第64話 強き乙女(魔)

「で、何用だ? 俺は忙しいのだが」

 自分の城に戻ったイスルギは困ったような顔で言った。

 しかし、エルダーリッチの爺やの顔の方が数倍困ったような顔をしている。

 イスルギは玉座の間を堂々と歩き、どっかりと玉座に腰掛けた。相変わらず座り心地の悪い椅子で、クッションを敷きたいぐらいだが配下の猛反対を受けて実行できていない。

「何を言われますかイスルギ様、貴方は魔王でございましょうが」

「そうだったな。最近は勇者用品店の主の方が板に付いてしまってな」

「嘆かわしや……」

「で、それを言うために呼んだのか?」

 そんな言葉に、爺やは土気色した顔に皺を寄せた。

「違うに決まっておりましょうが! いいですか、隣の領から使者が参りました」

「隣? そうすると、決闘馬鹿のあいつか?」

「その様な事を言われますと、カロロス様に失礼ですぞ」

「誰もカロロスとは言ってないのだがな――」

 ちょいちょいとヤサカに合図され、イスルギは爺やのこめかみがひくつく様子に気づく。あまり怒らせると長い説教が待っているのだ。

「いや、すまんな。冗談だ。とりあえず話を聞こう」

「……まあ、よろしいでしょう。とにかくですな、使者が参ったのは別の場所。竜族領でございますぞ」

「聞きたくない」

「それも竜魔王直属のガライが参りましてな」

「俺は聞きたくないと言ったぞ」

 イスルギが渋い顔をするのも理由がある。

 竜族は力こそ全てで、気性が激しく好戦的。強き存在を見つければ、嬉々として襲い掛かってくる。一応は道理を重んじて筋を通そうとするが、しかし結局最後は戦闘になる種族だ。

