第67話 学び学ばせ(勇)
ドワーフ鍛冶が鎚を振るう鍛冶場は熱気に包まれている。
炎が燃えさかる炉の中から、真っ赤に赤熱した金属塊が取り出される。それが金床の上に置かれるや鎚が振るわれ、炸裂するような音と共に火花が飛び散った。
火花は金属から弾き出された不純物であり、間近で浴びれば火傷をする。
しかしドワーフたちは少しの怯みもみせず連携をとりながら次々と大鎚を振り下ろしていく。その音はトンテンカンと、どこまでも小気味よい。
叩いた金属を再び形を整え、また炉に入れ加熱する。
ドワーフ鍛冶の名工ノブサフは鋭い目線で弟子たちを睨む。
「よし、交替! 次はミターダ入れ!」
「はい!」
勢いよく返事をしたのはミターダだ。
ドワーフたちの間にまじって少しも気後れした様子もなく鎚を手に進み出る。
炉から金属が引き出され、ガツンと金床に置かれた。
横に座ったノブサフが鎚を打ち、先にミターダが、次に同じ若手ドワーフが大鎚を振り下ろす。その音はトンチンカンと、どこかおかしい。
心の中で悔しがるミターダだが手は止められず、どれだけ疲れて息が切れようと、ノブサフが止めるまで大鎚を振るい続けねばならない。
叩いた金属を再び形を整え、また炉に入れ加熱する。
「交替! ミターダ出ろ、モリーエ入れ」
「……はい」
汗だくのミターダは返事をするのも苦労しながら答え、肩を落としながら済みに歩いて行く。弟子仲間のドワーフが励ますため叩いてくれる。だが、ごつく頑丈な手で叩いてくるので結構に痛かった。
「上手くいかん」
「そう簡単に上手くいかれては困りますよ」
休憩所で愚痴ったミターダに応えたのは、同じ人間のモリーエだ。
ミターダが入門する少し前に弟子入りをした先輩だ。歳も近く同じ人間という事でお互い気軽に付き合っているが、少し遠慮を感じてしまうのは、モリーエが女性だからだった。
もちろん男だ女だと差別や区別はしないが、やはりミターダが若い男でモリーエが若い女であると、少しばかり意識して遠慮してしまう。
「まあ強いて言うなら力みすぎですね。もっと息を吐くつもりで鎚を振るった方が良いと思いますね」
「なるほど、次はそうしてみる」
「でもミターダは筋が良いと思うよ」
「そうか?」
「ええ、私なんて最初はまともに鎚も振るえなかったから。もちろん力の問題ではなくって」
えいっとモリーエは言いながら傍らにあった金床を片手で持ち上げてみせた。
それはミターダでは到底一人で持ち上げられない重さで、ドワーフでも両手で持ち上げるのがやっとだ。
モリーエは細身な見た目に反して凄い力持ちだ。
人間の両親から生まれたが、どうやら先祖に鬼がいたらしい。頬を手にあて憂う姿はたおやかながら、先祖返りの怪力で、ミターダが来てからだけでも三本も鎚をダメにしていた。
「それに今だって、力加減が難しいから」
「人それぞれ悩みがあるってわけか」
呟いてから、ミターダは視線を壁に向ける。
このモリーエはどうにも人懐こく距離感も近く、今もじっと顔を見つめてくる。どうにも照れくさかった。
「でもどうして親方は剣の作り方を教えてくれないのだろう」
ミターダの実家は剣鍛冶だったが、弟子には丁寧に教えていた。マニュアルをつくって配布し、効率的に一人前の鍛冶を次々と育てあげて大繁盛していた。
しかし親方のノブサフのやり方は全く違う。
今日のように、親方が淡々と剣をつくっていく流れの中に、いきなり呼びつけ作業を手伝わせる。失敗しても叱らないが、しかし何が悪かったのかも教えてくれない。
それが酷くもどかしい。
分からない事が分からないままで苛つき不安になるばかり。
ドワーフの弟子でも何人かが見切りをつけてノブサフの元を去り、別鍛冶の元で修行をやり直している。
「俺に才能がないから教えてくれないのかな」
「うーん、違うと思うよ。でも、それは私が言う事じゃないよね」
「どうしてだ?」
「私が言っては中身が軽くなるもの」
優しく微笑むモリーエの顔にドキッとする。
「ただ言えるのは、悩むなら一度本気向き合った方がいいって事かな。たとえば親方と直接話すとかね」
今の時間なら親方は一人で鍛冶場にいるらしい。
そう教えてくれたモリーエは笑ってミターダの額を軽く突いた。もちろん先祖返りの怪力で、ミターダはひっくり返ってしまう。
親方のノブサフは鍛冶場に一人座り込んでいた。
