第47話 ささやかな始まり
「はいあ~ん」
『白中晴斗を幸せにする会』でトークが繰り広げられた後日の昼休み。架純は弁当に入った卵焼きを晴斗に差し出す。
「……あの、これは?」
晴斗は戸惑いを隠せない。パチパチと何度も瞬きする。
「だからぁ~、あ・げ・る・ぞ♡」
語尾にハートマークが付くほどの甘ったるい声音で、架純はそう言う。普段の凛とした態度は大きく変貌し、ぶりっ子みたいな声色だった。
「いや……結構です」
自然と晴斗は敬語で返答する。
「なんでだー! 折角あたしが作ってきたお弁当なのにぃ!」
架純は口を尖らせながら拗ねる。
「晴君じゃあ、私の弁当はどうかな? このタコさんウィンナー自信作なんだ! 」
隙を突くように、祐希は自作の弁当をアピールした。
「えっと……」
晴斗の視線は架純と祐希の顔を交互に行き来する。
「ちょっと待って! 今はあたしのターンだぞ! 」
「そんなの関係ないよ。それに誰も雫さんのターンとか決めてないでしょ 」
バチバチ。
2人の美少女による視線が衝突し、言い争いが勃発する。
「ふふっ、2人とも血気盛んだね。うちはそこまで元気がないかな。はい! 白中君! 前言ってたお弁当。野末さんが作ってくると思って小型のお弁当をうちは作ってきたよ! 」
その隣では千里も負けじとおかずの入った小さめの弁当箱を差し出した。
「えぇ!? 覚えてたの?」
晴斗は驚愕の声を上げる。
「そうだよ。忘れるわけないよ。うちと晴君が会話した言葉は大方覚えてるよ! 」
ドヤ顔で言う千里に若干引きながらも、晴斗は弁当を受け取る。
「あ、晴斗! あたしの卵焼きから! 」
「違うよ! 私のタコさんからだよ! 」
架純と祐希はまるで子供の喧嘩のように喚き合い、晴斗の口の前に卵焼きとタコさんウィンナーを差し出す。
「……えっと」
どうしようか迷っているうちに時間は過ぎていく。
(このままじゃ埒が明かないな)
「はいあ~ん」
架純から差し出された卵焼きを晴斗は食べる。ゆっくり咀嚼する。卵焼きの甘味が口内にじゅわっと拡がる。
「うん美味しい」
素直な感想を述べる。
「やった! 嬉しいなぁ!」
架純は眼鏡越しに子供みたいにはしゃぐ。
(あれ? 意外と可愛い?)
今まで見てきたクールビューティーな架純のイメージとはかけ離れていて、晴斗は思わず胸中でドキッとする。
「あー! 私が作ったタコさんは食べてくれないのに雫さんの作った卵焼きは食べたー! 」
今度は祐希が頬を膨らませながら抗議する。
「わかったから! すぐに食べるから!」
「むぅ~。私はイメージよりもせっかちなんだよ」
そう言いながら祐希は自分の箸でタコさんを晴斗の口に運んだ。流れるように晴斗はそれを咀嚼する。
「うまっ! 相変わらず! 料理上手!」
晴斗のリアクションを見て、祐希は満足そうな笑みを浮かべる。
「でしょ? 嬉しいな~晴君に褒めてもらえて」
先程とは打って変わり、祐希は上機嫌になる。
「うちの弁当も味わってね」
千里は弁当を晴斗に差し出し、それを受け取る。蓋を開けると、そこには色とりどりのおかずが入っていた。
(凄いな。見た目だけじゃなくて栄養バランスまで考えられてる)
「いただきます」
晴斗はハンバーグを箸で摘まもうと試みる。
「ちょっと待って。うちが食べさせてあげる」
千里はそう言うと、自分の箸を使ってハンバーグを割った。そしてそれを晴斗の口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
千里は構わず晴斗の唇に押し当てる。ハンバーグの肉厚が晴斗の唇に伝わる。
(まさかの橘さんまで!? )
晴斗は抵抗するように口を固く閉ざす。しかし、千里は気にせず強引に押し込んでくる。
「ダメだよ? 食べないと」
満面の笑みを千里。
その笑顔が晴斗にとってはどこか恐怖だ。
(……仕方ないか)
観念したように晴斗は口を開けた。そこにすかさずハンバーグが放り込まれる。
「どう?」
「……うまいです」
晴斗は渋々答える。
「良かったぁ! どんどん召し上がって」
千里は再びお弁当をおかずを摘まむ。
「ちょっと待て! あたしのターンはまだ終わってないぞ!」
「そ、そうだよ! 次は私の番だから」
架純と祐希の2人は必死に抗議する。
「3人共ストップ。玲香は未だに1度も白中晴斗君にあ~んしてないから」
玲香がようやく割って入る。
「そういえば……」
言われてみればと思い返す。
「なら玲香が優先だよね 」
勝ち誇ったように玲香が弁当箱のポテトフライを摘まむ。
結局、4人から晴斗はあ~んをしてもらう羽目になった。しかも1人3回ほどからあ~んを提供された。
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