第65話 惚れ込む(勇)

「うーん……」

 ミターダは唸るような声をあげると、そのまま黙り込んでしまった。

 大テーブルに顔をのせんばかりに近づけて、目をぎょろっと見開き食い入るようにして見つめているのは一振りの剣だった。

 とても美しい剣だ。

 鍛えあげられた金属は表面に粉雪のように細かな模様が散っている。その奥には細波のような模様が淡く現れて奥深さが感じられる。

 しかも刃が鋭い。

 普通はこうした長い剣の場合は耐久性を考え、刃はそこまで鋭くしないものだ。

 つまり、この剣は刃を鋭くしても欠けない自信があるという事だろう。

 良い品があるというので、わくわくしてやって来たが、こんな剣に出会うとは思ってもいなかった。こんな剣を鍛えられる職人がいるのだろうか。

 これがダンジョン産でないのは間違いない。

 ダンジョン産の武器は魔力で生成された金属特有の癖があるものだ。しかし、これは間違いなく誰か人の手によって鍛えあげられた剣だ。

 剣鍛冶の息子として生まれたミターダは、剣の鍛え方はよく知っている。

 だから、この剣の作り方も想像はつく。

 金属塊を熱して棒状に叩いて打ち伸ばし、ハンマーで叩いて形を整えた後に、もう一度熱して水に浸けて冷やせば良いのである。ただそれだけのことだ。

 だと言うのに、それをやっても同じものは出来る気がしない。

「気に入らないかな?」

 店主イスルギの言葉に無言のまま首を横に振り、さらに剣を見つめる。

 使っている素材が違うわけではない。これは鋼の剣とイスルギも言っていたが、実際にミターダの目から見ても鋼だと判別出来る。

 これまで見てきた中でも極上の鋼だ。

 鉄を生成するときからして方法が違うのではないかと、ミターダは想像した。しかし表面に現れる、細波のような模様がどうして出来るのかは分からない。

 しかも、これは単なる模様ではない。

 生成する時か何かの処理をした結果で生まれたもので、間違いなく何か意味があっての模様だ。もちろん粉雪のような模様も同じだろう。


 勇者用品店は、あまり客がいない。

 ミターダが唸って剣に見惚れている間にも、常連らしい客が思い出したように来る程度だった。

 無愛想気味だが店主に一生懸命話しかける少女や、兄に率いられた弟妹といった三人組、錬金術師らしい少女が来ては用事を済ませ帰ってもミターダは剣を見ている。

 従業員の女の子が不思議そうにしてもミターダは剣を見ている。

「うーん……ああ、これは本当に凄い。凄いなぁ」

 ついに店に差し込む日射しが蔭って、ようやくミターダは我に返って剣から視線をあげた。流石に目がしばしばして、目頭を揉みながら店内に視線を向けた。

 いろいろな商品が並ぶなか、戦槌も両手持ち片手持ち、ヘッドも各種金属から木製まで幅広くあり、もちろん大工道具から鍛冶道具の槌まで揃っている。

 あちこちの武器屋は回ったが、ここまで槌系が揃っている店も珍しい。

「随分とその剣に見入っていたようだな」

「ああ、すみません。あんまりにも良い剣だったので思わず見入ってしまいました。迷惑かけて邪魔してしまって、ごめんなさい」

「いや迷惑ではないな」

 イスルギは苦笑気味に笑った。

「俺の選んだ剣を、そこまで見てくれるのであれば嬉しい」

 どうやら本気で言ってくれているらしい。

 目の前に湯気立つカップが置かれた。持って来てくれたのは白い髪をした綺麗な女性で、優しげな笑顔を見せてくれている。そしてカップの湯気も優しい香りだ。

 少し甘さを含んだ香りを感じると、ようやくミターダは喉の渇きに気づく。

 口にした飲み物は香りの通り、いや少し甘さが強い蜂蜜茶であった。じんわりと身体に染みるような味わいで、ひと息がつけた気分だ。


 カップを置いて向かいに座る店主を見やる。

「この剣は、イスルギさんが選んだという話ですよね。それでは、これを鍛えた剣鍛冶の方を知っておられますか?」

