第13話 別れ
藤花の暮らす日ノ出皇国は、周囲を海に囲まれた島国。
藤花の感覚ではとても広い国なのだけれど、どうやら海の向こうには日ノ出皇国よりもよほど大きな大陸があって、さらに、世界はその大陸よりも広いらしい。
藤花には、上手く想像もできない。
ともあれ、旅支度を済ませた藤花は、雪姫と共に海を渡ることを決意した。
海を渡ることができれば、もう、日ノ出皇国に帰って来ることもないのだろう。
家族に会うことも、もう、ないのだろう。
そう思うととても寂しいが、藤花は雪姫と共に生きることを選んだ。
それを後悔する日が来るかどうかなど、今の時点ではわからない。
藤花は海を渡ったことなどなくて、どうすれば渡れるのかも、よく知らない。船が出ている地域があるらしい、と人伝に聞いた程度だ。
向かうべきは西の港……と藤花は考えたのだが、雪姫は違った。
「船を使うのは少し危ういな。姿を隠す術を使い、密かに船に乗ることはできるだろうが、見つかる可能性も高い。捕まってしまえば、藤花は投獄されるだろう。ここは、九尾の力でも借りてはどうかね?」
旅支度をほぼ終え、雪姫の入った箱を風呂敷に包みながら、藤花は問い返す。
「九尾? 九尾って、わたしの姓の由来になった、あの九尾?」
「ああ、その九尾だ。三百年ほど前に宮廷を襲い、そして白面家含む呪術師たちに敗れた、九尾の狐だ。あれは空も飛べるから、海を渡ることくらいできる」
「九尾って、とても危険な妖怪だよね? わたしたちに力を貸してくれる? ただ暴れまわろうとするだけじゃない?」
「さてな。それは私にもわからない。もし暴れるようなら、藤花が無理矢理にでも従えればいい」
「わ、わたしにできるかな……?」
「できるだろうさ。私と共に戦うのなら」
「……そっか。雪姫に協力してもらってもいいんだ」
大妖怪、九尾の狐の封印を解く。事態の大きさに、藤花は嫌でも緊張してしまう。
白面家の者として、そんな悪行は決して許されることではない。もしそんな罪を犯した後に捕まれば、死罪は免れないだろう。
(……それでも、わたしは雪姫と一緒に生きていきたい)
藤花の胸にあるのは、その思いだけ。そのためなら、どんなことでもしてみせる。
「行こう、雪姫。九尾の封印を解きに」
「まさか、本当にこんな提案に乗るとはな。お前はやはり、どこかおかしくなっているようだ。普通は提案されても尻込みするものだよ」
「……雪姫と生きていくためだもん。なんでもするよ」
「子供とは恐ろしいものだ。一つ信念を持たせるだけで、危険を顧みなくなる。だがまぁ、好きにするがいい。私はお前の親ではない。お前がどんな無茶をやろうと、とめもしないし叱りもしない」
藤花は雪姫が好きだ。でも、雪姫にとって、藤花は白面家の一人という程度の認識。特別に思ってなどいない。
それはわかっている。これは一方的な恋慕だ。
ずっとこのままでいいなどとは思わないが、今は、それで構わない。
旅支度を完全に終えたら、藤花は家族宛に短い手紙を書いた。
『わたしは雪姫と共に家を出ます。今までありがとうございました』
簡潔すぎるけれど、それ以外に書けることがない。
「……それじゃあ、出発しようか」
藤花は、旅の荷物として藍染の巾着袋を懐に入れる。この袋は、非常に小さいながらも、見た目以上の収容力を持つ。特殊な技術を持つ呪術師が作った呪具で、六畳分くらいの荷物を収納できてしまうのだ。そこに、着替え、野宿用の荷物、日用品、食料と水、愛用の刀、いくつかの呪具、お金を放り込んでいる。この呪具は非常に高価だが、白面家はそれなりに裕福なので、購入も難しくない。
あとは、雪姫の入った箱を抱える。呪具の巾着袋には生き物が入らないので、自分で持ち運ぶ必要がある。
人の頭部はそれなりの重さがあるのだが、藤花は呪力で多少体を強化できるので、さほど問題ではない。
「……お母さん。さようなら。行ってきます」
藤花は胸の痛みを覚えながら家を出て、北に向かった。
九尾の眠る地までは、徒歩でおおよそ七日。冬が過ぎ、夏の手前とあって、旅はさほど辛くなかった。
街道を歩き、いくつもの山を超えて、ひたすら歩いていく。
あまり人の記憶に残りたくなかったので、
途中、妖怪や盗賊に襲われることもあった。しかし、特別に強い敵ではなかったので、藤花は返り討ちにするか、逃げることができた。
そして、七日目の午後。
藤花は、九尾の封じられた丘へとやってきた。
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