悲しみの眉

「これが、小惑星探査計画の概要だ。それで小型探査機を近くの工業大学で実験するとかなんとか聞いたぞ。あそこも航空宇宙をやってるからな。なにか、一緒にできないだろうか?おい、聞いているか?」

部室の教壇と黒板に、椿がまとめた資料と小惑星探査イメージ図が描かれている。椿は、いつもの調子で情熱に頬を赤くして話をしていた。僕は椅子に座り、いつも通り微妙な態度で参加をしていた。

「ん?あぁ、ぼちぼち聞いてるよ。小惑星に行くって簡単そうだけど、難しいんだね。なかなかドラマチックな感じ?うまく行くかな?」

僕は部活に出席しては、やる気のない感じで椿の話を聞いていた。

「お前は、いつも聞いてないフリして意外と話を聞いているな。本当は天文に少しは興味があるんじゃないか?」と椿は嬉しそうに言い返した。

椿は相変わらず精力的に活動していた。ただ、彼女の話に耳を傾けているのは僕だけだった。

「そうかな?まぁ、いつも、ちょっと面白い話だと思ってるよ。全部は理解できないけど。」実際に、小惑星探査の話はそれほど退屈ではなく、少し興味を持った。彼女の熱意が伝わってきたのかもしれない。

「お前が天文部の活動に毎回参加しているのはそれが理由なのか?」

椿はそう僕に問いかけた。椿の頬を見ると、情熱の色は薄れ、薄白いベージュ色に変わっていた。

椿が改革を行った結果、同級生で天文部に来るのは今や僕たちだけになっていた。もともと、先輩たちは来ていなかったので部室にはいつも僕たち二人だけがいた。

椿は、僕が辞めないかいつも気にしていた。

「ん~、まぁ暇だからね。」僕は本当の理由を隠し、いつもの調子でそう答えた。

「お前は、いつも『暇だ』と言っているが本当にそうなのか?お前には中学生から付き合っている彼女がいると聞いたことがある。彼女との付き合いもあるんじゃないのか?」

しばらくの間、沈黙が続いた。彼女の感の鋭さに僕は黙り込むしかなかった。

「いや、詮索してしまった。悪かった。」

椿を見ると非常に申し訳なさそうな表情をしていた。「椿さんが謝ることないよ。」僕は、まるで自分が悪いことでもしたような気分になり、椿に彼女のことを話すことにした。

でも、本当は自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

「そうだね。春頃は彼女とよく出かけて、連絡も取り合っていた。高校が違うからその違いが新鮮で面白かったしね。でも、そのうちに共通の話題がなくなって、話が合わなくなってきた。それに、彼女も高校の活動が多くなって来たとかなんとか言って、最近はあまり会ってないんだ。ははは、まぁ、それが暇な理由ってわけ。」

僕は弱みを見せないよう努めて明るく答えた。僕は普段からいい加減なフリをして人に弱みを見せないようにしていた。ましてや、そこまで親しくない女性に弱い自分を見せて嫌われたくはなかった。

ふと、椿に目を向けると、まるで自分のことのように悲しげな表情を浮かべていた。その不揃いの眉が悲しみの色を帯びているようだった。

「お前はすごいな。そんな辛い思いを抱えながら、いつも冷静に振る舞えるなんて。私はそんなこと到底できないそうにない。そんなことも知らずに、いつも付き合わせて悪かった。天文部が嫌だったら辞めてもいいんだぞ。」と椿は言った。

彼女は少し前から自分の部活での行動について自問自答していたのかもしれない。彼女は偉そうにしているけれど、実はとても繊細なのだと僕は思った。

僕は彼女に気をつかい軽口を叩くことにした。

「別に嫌ってことないよ。彼女とは天文部の話はしてたし、椿さんの変なキャラクターは、面白くてネタにしてたしね。」

「お前は、私をそういう風に見てたのか?」

「ははは、椿さんは変わってるでしょ?椿さん自身もそう思ってるんじゃない?僕はそういうの好きだよ。僕は普通の人間でそんな風に振る舞える強さもないからさ。」

僕は笑いながら言う。

「そ、そんなものか?ま、まぁそうかもしれないな。」

彼女の表情を確認するため、僕は彼女に目を向けた。すると、彼女の頬がほんのり赤く染まっているのが見えた。


あの頃から、僕と椿は次第に親しくなっていった。彼女はその後も僕に積極的に話しかけてくれて、今では天文学に関する知識も少し増えた気がする。椿の情熱は、当時のやる気のない僕には刺激的で良かったのかも知れない。

僕は彼女との日々を思い出し、彼女が僕に何を期待しているのか理解できた気がした。

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