「お聞き下され」

「あいつらの相手は面倒だ」

 イスルギと竜魔王ラダトムは、かつて激闘を繰り広げた。

 だが、ラダトムは何故か知らぬが戦いの中で勝手に友情を芽生えさせたのだ。あげくに、偶に楽しそうに遊び――ただし、それは戦い――に来ては帰っていくのだ。

 つまり敵であっても味方であっても、とにかく面倒なのだ。


「とにかく、竜魔王ラダトム様からの伝言なので聞いて頂かねば」

 筋を通すとか礼儀という面も煩い竜族なので、イスルギが無視したとなれば激怒して、それこそ一族郎党全員で突撃してくる危険すらある。

「……分かった、聞こう」

「どうやら竜族の姫、リムドラ様をイスルギ様に嫁がせたいと」

 イスルギの座る玉座の端が欠けた。

 やったのは、傍に控えているヤサカだ。手を伸ばして掴んだ途端に玉座の一部が砕けたのである。

 もちろん魔王が座するに相応しい堅牢な魔鉄鋼で出来ているはずの玉座がだ。

 爺やは困惑している。

「どうされたのです、ヤサカ様?」

「いえ別に、この玉座も古くなって脆くなっていたかもしれませんね。あ、修理は爺や様がしてくださいね」

「何故に儂が!?」

「いいですよね」

「…………」

 その言葉に逆らえない何かを感じ、爺やは黙って頷いた。ヤサカの強さは魔王級に達しているが、それとは別種の恐怖を感じたのだ。

 だがイスルギは払うようにして手を振った。

「玉座の修理など、どうでもいい。それよりもだ、俺は竜魔王のリムドラと縁戚になる気はないぞ」

「ですよね、私も賛成です」

「だいたい婚姻だのなんだのは、面倒くさいからな」

 言い放たれた言葉でヤサカがムスッとしたが、立っている場所は玉座の横のためイスルギからは見えていない。

「そうなりますと、どのように断るおつもりですか。生半可な理由では戦いになりましょう。我が領が負けるとは思いませぬが、被害は大きいでしょうな」

 爺やの言葉にイスルギは指先で玉座をコツコツと叩き黙考する。

「俺に良い考えがある。既に婚約者がいることにすれば良かろう」

 そこにいた衛兵たちは震え上がった。

「はぁ? イスルギ様、何をおっしゃりますか」

「どこかから探してくればいいだろう。俺の婚約者のフリをしてくれる者を」

「おりましょうか?」

 そこにいた衛兵たちは何か言いたげな顔だ。

「しかたありませぬな。かくなる上は、我が一族の中ならボデコニアンを呼び寄せましょうか」

「あいつだと……」

「なんぞ不満が!?」

「服の趣味が悪すぎるし、喋りが煩いんだ」

「同感ですが、ここは贅沢を申しますな」

 そこにいた衛兵たちは一生懸命に目で合図を送っている。

「他に誰がおると申しましょうか」

「やります」

「は? ヤサカ様がですか? そのようなご無理をなさらずとも」

「や、り、ま、す」

 ゆっくりと言葉が紡がれる。

 ヤサカは魔王に匹敵するほどの実力を持っているが、この時間違いなくエルダーリッチの爺やを黙らせるほどの魔力を纏っていた。


 竜魔王との縁戚という脅威が去って数日後。

 そんなことも忘れ勇者用品店にいたイスルギは、魔王城からの急使によって呼び戻された。

「何事だ?」

 不機嫌に言ったイスルギであったが、玉座の間の様子に眉をしかめた。

 あちこちで石床が割れ石壁が崩れているだけでなく、焼け焦げた跡すらある。そして爺やや衛兵たちは壁際で倒れている。

 そして一番の異変は、玉座に見知らぬ少女が座っている事だった。

「何者だ?」

「私? 私は竜魔王の娘であるリムドラよ」

「……婚姻を断った件はラダトムも納得していたはずだが」

「ええ、そうね。でも私が納得していないの。あと、父上からの手紙」

 飛ばされた手紙を受け取り中をみると、ただ短く『すまん』とだけあった。しかも血文字であった。

「…………」

「こっちは婚約って話で納得してたのに、婚約者がいるからって引くわけにはいかないのよ。分かるかしら、女の意地ってものよ」

「そう言われてもな」

「魔王イスルギ、最強という名は承知なれど私と戦いなさい」

「この好戦的加減、これだから竜族ってのは」

「私が勝ったら婚姻して貰うわ。私が負けたら性奴隷にでもなんでもしなさい」

「なんのメリットもないぞ……」

 イスルギはぼやくが警戒は怠らない。

 目の前のリムドラからはかなりの力を感じ、それこそ魔王に匹敵するほどだ。衛兵だけでなく、爺やまで負けたのも当然だった。

「まさか臆したのかしら?」

「それこそまさかだ、面倒なだけだ」

「随分な余裕ね。だったら私は貴方を倒して、父上すら越えて見せましょう」

 立ちあがったリムドラから魔力が放出される。

 それを感じイスルギは面倒だと感じた。圧倒して勝つ事はできるが、それでは納得しないだろう。さりとて手加減しても、やはり納得しない。

 ――これだから竜族の相手は嫌なんだ。

 心の底からウンザリしてしまう。


「待って下さい、イスルギ様が戦うまでもありません」

 ヤサカが前に出た。

 勇者用品店から一緒に来ていたのだが、どうした事か魔力を滾らせ戦う気に充ち満ちている。

 リムドラが訝しげな顔をした。

「誰よ貴女は、邪魔しないでくれるかしら」

「私がイスルギ様の婚約者ヤサカです。どうです、戦う理由はあるでしょう?」

「なるほど、確かにそうね」

「では、よろしくお願い致します」

 少女の姿をした竜と真祖が睨み合う。

 どちらも魔王に匹敵する力を秘めており、激しい戦いは避けられないが、辛うじてイスルギの言葉が間に合った。

 二人は屋外へと移動し戦いを開始した。

「イスルギ様、面目ございません」

「爺やか大丈夫なのか?」

「ええ、まあ……」

 言いながら爺やは空を見上げた。

 空中でヤサカとリムドラが激突して拳を交わし、距離をとっては魔法を打ち合う。見たところ両者の実力は伯仲しており、素早さではヤサカ、力ではリムドラが勝っている。

「どちらが勝つか賭けるか?」

「イスルギ様、それはどうかと思いますぞ」

「冗談だ。まあヤサカが勝つのは間違いないからな」

「そうでございますか?」

 爺やは驚きの声をあげたが、イスルギは黙って頷いた。そして、実際に戦いはそのようになっていく。

 素早いヤサカは軽々と攻撃を回避してみせ、一方で適確に己の攻撃を当てる。

 一方でリムドラはやっきになり、そうなればなるほど攻撃が大振りになって、ますます攻撃が当たらなくなる。

 戦闘経験の違いが如実に表れていた。


 満身創痍で魔力も尽きかけ肩で息をするリムドラは、まだ戦意は失っていない。

「なぜ、そこまで戦うのですか?」

 ヤサカは不思議そうに問うた。

「私は……見返して思い知らせてやりたいの。あのイスルギが拒否した女が、一体どれほどの女だったのかって」

「そう、ですか」

 ヤサカは困った顔になって息を吐き、そして構えを解いた。

「えっとですね。イスルギ様は拒否したわけではありませんよ」

「どういうこと!」

「貴女のこと、嫌いではありませんから教えてあげます。実はですね――」

 ヤサカは事情を話した。

 ただしその内容はある程度曲解させ、リムドラが納得するようオブラートに包んでの説明だ。即ち――イスルギが急な婚姻話に困り果て、ヤサカを婚約者として断ったというものである。

「……なにそれ」

「申し訳ありませんが。事前調整なく話をして来たラダトム様に問題があるかと」

「確かにそうね」

 リムドラは深々と頷いた。

 好戦的ではないが理が通じないわけではないのだ。

「分かったわ、今回はうちが悪かったわ。お詫びは父上の首でよろしいかしら」

「えーと……そうではなくて、良かったらお食事をしましょう」

「食事ぃ?」

「ええ、美味しいものを食べましょう」

 ヤサカの懸命な説得で竜魔王ラダトムの命が救われた事を知る者はいない。


 下で眺めていたイスルギと爺やは二人が仲良さげに降りてくる様子を目撃し、何が起きたのかさっぱり分からず顔を見合わせていた。

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