第66話 惚れ込む(魔)
従前より述べているように、ダンジョンは知恵を持つ生物であり、内部に招き入れた他生物より魔力を吸収し生命活動を続けている。
されど驚くことに、この方法が非効率的などと反論する者がいるのだ。
このような意見を持つ者は、内部の生物を死に至らしめ全ての魔力を得る事こそが効率的などと述べるのである。我が同輩のゲヌーク如きも同様の事を述べており、とても賢者の端くれとは思えぬ。
実に浅薄なる意見と言えよう。
ダンジョンは、そのような愚かさは持たない。継続的に魔力を摂取できる方策をとり、宝物を与える事で再度の訪問を促し、同類を招き寄せるのだ。
さらには内部で生物が死亡する事を嫌い――ただし激怒時は、この例に該当しないため注意すべし――危険になった場合は外部へと排出しさえする。
目先の効率にとらわれず、長い目で物事を考え、継続的に魔力の供給が得られるようにと考えており、まさしくダンジョンは叡智を宿す存在なのだ。
さらに一部のダンジョンにおいて驚くべき行動をとっていると思われる事象が確認されている。
それが訪れた者を育成し鍛えるといったものだ。
ダンジョンを訪れた勇者百人に対し、この私が直々に聞き取りを行ったところ、百人の内で二十四人の勇者が実感した、三十六人がやや実感したと回答している。
何故ダンジョンがこのような行動をとっているかは慎重に確認していく必要があり、今後の研究が待たれ――【諸国ダンジョン記 著:サネモ・ハタケ】より抜粋。
誰にも見えぬ空間。
今日も今日とて、ダンジョンたちが意識を飛ばして集まり会話をしていた。概ね近況報告や訪れた勇者の情報交換や雑談が行われている。
ただ少し、いつもと違っていた。
『あの方は私の危機に駆け付けて下さって、そしてその素晴らしい魔力でもって敵と戦って下すったのだよ』
語っているのはゴブクレン。
自分から滅多に喋らない者が熱く語るため、他の者は不思議そうな様子だ。
『ねえ、ゴブクレンはどうしたの? なんかいつもと違うね』
カノリーヌのぽややんとした感じと対照的に、クウチャニアスは身を乗り出し気味ですらあった。
『あれは恋よ、恋!』
『恋ってなーに? ねえ、恋ってなんなの?』
『カノリーヌには呆れてしまうわ。恋というのは……恋というのは……』
『というのは?』
『ああいう感じの事なの!』
『おおーっ、なるほどー』
感心するカノリーヌにクウチャニアスが威張り気味だ。周りのダンジョンたちも、なるほどと肯き感心している。ただし、誰もあまり理解はしていない。
ウルルヤップはウットリと――もしくはネットリと――している。
『こ、恋。素敵、私も恋してる? 私の初めてを踏みにじって一番奥まで来た、あの方に恋? これが恋? うふっ、うふふふっ』
そんな中でゴブクレンは我に返って、恥ずかしげに咳払いをした。
『コホンッ。とにかく、私はこれからも私の元を訪れる者たちを導いていくつもりだよ。攻略される事が私たちの本懐であれば、その為の努力は惜しまないでいかねばならない』
取って付けたように言って、そそくさとゴブクレンが姿を消す。それが合図となって、今回の集まりも解散となった。
思いのほか近くに鳥の声がした。
イスルギは歩きを止めないまま、顔をあげた。もちろん単なる小鳥で警戒すべきものでない事は分かっている。本当に何気なくであった。
しかし横に並ぶクシナは、その反応を訝しく思ったらしい。
「ん、捕まえる?」
「いや別にその気はない。それに、これからダンジョンだからな」
「うん」
ダンジョンを目指しているが、今回はアイテム回収が目的ではない。
少し前にダンジョンイーターに襲われていたダンジョンを救助したのだが、その後の経過を見に行くつもりだ。
やはり助けた以上は、どうなったか気になってしまう。
心地よい丘陵を貫く道を通り抜けた先の、少しばかり木々が立ち並んだ辺りだ。
爽やかな木漏れ日の間を進んでいく。
前方に人の姿を見つけるが、ダンジョン帰りの勇者たちであった。
いずれも戦闘後と分かる汚れた風体に、疲れた顔と動きをしているのだが、しかし充実した様相の顔をしている。
イスルギは少し道の端に寄り、マナーとして道を譲った。
「あんたら、今から行くのかい?」
髭面の勇者が足を止め笑顔で声をかけてきた。
「ああ、少し様子を見ておきたくて」
「そりゃ良い。やっぱり、ここのダンジョンはお勧めだからな」
「お勧めなのか?」
「なんだ知らないのかい」
その言葉に髭面勇者は目を丸くした。
