第20話 彼女からの謝罪

「あなたが白中晴斗君? 」


 1人の美少女から声を掛けられる。その美少女は岸本の元カノの山本玲香だ。


 5時間目終了後の休み時間。


 炭酸ジュースを購入するために、晴斗は柔剣道場近くの自動販売機に足を運ぶ。


 2台の自動販売機からブルーライトが放たれる。


「そ、そうだけど。何か? 」


 知らない人物に話し掛けられ、少なからず焦る。


 瞬間的な対応が苦手なことも起因する。その上、初対面の人間との会話も不得手だ。


「山本玲香。これが玲香のフルネーム。そして、最近、学校中で有名になった岸本と付き合ってた」


「岸本と付き合ってた? 」


 岸本に彼女がいるとは初耳だった。


(でも付き合ってた? なんで過去形?)


「岸本と最近別れたの。玲香が別れを切り出したの。それと、元カノとしてあなたに謝罪しようと思って接触したの」


 より一層に真剣な表情を形成し、玲香は背筋や伸ばす。


「ごめんなさい。玲香の元カレがあなたに深い傷を負わせて。いじめなんて愚かでクズな行いをして」


 45度ほど玲香は身体を傾ける。丁寧なお辞儀だった。


 綺麗に頭は下がっており、誠意も感じられる。


「へ? 」


 頭が真っ白になる。玲香の行動が理解できない。なぜ玲香が晴斗に謝罪する必要があるのだろう。


「ち、ちょっと待って! まず顔を上げてよ! それに山本さん? は俺のいじめに無関係なはずでしょ」


 とにかく頭を上げさせる。頭を下げられた状態だと多大な罪悪感が溢れる。


「そんな。岸本の元カノだった玲香にも少なからず責任はあると思う。目が節穴だったとはいえ、あのクズ彼の彼女だったのだから。彼氏が悪い行いをしたら、彼女は謝るべきだし、責任も共に負うべき」


 言葉に嘘偽りは存在しない。表情から容易に推察できる。それほど玲香の表情や態度は真剣だ。


「それは違うよ」


 諭すように晴斗は伝える。本心からの言葉だった。


「岸本がいじめをしていた。その事実を山本さんは知らなかったんだよね? 」


「うん…。それは知らなかった。そんな話は1度も耳にしなかった。でも—— 」


「それなら問題ないよ。いじめを知らぬふりもしてない。傍観者でもない。だから山本さんは俺に謝る必要はないよ」


 強引に晴斗は玲香の言葉を遮る。説得するために。これだけは譲れない。


 玲香が謝る必要がないことを論理的に伝える必要がある。


「でも…玲香モヤモヤする」


 未だに玲香は納得がいかないようだ。こだわりある強い信念を持っているのだろう。


「岸本にいじめを受けた本人が謝罪は必要ないと表明してるんだよ。だから謝罪は必要ない。申し訳ないけど納得して欲しいな」


 玲香から視線を逸らし、晴斗は自動販売機に硬貨を投入する。気を紛らわせるように。


 150円を投入し、レモン系の炭酸ジュースを購入する。


 ピッ。ガタンゴトン。


 賑やかな音を立て、自動販売機はペットボトルを吐き出す。


 身体を屈め、晴斗は自動販売機からレモン系の炭酸ジュースを取り出す。


「そういうことだから。もう謝罪はしないでね。俺も罪悪感を感じちゃうから」


 そろそろ休み時間が終了するため、晴斗は歩を進める。強引に話も終わらせる。


 玲香の顔が視界に映る。まだ合点はいってないようだ。その証拠に、わずかに顔をしかめた状態だ。


(気持ちは嬉しいけど。仕方ないよな。山本さんは何も悪くないから)


 真っ直ぐ見つめる玲香の横を晴斗は通過する。


 何か食い下がって来ると想定していた。だが、予想に反し、玲香は一切声を掛けてこなかった。


 黙って前だけを見つめていた。


 平常通り機械音を発する自動販売機が、彼女の視界で存在感を放っていた。

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