鍛冶場の中は階級制があり、弟子の中でも序列があって、身分しきたりには煩い。そのため下っ端のミターダが親方に話しかける事もはばかられる。
しかし今は幸いにも、他の弟子もいない。
だから思い切って近づく。
「親方、何をされているのです?」
「ん? お前か……ああ、少しばかりな。こいつの手入れを頼まれてな」
手にしているのは小さな金属の品だ。
それを丁寧に拭い、慈しむように磨いているらしい。
「これは、ドアベルさ」
ノブサフは品を持ち上げ軽く揺すってみせる。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
聞き覚えのある音だ。
「それは、勇者用品店のドアベル?」
「知っていたか。ああ、お前はイスルギの奴からの紹介だったな」
ノブサフは呟いて笑った。
「これは儂が鍛えたものだ」
「へ? 剣鍛冶の親方がドアベルを!?」
「忌々しいことに、儂の最高傑作になっちまったがな」
もう一度鳴らされた音色は、何処にでもありそうでしかし特別な響き。心地よさを宿し心へと染みわたり、清涼感と落ち着きを与えてくれる。
改めてこうして効くと分かるが、魔法の力はなくとも魔法以上の効果がある。
まさしく最高傑作だろう。
そして、確かに剣鍛冶としては悔しいかろうとも思う。自分の最高傑作が剣ではなくドアベルなのだから。
「他の奴には言うなよ。言ったら、その頭をかち割ってくれるぞ」
物騒な事を口にしているが、苦笑気味に笑っているので冗談のようだ、多分。
音色の効果もあって、ミターダの口から自分の思いがするりと出てくる。
「どうして親方は、俺に剣の作り方を教えてくれないのですか。それは俺に才能がないからでしょうか」
「ふむ?」
ドワーフらしい厳つく鋭い眼差しを向けられるが、ミターダは真正面から受け止めてみせた。
「ふむ、まあいいだろう」
しばしの時があって、ノブサフは語り出した。
「才能は関係ない。儂はあえて教えておらんのだよ。何故だか分かるか?」
「いえ……」
「何も考えず言われたままやる者は、教える者を越えることはできやせん。そもそも教える者は、頭の中身を全て言葉には出来ん。言い忘れる事だってある。それであれば、教わる者は教える者より必ず劣化していく」
効率などと言って丁寧に教えれば、教わる者は教わる事に慣れ、自分で学びとろうとする意欲と力を失ってしまう。結果、伝えられるのは言葉に出来る程度の上っ面だけ。本当に伝えねばならぬ事は伝えられず、その本質は歪められ別のものになってしまう。
「儂は剣をつくりたいが、同時に儂の技術を伝え残していかねばならん。それがさらに発展し高まっていくようにな」
鎚を打つ位置ごとの力加減や腕の振り方、それどころか握る指の位置や込める強さまで工夫はある。材料を見定める目や火加減の感じ方、鍛えた剣の微細な歪みを感じ取る感覚。
その全ては言葉で言って伝わるものではない。
しかし言葉では伝えきれないそれら残さねばならないのだ。
「……それは大変ですよね」
「当たり前だ」
ノブサフは素っ気なく言った。
「一つ儂の知っている古い言葉を教えよう、どう受け取るかはお前次第だが」
「頂けますか」
「ああ、心して聞け――努力しても成功するとは限らない。しかし、努力なしに成功する事はない。何も見えぬ中で努力を続けることこそが才能だ」
その言葉は妙にミターダの心の中に入り込んだ。
同時に思う。我武者羅に進んでいる時は、失敗だ成功だという気持ちはないのだろう。止めず続けていく限り、失敗や成功すら超越した境地に到達できるのかもしれない。
「儂は常に手本となるようにやっている。それを見ろ、見て感じて考えて学び取れ。儂を踏み越え、さらに素晴らしいものをつくりだしてくれ」
「…………」
とんでもない重責を背負わされた気分だ。
だが、またドアベルを鳴らされる。その音色はミターダの心へと深く静かに染み渡って清涼感を与えてくれた。
剣鍛冶の中興祖と言われるミターダ。彼の打つ剣は斬れ味に優れるだけでなく、美しさと華やかさを兼ね備えたものだ。数々の勇者たちに愛用されたそれは、武器としてだけでなく美術品としても称賛された。
また彼の一族は以降も次々と名工を輩出し長きに渡り栄えた。なお、その子孫の中には極稀に鬼の如き怪力を持つ者が誕生したという。
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