「ここのダンジョンは本当にお勧めだよ。しかも最近、さらに良くなった」
「ほう?」
「以前は少し元気がないと言うか、内部が薄汚れて劣化してな。さらに一時は閉鎖されて入れなかったんだ。突然リニュアールされたので、その前兆だったのだろう」
「中が綺麗になったか」
「そうだ。トラップの質もモンスターも手応えがある。ここで学んで頑張っていけば、あんたもきっと一流になれるってもんだ」
勇者たちは楽しげに笑った。
少しだけクシナがムムッとするが、そんな様子には誰も気付かなかった。
「ただ人気なんでね、入場制限と言うかな。一定数が入るとダンジョンが入り口を閉めるからな。気長に待つといい」
髭面勇者に礼を言い、イスルギとクシナはダンジョンへと向かう。そして少し離れ周りに誰も居ないと確認すると、ダンジョン内部へと転移したのだった。
ゴブクレンは、その魔力の質を覚えていた。
窮地から救ってくれただけでなく、その魔力を分け与えてくれた相手だ。心に刻まれ生涯忘れないに違いない。
その方の魔力を感じ心が高鳴る。
来てくれて嬉しい。ダンジョンイーターに蝕まれていた見窄らしく荒れ果てた内部ではなく、この美しく整えた内部を見て貰えた事が喜ばしい。
最高の気分だった。
『私のありったけを貴方に』
取り揃えたトラップを発動させる。
炎を纏った槍を投げかけ、壁が動き押し潰し、大岩を転がし、天井を落とす。合間にゴーレムを出動させ攻撃をしかける。
他の訪れる生物たちであれば相手に合わせ手加減して、それを乗り越えられるヒントや隙を用意している。そして攻略して貰う事こそがゴブクレンの喜びであった。
しかし、この方には全力を味わって貰いたい。
『私はここまで出来るようになりました』
言葉と共にゴブクレンは次々とトラップを発動させていった。
もちろん愛しの方は、その全てを軽々と退け無効化して進んでくる。
やはり他の存在とは格が違う。どこまでも力強く威厳のある魔力を感じるが、その中に慈しみと優しさが存在している事が分かる。
どこまでも素敵だ。
宝箱の中には用意したアイテムも、他の生物たちには敢闘賞のようなものだが、この方に相応しい品を用意してある。
それを受け取って貰えるだろうか。
ゴブクレンは心からドキドキしていた。
「なんとなくだが……」
イスルギは辺りを見回しながら呟いた。
「ダンジョンからの攻撃が激しいような気がする」
「んー? ちょっと違う」
「そうなのか。どういった感じなのか」
「歓迎してる?」
語尾が疑問系でクシナは言った。
その肩では小妖精も頷いているので、どうもそうらしい。
だがしかし――本当にそうなのだろうか、とイスルギは思いつつ転がってきた鉄の大玉を拳で破壊した。間髪入れず飛んできた魔法の光を手で受け止め無効化、さらに頭上から落ちてきた金属板を受け止め消滅させる。
どうにも苛烈なトラップの連続だ。
もしこれが、クシナの言う通りに歓迎だとしたら……ダンジョンの思考というものは、かなり掛け離れたものに違いない。
次の間にはいると宝箱があった。
立派な宝箱であり、装飾からして特別という事が分かる。
もちろん仕掛けられていたトラップも特別。噴きだしたのは石化ガスで、イスルギは魔王の力で無効化しつつクシナと小妖精を背後に庇った。
「中身はマントか」
表が漆黒、裏が白銀。
サイズはイスルギにぴったりのマントだ。
「それ、イスルギの」
「そうなのか?」
「ん、多分そうって言ってる」
言っているのは小妖精らしく、クシナの肩で深々何度も頷いていた。
「なるほど。では、頂くとしようか」
そしてマントを身に着けると最下層に趣き、ダンジョンコアのある部屋へと侵入した。一度入った場所と位置は変わっていない。
コアは以前見た時よりも艶がよく光沢があった。
「元気になったようだな」
イスルギの言葉に反応するようにコアが明滅した。
「このマントは贈り物か? だとしたら感謝して使わせて貰おう。だが、少しトラップを発動しすぎだろう。困ったやつだ、歓迎してくれたのか?」
苦笑するように笑って、魔王の力を解き放つ。もちろんクシナもアークデーモンとしての力を解放し、いつものように小妖精もちょっぴり協力している。
「では帰るとするが、健やかにな」
イスルギは魔法を発動し、クシナたちを伴い転移した。
ダンジョン奥深くのコアは強く静かに光を明滅させているが、それはまるで恋をしているような煌めきであった。
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