第9話 継ぐ者

「……えっと、話って、何かな?」



 藤花の問いに、祖母のかえでが反応する。


 楓は今年五十五歳になるはずだが、歳の割にはまだまだ容姿も若い。決して威圧的とまではいかないが、眼光も鋭い。藍色の小袖が落ち着いた雰囲気も引き立たせてくれている。



「藤花。これは、白面の一族だけじゃなく、呪術師たち皆で話し合って決めたことなのだけれどね」


「……うん」


「魔王の首に、奈落封獄ならくふうごくの術を掛けることになった」


「……え? 奈落封獄ならくふうごく? ど、どういうこと……?」



 奈落封獄ならくふうごくと言えば、白面家が扱える最上の封印術。


 魔王の力を完全に封じることを目的として作られた封印術で、一度使えば、最低でも百年は眠らせ続けることになる。術を掛けた本人でさえ、自分の意志で解除することはできない。さらに、封印が解ける頃にまた封印を施し続ければ、未来永劫、魔王を完全に封印し続けることになる。


 藤花も、その術を修得している。使うことはないだろうと言われていたが、この術を代々伝えていくのも、藤花の管理人としての役目だ。



「藤花。先日の襲撃で、藤花は魔王の封印を完全に解いたね?」


「うん……。解いたよ……。そうしないと、皆が危ないと思って……。それが、何かまずかったの……?」


「ああ、あれがまずかった。藤花が魔王の封印を解いたとき、私はあまりのおぞましさに、気絶から覚めた。そして、魔王の力が、我々が思っている以上に強大だったことを知った。あんな力を持つ存在は、もう完全に封じておくべきなんだ。あれはこの国のみならず、世界をも混乱に陥れてしまう」


「で、でも! 雪姫にはもう、人間に敵対する意志はないんだよ!? それはわかってるでしょ!? そうじゃなきゃ、雪姫は今頃わたしたちのことだって殺してる! もう一度大人しく封印されたのだって、敵対する意思がないことの現れだよ! それなのに、どうして奈落封獄ならくふうごくなんかが必要になるの!?」



 叫ぶ藤花に、祖母は諭すように言う。



「……藤花。魔王にはもう人間に敵対する意思がない、というのも、問題なんだよ」


「ど、どういう意味……?」


「魔王は人間の敵じゃない。さらには、白面の一族にはどこか友好的ですらあるかもしれない。それはつまり……白面家が、魔王本来の力を自由に使い、世界を支配できてしまうかもしれない、ということだ」


「わたしたちが、雪姫を利用して世界を支配する……? そんなこと、するわけない……」


「ああ、そうだね。私だって、椿だって、藤花だって、そんなことは考えない。でも、周りの連中は、いつか私たちが、魔王と共にとんでもないことをしでかすんじゃないかって、不安になる。人間は臆病だから、それも仕方ないことさ」


「……周りの人たちを不安にさせないために、雪姫を完全に封印するってこと……? わたしたちでさえ、解くことのできない封印で……?」


「そういうことだ。白面の一族の役割は、魔王の首を制御しつつ様々なことに役立てる、というものではなくなる。ただひたすら、魔王の首が誰にも利用されることがないよう、封印し続けるというものになる」


「……待って。待ってよ。そんなの嫌だ。そんなことになったら……」



 雪姫と、もう話をすることもできなくなる。


 雪姫に自分の想いが届かなかったとしても、雪姫が自分に好意を持ってくれなかったとしても。


 ただおしゃべりすることもできなくなるというのは、あまりにも辛すぎる。



「藤花が魔王に対して特別な感情を抱いていることは、わかってる。それを少し危ういとも思っていたけれど、きっと大丈夫だと思っていた。藤花には、闇に引き込まれない強い光があるから。でも、状況が変わってしまった今、魔王を完全に封じるしかなくなった。藤花。白面の一族を継ぐ者として、聞き分けなさい」



 祖母の目には、決して譲ることのない、固い決意が滲んでいた。



「そんな……わたしの、気持ちは……。ううん、違う。わたしの気持ちは、置いておくと、しても。雪姫は……雪姫は、千年経って、ようやく、人を、命を、無価値なものじゃないって、理解し始めた、はずなのに……。きっと、これから、今までとは違う風に、世界を見ていく、はずなのに……。今、完全に封印してしまうなんて……」



 雪姫が変わっていく様を見届けたい。


 そんな思いも、藤花にはある。


 もっとも、正直なことを言えば、自分の恋が叶わなくなることが一番辛いのだけれど。



「お、お父さん、どうにか、ならないの……?」



 藤花は、静かに成り行きを見守っていた父にすがる。


 しかし、父は首を横に振った。



「……申し訳ない。藤花。白面家を継ぐ者として、耐えてくれ」



 希望はない。


 雪姫は、完全に封印されてしまう。



「……あ、お母さん。雪姫と二人で話をするって……つまり、今、もう、封印を……?」



 今更ながら気づいて、藤花は立ち上がる。


 急ぎ、離れに向かおうとして。



ばく


「うっ」



 祖母が藤花に封印術を掛けた。足も、腕も、拘束されてしまった。藤花は倒れ、身動きができず、封印術も使えない。



「藤花。こらえなさい」


「……嫌だ。嫌だよ。雪姫……。雪姫! 逃げて! 雪姫!」



 藤花は叫ぶ。


 その声が雪姫に届いたか、藤花にはわからない。

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