第61話 生きる道(勇)
「こんにちは、ディノ様」
少女レオナは令嬢然とした声と仕草だ。
勇者用品店イスルギの大テーブルを間に挟んで、ディノは自分が謀られた事を悟った。いつものように買い物に来たところ、レオナがやって来たのだ。
外に通じるドアの前には、相棒のホープと妹のマームが立ち塞がっている。そして何より――レオナの祖父であり、狂勇者と名高いグリンタフがいる。
「お爺様、この方がディノ様です」
「そうかそうか」
グリンタフは顎を擦り頷いた。
孫娘のレオナには好々爺の顔を見せていたが、ディノを見やる目付きは狂勇者という渾名に相応しい鋭さと迫力がある。
その目に射竦められディノは震え上がった。
「これが可愛い孫娘の相手か、なかなか良い面構えだのう。はっはっは、噂はかねがね聞いておるぞ」
「あのー、そのー。あははっ……」
「まあ過去のことはよかろう、若い男とはそういうものだからのう」
「あっ、そうですよね。そーですよね」
「儂は妻一筋だったがなぁ」
グリンタフは笑った。
獲物を前にした人喰鬼のような笑いに、ディノの顔は更に青ざめた。
「まあいい、可愛いレオナもいずれは嫁に行く。遅いか早いかだけの違いだけでしかない。レオナが選んだ男であれば間違いなかろうて」
「もうっ、お爺様ったら」
「後は我が家を盛り立て跡を継げるよう、きちんと教育をしてやらねばな、教育ってやつをな。どこまで耐えられるかは知らぬが」
「大丈夫です。ディノ様はとっても素晴らしい方ですもの」
「うむうむ、なかなか頑丈そうであるしな。多少激しくいたぶる……鍛えてやっても大丈夫そうだのう」
不穏な気配を漂わせるグリンタフにディノは後退る。
しかし勇者用品店イスルギの出入り口には、相変わらずホープとマームが立ちふさがっている。店のイスルギとヤサカも楽しそうに見物しているだけだ。
孤立無援で、どこにも助けがない。
ディノは精一杯の愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「あのー、爵位持ちの方でしたらそのーですね。戦いとかではなく政務とか、そーいった方向で鍛えるべきではないかと思うのですよ、はい」
「勿論そちらもやるぞ。現当主である儂の息子も、泣いたり笑ったり出来なくなるまで叩き込むと張り切っておる。だから儂は儂で憂さば……いや戦い方を教えてやるだけだ」
「いま憂さ晴らしって言った! 絶対そう言った」
「細かい事は気にすんな。ほれ行こうか、婿殿よぉ」
グリンタフがのしのし歩み寄ってくるがディノは少しも動けない。力強い手に肩を鷲掴みにされると、そのまま外へと引きずられていく。
「ホープ! ホープ! 我が相棒! 助けてくれ!」
「ディノ、人生諦めが大事だぞ」
「嫌だあああっ!!」
ディノは店の外へと連れ出され、マームは笑顔で手を振りホープは腹を抱えて笑っている。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
「では皆様、ごきげんよう」
レオナが優雅に会釈して勇者用品店から退出していくと、ホープは頭を掻いてイスルギに頭を下げた。
「いやぁ一件落着で依頼達成です。お騒がせしました」
実を言えばレオナから依頼を受けていたのだ、女癖の悪い勇者ディノの捕獲という依頼を。しかも勇者用品店に誘き寄せ逃げ道を塞いだ上で、グリンタフも連れてくる計画をしたのもレオナである。
げに恐ろしきは女性という事だろう。
「構わんさ」
「最近はいろいろレオナさんから逃げ回ってましたからね、あいつ……」
「往生際の悪い奴だな」
「本当ですよ。いろんな花を愛でたいとか言って、あのまま放っておけばいずれ誰かに刺されてたでしょうから。丁度良かったですよ」
女性扱いの慣れたディノは次々と付き合っては、次々と別れていた。概ね円満に別れていて、別れた後も時々会って一夜を過ごしていたような奴だ。
しかし『狂勇者』グリンタフが関係するとなれば、誰も近づきもしないだろう。
イスルギは軽く笑った。
