第8話 話

 襲撃事件の後、その翌朝までに、藤花は雪姫に対して再び強力な封印の術を施した。


 雪姫の力を六割程度に抑える封印……と藤花は教えられていたが、もしかしたら、三割から四割に抑えているかもしれない、強力な奴だ。


 雪姫曰く、確かに四割くらいにはなっているかもしれない、とのこと。千年前の力からすると六割程度だが、今の力からすると、四割くらいに抑えつけているらしい。ただ、雪姫はもう千年間も本気を出したことがないので、自分でも正確なところがわからないそうだ。


 そもそも、再度その封印を施せるのか? という不安もあったが、問題なく封印できた。雪姫が抵抗しなかったのが、その大きな要因だろう。


 藤花としては、封印はもう必要ないと信じた。でも、雪姫は必要だと言った。



「人間は強すぎる存在を恐れる。人間の管理下にないとなればなおさらだ。今まで通り暮らしていくのであれば、必要なことだろうよ」



 雪姫は今まで通り暮らしたいと望んでいるらしい、と藤花は感じ取った。


 雪姫は認めないだろうけれど、雪姫は人間社会での暮らしに馴染んでしまっている。今の生活を失うことに抵抗を覚えるのも、無理からぬことだ。


 それはそうと、藤花が想いを告げた後にも、雪姫の態度は今までと変わらない。藤花からすると少し不満で、それを口にしてみると、雪姫は呆れながら言う。



「齢千を越えるババアが十五歳のガキに告白されて、心が動くと思うかね? 藤花を拒絶するつもりはないが、かといって藤花の気持ちを受け入れるわけもない。今までと何も変わりはせんさ」



 いつか自分に振り向かせてやる、と藤花は密かに誓った。


 ただ、女同士であるという点が、藤花は少し気になった。藤花は性別を超えて雪姫を好きになってしまったけれど、雪姫が同性との恋をどう思うかわからない。


 その点についても、雪姫はやや呆れながら言う。



「この歳になると、もう相手が男だろうが女だろうがどうでもいい。そもそも、恋愛感情などというものも、もはや忘れてしまったがね」



 少なくとも、女同士だからという理由で、藤花が雪姫に拒絶されることはなさそうだった。それには安心した。


 その他、襲撃事件のせいで家は半焼し、家族は怪我をしてしまったが、誰も死んでいないので、どうにでもなる。怪我は治るし、家は修理できて、即席の補修もなされている。


 生き残っていた襲撃者三人については、母と父が、呪術師関連の事件を管轄する自警団のところへ連れて行った。


 あの三人は、色々と情報を吐かされたうえで、処刑されるはずだ。魔王の首を奪おうとすることは、この国に置いて重罪なのだ。藤花は少し気の毒に思うが、仕方ないことだとも思う。


 そして、襲撃事件が起きてから、十日後のこと。


 夕暮れ時、藤花は離れの裏庭で封印の術の訓練をしていた。


 そこへ、母がやってきた。



「藤花。母屋に来なさい。大事な話があるの」


「大事な話? わかった」



 襲撃事件があったばかりだから、話し合うべきこともあるだろう。



(いざというとき、わたしの反応が悪すぎる……とか怒られるのかな。いやでも、今更そんな話を蒸し返すっていうのも……)



 不安を覚えつつ、藤花は縁側に置いていた雪姫の箱を手に取ろうとする。



「雪姫は置いていきなさい」


「え? 置いていくの? 大事な話なら、雪姫も一緒の方がいいんじゃない?」



 この家において、雪姫と会話したことがあるのは、藤花、母の椿、そして祖母の楓だけ。雪姫は、他の者の前ではしゃべららないようにしている。


 だから、話し合いに雪姫が参加することはない。でも、話だけでも聞かせておけば、後に改めて説明する必要もない。



「……雪姫には、私と別の話があるの。藤花は、母屋の方へ行きなさい」


「お母さんと……。そう……。わかった……」



 雪姫と母が、二人だけで話をする。特におかしなことでもないはずなのに、藤花は少しだけ胸がざわつくのを感じた。



「ほら、もう行きなさい。おばあちゃんと、お父さんが待ってる」


「……うん。えっと、じゃあ、雪姫。わたし、少し離れるね。寂しいからって、泣かないでね」


「私がその程度で泣くものか。泣くのは藤花の方だろう?」


「……そうかも。また後でね」



 ほんの一時であっても。母屋と離れの僅かな距離であっても。


 雪姫と離れることが、藤花には途轍とてつもなく苦しい。


 恋煩いとは実に面倒なことだと思いながら、その苦しさもどこか心地良い。


 藤花は母屋に赴き、奥座敷へ入る。


 祖母と父が改まって並んで正座しており、藤花は二人の前に居住まいを正して正座する。

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