第5話 術

「火! 火が……!」



 藤花が混乱していると、黒いローブを着た三人の人間が部屋に押し入ってきた。声からすると全員男で、そして、異国の言葉を話している。



「魔王の首だ! 本当にあった! 回収するぞ!」


「この小娘はどうする?」


「必要ない。殺す」



 藤花は異国に行ったことはないが、言葉は母と雪姫から習っている。おかげで相手か何を言っているかはわかった。


 三人のうちの一人が、小枝のようなものを藤花に向かって突き出す。その先端から、巨大な火球を放つ。


 その火球は、闇色の壁に阻まれて消失する。その男は、さらに攻撃を重ねてくる。



「藤花。奴らの魔法くらい、藤花にも防げるだろう? いつまで私に守らせるつもりだね?」


「あ、そ、ご、ごめん、なさい」



 雪姫が守ってくれているうちに、藤花は呼吸を整える。


 右手の人差し指と中指を立てて刀印を作り、天井に向ける。



「万物に宿りたる尊き神々よ。矮小なる人の子の祈りを聞き届け給え。不可侵なる光の聖域、護光ごこう



 キィン、と金属がぶつかるような音がして、藤花たちの前に光の壁が生じる。その壁は、男の生み出す炎をしっかり防いでくれる。



「あ……ちゃんと、防げてる……」


「藤花の使う呪術も連中の使う魔法も、呼び名が違うだけで根本はほぼ同じだ。藤花に防げないはずもない」


「よかっ……げほ、げほっ」


「炎は防げても、煙は防げんな。藤花、ひとまずあの三人を拘束しろ」


「う、うんっ」



 三人の男は、藤花の作った防壁を壊そうと攻撃を繰り返す。炎、雷、風と、様々な魔法が藤花を襲う。しかし、それらは防壁に弾かれて消失する。



(……慣れない敵に焦ったけど、わたしの力はこいつらに通じる。ちゃんと、戦える)



 光の防壁に続き、藤花は術を使う。二つの術を同時に使うのは難しく、どちらも効果が半減してしまうが、この敵が相手なら問題ないだろう。



「万物に宿りたる尊き神々よ。矮小なる人の子の祈りを聞き届け給え。清浄なる不壊ふえの戒め、ばく、型の二」



 再度、金属のぶつかり合うような甲高い音が響く。


 その直後、三人の男たちが光の輪に拘束される。みぞおちの高さにぐるりと光の輪が生まれて、腕を含めて拘束する形だ。


 対象を一人に絞るときより拘束力は劣るが、それでも大抵の妖怪を拘束できる呪術。この三人の動きをとめるには十分だった。



「な、なんだこれは!」


「く! これが封印の魔法か!」


「うっとうしい! こんなもの!」



 三人は拘束から逃れようと必死に抵抗するが、光の輪は三人を逃さない。



「え、えっと、雪姫! 次、次はどうすればいいの!?」


「指示がないと何もできんのかね? 世話の焼ける管理人だな」


「だ、だって! いきなりこんな状況、わけわかんないよ!」


「やれやれ。まずは私を連れて部屋を出ろ。煙で死ぬぞ。次に、あの三人が追いかけてくるだろうから、建物の外に出たら眠らせておけ」


「わかった!」



 藤花は雪姫の入った箱を手に、まずは外へ出る。


 男たちが藤花を追いかけようとするが、拘束のせいで動きが鈍い。さらに、あれは呪術の発動も防ぐので、根本の原理が同じなら魔法の発動も防ぐはず。



「くそ! 逃がすな!」


「魔王の首を寄越せ!」


「この魔法、なんて威力だ! 体が上手く動かん上に魔力も上手く操れんぞ!」



 藤花が外に向かうと、三人もどうにか追いかけてくる。足の拘束はないので、それも可能だ。


 外に出たら、藤花は再度三人に術を掛ける。



「万物に宿りたる尊き神々よ。矮小なる人の子の祈りを聞き届け給え。荒ぶる魂を鎮める安寧の眠り、みん、型の二」



 三人の体からふっと力が抜ける。意識を失って、そのまま地面に倒れた。


 焼けている家屋からは離れているため、放置しても死ぬことはないだろう。



「上出来だ、藤花。三級にも満たない程度の魔法使いだろうが、まぁ、よくやった」


「……うん。ありがと」


「だが、あと三人いるぞ」


「あ、そうだった! お母さんたちが捕まってるの!?」


「そのようだ。母屋の方にいる。……ただ、一人だけ妙に強い者がいるな。気をつけろ」


「う、うん……」



 母は封印師で、父も妖怪退治を生業とする呪術師。現役で働いている二人を凌ぐ魔法使いでは、藤花も勝てる気がしない。



「……い、いざとなったら、雪姫、助けてね……?」


「さぁて、どうしようかね? 封印師の一族が全滅して、私は晴れて自由の身、というのも悪くない」


「……本気で言ってる?」


「……ふん。さてね。とにかく、さっさと助けに行くがいい」


「うん……」



 一年と九ヶ月、藤花は雪姫と共に過ごした。


 実際に触れ合った経験からすると、雪姫にはもう、邪悪な心など残っていない。


 たまに悪ぶって見せることはあっても、本当に人間に害をなそうとはしていない。


 それが藤花の勘違いなのか、そうでないのかは、まだ、わからない。



「……お母さん、皆、無事でいて」



 藤花は母屋の方へと急いだ。

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