「ディノの女癖の悪さは、いろいろ噂で聞く。だが、あいつは本当に大丈夫なのか? つまりこれで本当に真面目になれるのかという意味でだがな」
「ああ、あれでも根は真面目な奴ですから。大丈夫ですよ」
自制するタイミングが見つからなかっただけで、ディノの女癖も結婚して子供が出来れば収まるはずだとホープは見ていた。
そんなわけで、今回のレオナからの依頼は誰にとっても望ましいものであった。
肩の荷の下りた気分のホープは、勇者用品店の中を見回す。
いろいろな商品が並び、それらは主に戦いに関係する武器防具に道具などだ。しかし面白い事に、ペアリングやブーケや花束といった品まで揃っている。
ここに来れば必ず必要なものが必ず見つかると思える店だ。
「では、僕らもそろそろこれで」
「あ、ちょっと待ってねー。そろそろだから」
マームが楽しげに言って止めた。
訝しむホープであったが、その時に再びドアベルの音が鳴り響いた。入って来たのは少し年上の男女で、しかも見覚えのある相手だった。
そしてマームは笑顔で手を振った。
「お父さんお母さん。来てくれてありがとー」
眼光鋭く厳しい顔立ちの父パラン、優しく穏やかな母ソーラ。つまりディノとマームの両親である。
二人ともイスルギとは顔見知りらしく、親しげに挨拶を交わしていた。
その間に賢いホープは悟った。
「……まさか」
自分がディノを捕らえるため罠を張って勇者用品店に連れてきたが、しかし同時に自分もまた罠に嵌められていたのだ。
つまりマームが自分の両親を呼び寄せたのである、ホープに会わせるために。もちろん店主のイスルギにも話を通して計画していたのだろう。
「やあホープ君、お久しぶり」
パランが笑った。
いつもより迫力のある顔を見れば、自分の推測が正しいと分かる。間違いなくマームと付き合っている事も、どこまでの関係かも知っているに違いない。
「そこでディノの奴を見たが、母さんと一緒に笑ってしまったよ」
「本当にそうですよね、あの子の泣き顔は傑作でしたわ」
「男というものは、やったことの責任を取らねばならんからな――なあ、そう思うだろう? ホープ君」
パランも元は勇者として活躍した人で、その眼光は鋭い。
「あはははっ、そうですよね」
「うむ、ホープ君は素直で良い子だな。一桁年齢の娘と付き合いながら、きちんと責任をとるつもりでいる。一桁年齢と付き合いはしたが」
「……ええっと」
「別に気にする必要はないぞ、二人が付き合っている話は聞いていたのでな。一桁年齢からとは聞いてなかったが構わんさ。成人になったその日に君が手を出したと聞かされたが、気にもしてないぞ。気にするわけないだろ、はっはっは」
パランも普段は気の良いおじさんだが、今日はとっても迫力がある。
一方でソーラの方は呆れた顔をした。
「あら、貴方よりマシでしょ。貴方なんて私が成人する前から――」
パランは早口で遮った。
「昔の事はいいから、黙っていようね」
「あらそう? でもホープ君ならディノとは違うから良いでしょ」
「マームがディノのような奴に引っかからなかった事は喜ぶべきだがね、隠れてコソコソ付き合われてみろ。親としては思う所はあるではないか」
「あら、私は最初から全部聞いていたわよ」
「……それは良かった」
パランは軽く天井を見上げ、それから深々と息をついた。そこには悲哀成分多めな万感の思いが込められているようだ。
ホープはにやりと笑った。
「コミュニケーションって大事ですよね、義父上殿」
「言ってろ、お前もいずれ同じ目に遭うのさ。我が義息よ」
「仲良くやりますので安心を」
「そんな事は当たり前だ。いいか、ディノの奴はグリンタフ殿のところに出荷するんだ。代わりに我が家を任せるぞ」
パランに肩を叩かれ、その痛みに顔をしかめホープは頷いた。
少し前に、賢者のルシアン殿から王宮で働かないか誘われている。こうなれば、その話を改めて聞きに行くべきだろう。
もちろんこれからも勇者としての活動はするつもりでいる。
きっとディノも、外に出てモンスター相手に暴れたい日もあるだろうから。
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