「知ってはいる。だが逆に尋ねるが、それを聞いてどうする気かな? 自分好みの剣でも打って貰いたいのであれば取り次いではやるが」

「そうではありません。この剣の作り方を尋ねて……うーん」

 ミターダは言いかけて、また唸った。

 会って剣の鍛え方を尋ねてみたい気持ちもあるのだが、ではどうして自分がそれを尋ねたいのかが分からないのだ。

「……そうですね、僕は尋ねてどうするのでしょうね」

「何やら事情がありそうだな」

「事情という程でもないのですけど、そうですね。僕の家は代々剣鍛冶をやっているのですけど、その跡を継ぐのが嫌で飛びだして勇者になったのです」

 だから剣の鍛え方を尋ねたとしても、今の生活には何の意味もない。方法を聞いたとしても、とてもではないが家族の元に顔を出せたものでもない。

 それなのに、何故か知りたい。

 とつとつ語って、ミターダは天井を見上げた。

「なんなのでしょうね、本当」

「剣を鍛えたいのではないのかな」

「それが嫌で家を飛び出したのですけど……」

「その剣を見ていた時の様子、今の話しぶりからするとどうかな。もう一度よく考えて見たらどうだ。その剣を預ける、それを持って帰って一晩考えてみるといい」

「え!?」

 予想外の言葉だった。

 確かにそうさせて貰えると非常に嬉しいが、しかし初めて来た客に商品を、それもこんなに素晴らしい剣を預けるなど信じがたい。

 しかしイスルギの眼差しは真摯なもので、疑いなど微塵もない。

 ミターダは胸の辺りが温かくなる。誰かからの信頼というものは、とても幸せな気分になるものだ。

「では、一晩お預かりさせて貰います」

 この信頼を裏切るつもりはない。ミターダは手に取った剣を横にして目の高さに掲げ、軽く一礼をしてみせた。


 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。


 定宿にしているギルド兼用の宿屋に戻ってからミターダは、宿の者に頼んで灯り用の油を多めに用意して貰う事だった。

 もちろん本当に、一晩剣を眺めて考えるつもりだからだ。

 部屋に引きこもってベッドに腰掛け、手には抜き身の剣を一振り。もし誰かに見られたら、少々どころでなく妖しいかもしれない。

 そんな考えに、くすっと笑って剣を眺める。

 宿屋の一階の食堂の喧噪も、両隣の部屋での物音や足音も、剣を眺めている内に全て気にならなくなる。ただ手にした剣へと意識を没頭させていく。

 美しい剣。

 粉雪のように細かな模様、奥深い細波のような模様、研ぎ澄まされた鋭い刃。単に美しいだけでなく、心に斬り込んでくるような迫力がある。

「…………」

 何故この剣の鍛え方を知りたいのか、ミターダは自分の心を見つめていく。そして気づいた。

「それほど、嫌じゃなかったな」

 剣鍛冶のそれ自体は嫌いではなかった。

 鉄を鍛え打つ音も、鞴の奏でるリズミカルな音も、剣を形作るときの甲高い槌音も嫌いではなかった。ただ単に親が剣鍛冶だから、子も剣鍛冶になるべきと決めつけられるのが嫌だっただけだ。

 そして、この剣を見て心動かされた。

「僕は剣鍛冶になりたい。こんな剣を鍛えてみたいんだ」

 それは最初に示された道と同じと思われるかもしれない。だが違う。自分は間違いなく、その道を自分の意志で選んで進もうと思っているのだ。

 だから剣の鍛え方を知りたい。

 そして自分もこんな剣を鍛えてみたい、鍛えられるようになりたい。今は心から、そう思えている。

「よし師匠を紹介して貰おう!」

 もう心の中で、この剣を鍛えた鍛冶は師匠となっている。弟子になりたいと頼みに行こうと心に決めた。

 そしてミターダは一晩中、その美しい剣を眺めて過ごした。

 翌日には朝早くから勇者用品店に向かい、開店と同時に訪ねてイスルギを苦笑させたのであった。

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