第60話 側に居る(魔)

 天気をみて、クシナは軒下に吊していた笹露草と籠釣瓶蔦を取り込んだ。

 どちらも錬金に使う材料で、しっかり乾燥させる必要があった。

 故郷のデーモン領の屋敷であれば従者がやってくれた作業だが、ここでは自分でやらねばならない。

「面倒」

 呟きながら、しかしクシナはこの作業が嫌ではなかった。

 この人の国に開かれた勇者用品店で、イスルギやヤサカと暮らす生活の中の一つであれば、楽しみこそすれ嫌ではない。ただし文句は文句として出るだけで。

 肩に載った小妖精が飛び降りると、束から零れた笹露草を拾って来てくれた。

「んー、ありがと」

 クシナは礼をいいつつ勇者用品店に戻った。

 店の奥にあるクシナ専用の錬金工房へと、とことこ行く。あまり広さはない場所に棚を押し込み、種々様々な素材を置いてあるが雑多な感じはない。

 どれも綺麗に整っている。

 ただしそれはクシナがやった事だけではない。ヤサカに手伝って貰って、すっきりとまとまっているのだ。

「んー? どしよ」

 取り込んできた束をどこに置こうか少し迷い、どうせまた干すのだからと、とりあえずテーブルの上に置いた。乾いて脆くなった破片が少し散る。

 小妖精がまた肩から飛び降り破片を拾い集めている。結構きれい好きなのだ。

「ふむ?」

 クシナは頬に指をあて頭を傾げた。

 天気は悪くなりそうなので散歩に出かけたくない。錬金でいろいろ試す気分ではない。そしてイスルギは出かけている。何をしようか迷う。

「クシナ、ちょっと良いですか」

 お店にいるヤサカの声に返事をしつつ、少し警戒しておく。

 お遣いを頼まれたり、ちょっとした手伝いを命じられたりすると面倒だ。あと昨日落として壊れた花瓶が見つかったかもしれない。しかし花瓶は綺麗に片付け、証拠は隠滅した。問題ない。

 少しドキドキしながら気取られないよう、自然を装い顔を出す。

「呼んだ?」

「お客さんから回復薬を五本注文です。明日までに出来ますか?」

 今からの作業となると、かなり大変だ。

 出来なければ、どこか他で買ってくればいいのにと思う。

「えーっ、面倒い」

「そうですか。なぜか花瓶が一つ消えてますけど、どうしてでしょうね?」

「…………」

「回復薬、お願いできますよね」

「うい」

 クシナは背筋を伸ばし頷いた。


 錬金作業ができる場所は、店の奥の工房以外にもある。

 それは店の隅っこで、そこで簡単な錬金を行う事が多い。ヤサカによれば、そうやってお客の前で作業する事で信用が得られるのだそうだ。

 どうやら人間は、クシナの見た目で本当に錬金が出来るか不安を覚えるらしい。実際にクシナのつくった品を使っても、まだ信じられないという者もいるのだ。

 ――なんと愚かなのだろうか。

 人間はいつも見た目に惑わされ、見た目で相手を判断し本質を見誤る。

 考えながらクシナは回復薬の製作を続ける。

 こうした回復薬は手順さえ守れば、効果はある程度同じとなる。

 ただし作り手の技量の影響も大きく、正確な分量と精密な配合、適確な温度管理、適度なアレンジなど条件が組み合わさって品質が大きく変わる。

 クシナがつくる回復薬は他の倍以上の効果を持つ。

 ただし全て感覚でやっているので、真似しようと思っても真似できないのだが。

「お邪魔します」

 ドアベルの音は気にしていなかったが、聞き覚えのある声にクシナは反応して顔をあげた。やはり同じ錬金を嗜むジニーだった。

「あのっ、回復薬の買い取り。お願いします」

 顔を赤くしながら籠を差し出す様子を見ていると、ジニーもクシナに気がついた。ただし、お互い何も言わずに見つめ合う。

「査定しますから、少し時間がかかりますよ」

 ヤサカの言葉にジニーは驚きを見せつつ肯き、それでようやくクシナの元にやって来た。

 他人と話すのが苦手なジニーと、話す事が面倒なクシナ。

 そんな二人は友人、仲も良い。

「「…………」」

 お互い無言が苦痛でないため余計な会話をしないので気が楽で、何より同じ錬金仲間だ。小妖精もジニーとは顔見知りなので、テーブルの上に姿を現し挨拶らしい甲高い鳴き声をあげている。

