揺れない前髪

翌日、部室でのんびりと過ごしていると椿が姿を現した。「今日は部活がないのに珍しいね」と冗談を言うと、「お前は頭脳明晰な鳥のようだな」と椿が返す。

「こちらは、ちゃんと顧問の承諾を得てきた。まぁ、事前の根回しもあって楽勝だな。それでお前の方はどうだ?」

椿はいつも通り自信に満ちた様子だったが、顔には楽しげな表情を浮かべていた。

「デザインは後輩が美術部の知り合いに頼んでる。文言はまだ考え中だけど、その辺のチラシと似たような感じでいけるでしょ。まず大事なのはデザインだからね。」

かなりいい加減な回答である。しかし、僕は何事もなかったかのように余裕綽々で応えた。

「流石だな。行動が早い。文言は次の部活で皆の意見を聞くのがいいだろうから、現時点ではその程度がちょうどいいな。お前はなかなかできる男だ。」

予想外に椿に褒められ、僕は少し居心地が悪かった。

「よし、目処はついた。いつもありがとうな。」

「お、おう。」

僕は突然の感謝に驚いたが慣れた言葉で答えた。椿は偉そうに振舞っているがいつもこうして感謝してくれる。僕は上手く利用されていると思いつつ、この言葉がいつも嬉しかった。

「そ、それでだな。お前に、ちょっと質問がある。」

少し間を置いて、いい淀みながら椿が口を開いた。かすかに彼女の手が震えているように見えた。

僕は、椿がまた何かを企んでいるなと思いながら「何か用?」と尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべつつ真剣な目つきで言葉を続けた。

「お、お前はどういう人間だ?どんなことに興味がある。」

その質問は不躾だった。

椿の大きな瞳からは何かを探ろうとしているように感じたが、僕は先に言葉を発してしまった。

「急に聞かれても困るなぁ。僕は椿さんみたいに優秀じゃなくて普通の人間だね。興味はこれってのはなくて色々。椿さんはホントにスゴいよね。頭も良いいし天文部の活動だっていつも情熱的で、学年一の才女ってもっぱらの噂だよ。」

彼女の質問に対して、自分の劣等感が顔を出すのを隠せなかった。どんな人間?優秀なわたしに対してお前はどんな人間なのか?

僕は、質問に急いで答えてしまったことを後悔しながらも、いつもの彼女なら気にも留めないだろうと思っていた。しかし、彼女の反応は予想とは違った。

「お、お前の興味はそんなものか!本当につまらない男だな。お前には情熱ってものがないんだ。」

僕は意外な反応に戸惑った。

「そんなことないよ。僕も情熱を持って生きてるって。急にどうしたの?」

「本当にそうか?そうだといいな。だが、わたしにはお前の情熱が伝わってこない。」

彼女が言葉を発した瞬間、僕は内心で疑問を感じた。

なぜ、僕の生き方に関して彼女に説明しなければならないのか。

「えっ、そうかな?どうすれば伝わると思う?」と僕は尋ねた。

「どうすればいいかだって?!」

椿は興奮しながら、そう言った。

「そんなこと自分で考えるべきだ。お前が情熱を持っていることがわかったら、わたしに教えるんだな。それで、これから話を続けられるかどうか決める。」

彼女の頬は、さらに赤く染まっていた。果たして、僕はそこまで気に触るようなことを言ってしまったのだろうか?

「は、はい、わかりましたよ。情熱を持っていることがわかったら教えますよ。」

僕は彼女の様子に戸惑いつつも、彼女の『続けられるか』という言葉に悪い予感を覚えた。

「ふん。それじゃあ、今日はこれで切り上げる。また今度、時間があるときにでも話をしよう。」彼女はそう言うと、簡単には揺れない前髪を揺らして振り返り颯爽と歩き去っていった。

窓の外に目をやると、冬の冷たさに耐えるように木々が立ち並んでいた。


その夜、僕は椿の言葉に思いを巡らせていた。いつもは皮肉や嫌味に動じない椿が、今回ばかりは違った。自分がどうして情熱を伝えなければならないのか、彼女が何を期待しているのか真剣に考えた。

僕は彼女との思い出を振り返った。椿と親しくなったのは、いつだろう。去年の今ごろだったかもしれない。

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