし、自分の思いを吐露する。それは今まで誰にも打ち明けなかった思いであり、決意表明であった。


 それを聞いた者は黙ったまま聞き入り、静寂が訪れる。


「いじめを受けたことのある人はきっと分かるはずです。辛いですよね?悲しいですよね?悔しいですよね?」


 晴斗は拳を強く握る。


「そんな気持ちを抱えて生きていかないといけませんか?そんなことをして生きていくしか道はないですか?」


 さらに拳に力が籠り、力説する。


「だから、私が生徒会長になれば、いじめを撲滅するために懸命に努めます。この学校をいじめ0の目標を必ず達成します。ですので、皆様の清き1票――どうか私に入れてください!」


 晴斗は深く頭を下げた。


 パチパチパチパチ。


 それと同時に拍手喝采が体育館内を埋め尽くす。


「ありがとうございます!では次に副会長候補の演説に移ります」


 薄く笑みを溢しながら、浩平は次の人間の演説に進行する。どこか嬉しそうに。


 次は架純の番だ。


「ご苦労だったな晴斗。絶対に大丈夫だ」


 すれ違う瞬間、架純は晴斗の耳元で囁いた。

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