第60話 生徒会長?

「帰りのホームルーム終了後に橘さんが生徒会室に来て欲しいって、レインでメッセージが送信されたけど。何か用かな? 」


 早歩きで晴斗は生徒会室に向かう。千里に呼び出されたため、架純や祐希の帰りの誘いは断った。


 今日は夏休み終了後の始業式がある日だった。そのため、3時間ほどで授業は終了した。午前中で解散となった。


「ここか」


 コンコン。


 特に考えもせずに、晴斗は生徒会室の戸をノックする。


「……どうぞ」


 室内から透き通った声が聞こえた。女性の声だ。


 その声に聞き覚えのある晴斗だったが、敢えて何も言わずにドアを開ける。


「失礼します」


 会釈のように1礼し、晴斗は生徒会室に足を踏み入れる。


「やぁ、久しぶりだね」


 ひらひらと爽やかな表情で浩平が手を振る。浩平の机の付近には千里の姿もあった。満面の笑みで彼女も控えめにひらひらと手を振る。


「お久しぶりです生徒会長」


 薄く微笑み、晴斗は印象よく自身を見せようと試みる。


「畏まらなくてもいいよ。うん、元気そうで何よりだよ。まぁ、座りなよ」


「はい、ありがとうございます」


 促されるままに事前に用意されたイスに座る晴斗。生徒会長の目の前に置かれたイスに。


「どうだい夏休みはリラックスできたかい? 」


 無難な質問を浩平が投げ掛ける。


「はい。それなりに……」


 あまり深く聞かれても困るため、晴斗は当たり障りのない返事をする。


「それはよかった。いじめを受けた君には一般学生以上に夏休みを謳歌して欲しかったからね。それなりの答えが返ってきて安心したよ」


 まるで全てを見透かしているかのような発言に思わず晴斗は苦笑いを浮かべてしまう。


 そんな彼を見て、千里もクスッと微笑んだ。


「それでは、そろそろ本題に入ろうか。今日、白中君を呼び出した目的を果たすために」


 一瞬にして空気が変わった気がした。


先程まで和気あいあいとしていた雰囲気とは一変して、張り詰めた緊張感に包まれる。


「単刀直入に言うよ。白中君は今年の生徒会長に立候補するつもりはないかい? 」


「……はい?」


 あまりにも唐突すぎる問い掛けに晴斗は素っ頓狂な声を上げる。


 それもそうだ。いきなり呼び出されたかと思えば生徒会長に立候補してくれないかと言われたのだ。


 困惑しない方がおかしいだろう。

 

 しかし、そんなことを気にせず浩平は話を続ける。晴斗の胸中の状態など気に掛けない。


「もちろん無理強いするわけではないよ。ただ、この学校を変えるためには新しい風が必要だと思っていてね。そこで、より学校の治安を改善するには、いじめを受けてピンチにも関わらず、勇敢に警察を呼んだ勇気ある白中君が次の生徒会長には適任だと思っていてね」


 つまり、浩平は晴斗を次期生徒会長として推薦したいということらしい。


 確かに、いじめを受けている最中に警察に通報したのは事実だし、それによって彼のいじめが解決したこともまた事実だ。だが―――


 何故、自分が選ばれるのかわからない。他にも相応しい人物など幾らでも居るはずだ。


(それに、仮に俺が当選したとしても確実にこの学校は良くならない)


 自己評価が低い、晴斗ならでは思考だ。


「すいません。少し考えさせてくれないですか? 」


「どうしたんだい? 引っ掛かる部分でもあるのかい? 」


晴斗の言葉を聞いた浩平は静かにうなずいた。


「そうですね……。単純に俺なんかが生徒会長になったら迷惑をかけるだけだと思うので。おそらく学校も変えられない」


 これは紛れもない本心だった。


「そうかな? 僕はそうは思わないけれど」


 意味深な笑みを浮かべながら浩平は答える。


 そして、千里の方へと視線を移した。


 浩平と千里の目が合う。


「うちも会長の言ったことは正しいと思う。次の生徒会長は白中君が適任だよ」


 浩平の意見に賛成の意を示す千里。


 彼女に目を向けたまま、浩平は小さく口を開いた。


「どうしてですか? 俺はいじめを受ける弱者です。その上、突出した特技もない。そんな人間が生徒会長なんて……」


 ぽろぽろ自信を卑下する言葉が溢れる。マイナス思考が起因して止まらない。


「大丈夫だよ。白中君は強い」


 自信なさげな晴斗に浩平は優しく語りかける。


「僕が今まで見てきた生徒の中で一番強い人間だ。いじめを受けていたにも関わらず、自ら行動を起こした。それは誰にでもできることではないんだよ。だから、胸を張っていい。君は立派な生徒だ」


「……」


 晴斗は黙って俯く。


「もちろん、僕ら生徒会メンバーもサポートするから安心して。生憎、今年の生徒会は経験豊富な3年生が多いからね。何と橘以外は全員3年生でもあるからね」


「え!? そうなんですか? 」


 驚きの声を上げた晴斗は思わず、目の前に座る千里の顔を見る。


「うん。だから私以外は全員上級生」


「……知らなかった」


「まぁ、聞かれなかったしね」


 悪戯っぽく千里は笑う。


「とにかく白中君。僕は本気だから。生徒会長への立候補を真剣に考えて欲しい。僕は君しか後任はいないと思ってるから」


 自信満々の表情で浩平は告げる。


「…買い被りすぎですよ」


 深々と頭を下げ、駆け足で晴斗は生徒会室を退出した。

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