第56話 補習後の遭遇
「夏休みに突入して、もう補習か。早いな」
「本当にね。私達と晴君が仲良くなって約3ケ月は経過したよね」
架純と祐希は晴斗と並びながら、補習終わりに帰路に就く。罰の補習ではなく、一応、新緑高校は進学校なため夏休みの初旬は補習のスケジュールがある。
「そうだね。まさか、ここまで劇的に生活が変わるとは思ってなかったよ」
晴斗は4月頃を思い返しながら、しみじみとした口調で呟いた。
確かにあの頃の晴斗からすれば、今の生活は信じられないほど変化している。そして充実もしている。
「あの頃と比べたら、随分変わったな……」
「そう? そんなに変わった?」
架純の言葉を聞き、晴斗は首を傾げる。
「うん。だって、今は凄く楽しそうな表情してるもん!」
祐希も架純に同調する。
「そっか。僕ってそんな顔してたんだ……でも、それも4人のお陰だよ! ありがとっ!!」
2人に誠意を込めてお礼を告げる。
「こ、これはなんかずるいな」
「う、うん……不意打ち過ぎるよぉ~」
顔を赤く染め、照れ隠しをする2人。
(なんで顔を赤くしてるんだ? 大したことは言ってないんだけど)
晴斗は2人が何故恥ずかしそうにしているのか理解できなかった。だが、そのことに対して追及することはしなかった。
話題を変え、他愛のない話をしながら、晴斗達は住宅地に沿う道に足を踏み入れる。
「むっ」
「なっ」
晴斗と架純が同時に声を上げる。晴斗は不快感から、大きく顔を歪める。
目の前にいじめの中心人物だった今泉の姿があった。だが、以前のような覇気は無い。顔の周りには不潔感漂う髭が中途半端に生えており、髪は寝癖がついたままだ。服装もボロボロのTシャツとジーンズを纏っている。
「何見てんだよ……」
覇気のない声で今泉は鋭い目でこちらを見つめる。まるで、威嚇をしている子犬のように。
「悪い悪い。無様ないじめの加害者の姿を見かけたものだからついな。目が離せなかったんだ」
嘲笑いながら架純は挑発的な言葉を口にした。それを聞いた今泉の顔は一気に紅潮していく。
「お前……誰に向かって口きいてやがる!! ぶっ殺すぞ!!」
怒り狂った今泉は怒鳴り散らす。しかし、それに臆することなく架純は平然と言葉を返す。
「やってみろよ。ほらっ。殴られたらすぐに警察を呼んでやるから。そしたら今度こそお前の人生は終わりだな。クソ野郎」
手招きをし、更に挑発を繰り返す。
「私も雫さんと同じ感情を抱いたかな。以前の今泉君は完全に消えたね。弱者にしか見えないよ」
祐希は憐みの視線を送りながら、軽蔑の言葉を送る。
「くっ、てめぇら。女子のくせに調子に乗りやがって」
「…………………………」
一方、あまりの出来事に晴斗は何も言えなかった。未だに今泉に対する恐怖は残る。無意識に後方に後ずさるほどだ。
「お、おい。白中。お前は黙ったままだな。もしかして俺にビビってるのか? 」
ターゲットを今泉は晴斗に絞る。そして、ニヤリと笑い、一歩ずつ近づいていく。
晴斗は何も言い返せない。わずかに身体を震わせていた。
「おっと。これ以上の無駄話は終了だ」
「私も同感! 」
架純と祐希はぼ同時に晴斗の左右の腕に抱きつく。
「な、どういうつもりだお前ら」
今泉は驚きの声を上げた。それは晴斗も同じである。突然の行動だったため思考が全く追いつかない。
「大丈夫か? 」
耳元で晴斗にしか聞えない声で架純が心配する。
「身体震えてるよ? やっぱりまだ怖いよね。早くこの場を離れようか? 」
祐希も小声で晴斗の様子を伺っていた。2人はこの状況を理解しているようだ。
「ごめん。ありがとう……」
小さく呟くようにお礼を口にする。架純と祐希にしか聞えない音量で。
「じゃあ、行くよ」
架純の言葉と同時に3人は歩を進める。
「待てっ! 逃がすかよ」
今泉が怒号をあげる。
「おっと。追いかけて来るなよ。その場合、すぐに警察に連絡するからな。ストーカーに追跡されてるってな」
得意げに架純は制服のポケットからスマートフォンを取り出す。今泉に見せびらかすように頭の上に掲げる。
「くそっ! どこまでも舐めた真似しやがって!! 」
悔しそうに今泉は地面を踏みつける。八つ当たりするように。
「申し訳ないけど、私達は晴君とのイチャイチャを楽しむら。さようなら退学者の今泉君」
冷たい声色で祐希は別れの言葉を告げる。
「お前らは絶対に許さないからな!」
怨念を込めた瞳で睨みつけながら、今泉は捨て台詞を吐く。
「好きにほざいてろ! どうせ何もできないんだから」
架純はそう告げると晴斗の腕を引き、今泉の横を通り過ぎる。
「……」
晴斗は無言のまま、その横顔を見つめる。
「晴君、行こっ」
「晴斗、行こう」
2人に促され、晴斗は駆け足気味にその場を離れた。今泉の背中が遠くなるごとに恐怖は和らいでいった。
「晴君大丈夫?」
「うん。もう、平気だよ」
気遣う祐希に笑顔を向ける。
「無理して笑わなくていいよ……怖かったでしょ」
「そうだね。正直、かなり怖かった。またあの時みたいになるんじゃないかって思った」
晴斗は素直な気持ちを言葉にした。それと同時に先程まで抱いていた恐怖を思い出す。
「それにしても、あのクソ野郎と遭遇するとは想定外だったな」
架純は眉間にシワを寄せながら苛立ちを口にした。
「だが、安心しろ。私達がいるからな」
「うん。私と雫さん以外にも生徒会と部活の仕事で今はこの場にいない橘さんと山本さんも晴君の味方だから! 」
安心させるように架純と祐希は抱きつく腕により力を込める。それだけで晴斗は包容力を覚え、幾分か恐怖が抜ける。
「ありがと……本当にみんなには感謝しかないよ」
晴斗は改めて、自分が周りに恵まれていることを再認識した。
「当然のことを言っただけだ。気にするな」
「そうだよ。晴君はもっと甘えてもいいんだよ」
架純と祐希から優しい眼差しを向けられ、晴斗は心が温かくなるのを感じた。
「そういうことだから安心してね」
上目遣いで祐希ははにかむ。
「あたしのことも忘れるなよ晴斗! 」
真正面で晴斗を見据え、架純は微笑む。
「よしっ、じゃあ、晴斗の家に行こうか」
「うん! 」
架純の提案に祐希は賛同する。
「えっ!? なんで俺の家に行くの? 」
突然のことで晴斗は動揺を隠せない。
「そんなの決まってるだろ? 恐怖を感じた晴斗を放って置けないからな」
架純は真剣な表情で晴斗を見つめた。
「私も賛成! 晴君の家は初めてだから楽しみだな~」
祐希は自然と口角が上がった。
「いや、でも……」
「何か問題でもあるのか? 」
「私達が嫌なら、はっきり言って欲しいかな」
「別に2人のことは嫌いじゃないけど……」
晴斗は歯切れの悪い返事をする。
「ならいいよな? 」
「お願い晴君」
「……わかったよ」
架純と祐希は目を輝かせながらおねだりする。祐希なんか両手を合わせる。
結局、2人に押し切られる形で晴斗は承諾してしまった。
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