「それは回復薬をつくってるのよね?」

「そっ、依頼」

「うーん出来がいいね」

「やる?」

「うん、是非手伝わせて下さい」

 言葉少なに会話していると、ジニーは近くから椅子を持ってくる。クシナも狭いテーブルの上で手伝って貰う部分を選り分ける。小妖精はちょこまか動いて、ちょっと邪魔。

 その様子に微笑んだヤサカは、飲み物とお菓子の用意をする事にした。


 クシナは混ぜた合わせた液体を右に三回左に二回混ぜ、丁寧な手つき濾過。さらに幾つかの工程を経て、青く澄んだ綺麗な回復薬が出来上がる。小妖精が拍手する。

 ジニーの手伝いもあって、思ったよりも早く回復薬を揃った。

 だが、クシナの手はそこで止まらない。

「ここで、これを入れる」

 シンシャ石を砕いた粉末を入れ、左に三回右に二回混ぜ、素早く濾過。さらに幾つかの工程を経て、青い液体は赤く澄んだ液体へと変化した。小妖精が拍手する。

「わぁ、綺麗! これは?」

「攻撃用回復薬」

「……え?」

 飲んだり浴びたりするとダメージを受ける優れもの。つまりは毒薬であるが、これは回復薬からつくれてしまう点が凄いのである。

 まだ誰も知らない、クシナにとっては自慢の品だ。

「やる?」

「じゃあ、ちょっと試してみようかな」

「うい」

 得意になったクシナはジニーと一緒に、先程まで製作していた回復薬を使い、攻撃用回復薬の製作に取りかかる。青い液体は、全部赤い液体に変わった。

 お客を外まで見送ってきたヤサカが戻って来た。

「……クシナ、回復薬はどうなったのです?」

「うい?」

「明日までの五本ですけど。それは確か攻撃用でしたよね、どうしてそれを作成しているのです?」

「…………」

 ヤサカに見つめられ、クシナは首を竦めた。小妖精もジニーも揃って同じような仕草をしている。

「えっと、気付いてなかったわけじゃないですけど。その、ちょうど勉強になるなって思いまして。ごめんなさい」

 申し訳なさそうに頭を下げるジニーも結構悪いかもしれない。

 それからクシナとジニーは慌てて回復薬の製作にとりかかり、何とか閉店までに完成させた。


 帰るジニーを見送るため外に出ると、ぱらぱらと雨が降っていた。

 やはり笹露草と籠釣瓶蔦を取り込んでおいたのは正解だったというわけだ。軒下から空を見上げ、クシナは頷いた。

「それでは、またね。今日はありがとう」

 ジニーは行って、雨除けフードを目深にかぶった。

「ん、また」

「今日は大変だったけど、でも楽しかった」

「うん」

 それはクシナも同じだった。

 故郷のデーモン領で従者に傅かれていたときには到底感じられなかった楽しさだ。まさか自分に、こんな日が来ようとは少しも思わなかった。

 この街に魔王であるイスルギが居る気持ちも、少し分かる気がした。

 雨の中にジニーが飛びだし小走りで去って行く。

 軒先から軒先へと、ちょこまか移動しながら走っている。途中で振り向いて手を振ってくれたので、クシナも同じように手を振った。

 そうして遠ざかっていく友人の姿を見つめる。

「…………」

 ちょっと寂しい。きっと帰っていく者より見送る者の方がずっと寂しいに違いないと思えた。

 そんな事を感じる自分が、何だかとても不思議な感じがする。

 ぼんやりしながら見つめていると、少し先の角がパン屋の小路から姿を現した者がいた。フードをかぶって姿は分からないが、しかし雨も気にもせず堂々と歩いてくる姿には見覚えがある。

 クシナは寂しい気持ちを忘れ笑顔になった。

「どうしたクシナよ。こんな天気に、そんな場所に立っていて」

 やって来たのはイスルギで、フードを外すと不思議そうな顔をしている。

「んー、内緒」

「なるほど、それは大事だな。内緒というものは大事だ」

「うん」

 イスルギの荷物を受け取って、入り口ドアを開ける。ドアベルの音を聞きながら中へ戻る時、クシナの寂しさは胸の片隅に仕舞い込まれていた。

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