第59話 側に居る(勇)
大通りを歩いていたユミナは、嫌な予感を覚えて気を引き締めた。店の商品に気を取られた様子を装いながら周囲に目をやるが、特別に何かおかしな事はなかった。
しかし己の直感を信じて気を緩めない。
昨日までは雨で、雨こそ止んでいたが朝から曇り空が続いている。だが、雲の切れ目から日の光が差し込んでいる。もう少しすれば綺麗に晴れるのだろう。
ユミナは勇者となって日は浅い。
しかし幼い頃から剣の稽古は続けていたし、故郷では村を守る為に戦ってもいた。そういったわけで実戦経験は豊富だ。
小路地に入った。
まだ暗さが残る場所だが、ユミナはゆっくりとした足取りで壁沿いに進む。そして路地を抜けた瞬間に、いきなり斬り付けられた。
それは予想していた、後ろに跳んで回避する。
目の前に剣を持った相手が姿を現すが、しかし次の攻撃が背後から襲って来た。いつの間にか背後に迫られていたのだ。
けれどユミナは後からの攻撃をも回避する。殆ど這いつくばるまで身体を伏せて、そこから飛び上がるようにして剣を抜き、振り向きながら斬り付ける。
手応えがあり、声を抑えた悲鳴をきく。
しかし今度は最初の相手が一気に襲い掛かってきた。まるで蛇のような身のこなしで鋭い剣先を突き出して来るのだが、ユミナはそれに己の剣を叩き付け躱した。さらに蹴りつけて追いやった。
距離をとって、ようやく相手をじっくり見る余裕が出来る。
二人は顔を布で覆っている。単なる物盗り、もしくはユミナの身体狙いの不審者でない事は今の攻防で分かっている。
「貴方たち、アサシンですね。まだ、やりますか? やるのでしたら、私も本気でいきますよ」
ユミナが言うとアサシンたちは顔を見あわせ、傷ついた方に手を貸しながら小路の中を逃げて行き、大通りまでの途中にある更に小さな小道へと飛び込み姿を消した。
それでもユミナは警戒を解かない。
まだ周りに敵がいるかもしれず、油断したところを襲われる可能性もあるのだ。しばらく様子をみて安心と分かると――。
「ひーんっ、もうやだぁ……」
泣きそうな顔になった。
本気でいくと凄んでみせたが、実際にはもうギリギリだったのである。
辺りは明るくなって、射し込んだ日の光が用水路を流れる水を煌めかせている。しかしユミナの心は沈んでいる。
「はぁ、なんだか私の運勢下がり気味かも。せっかく王宮勤めになったのに、こういうトラブルばっかり多すぎ……」
少し前に王家の姫君に見いだされ、護衛で遊び相手で世話係という立場に抜擢された。姫は素直で良い子で、国王陛下をはじめ王族の方々も気安く良い人ばかり。
とても良い職場なのである。
ただ問題はアサシンに狙われるという問題があるぐらいで。
「ああ、ダメダメ。こんな考えダメだよ、私。もっと良い方向に考えなくては」
一生懸命前向きに考えていく。
剣の腕はあがった――だが、訓練はとても厳しい。
お給料がいっぱい貰える――だが、使う機会が殆んどない。
美味しいものが食べられる――だが、美味しいので食べ過ぎる。
「あははっ……はぁ」
あんまり良い方向に考えられず、ユミナ深々と息を吐いた。
「私ってば、そんなに大した立場でもないのに。どーして私を狙うの!?」
ユミナは軽く憤りながら愚痴って小さな水溜まりを跳び越えた。
水溜まりは昨日まで続いていた雨のものだ。空からの日射しが反射して輝いているが、同じような輝きは道の所々に残っている。
辺りは静かで、戦闘があったなどと誰も思っていないに違いない。
「はぁ」
またしても深々と息を吐くと――。
「どしたん? なんかあったか?」
「ええまあ、いろいろと……って、クーリン!?」
「なんだ気付いてなかったか。ダメだぞ、そういうのは」
そこに居たのはユミナが世話して遊び相手をして護衛すべき姫だった。
「ああぁっ、なんでここに!? いまさっきそこでアサシンに襲われたばかりなんですよ。危険が危ないのに!?」
「ユミナが撃退した後なら問題ないのでは?」
「そういう問題じゃありません」
「まあまあ、そう言うな。それに我とて考えて行動しておる」
「あ、凄く碌でもない予感がそこはかとなく」
とっても失礼な言葉だが、クーリンは気にした様子もない。両手を腰にやって胸を反らして小威張りしている。
「なぜならば一人では来ておらぬ。まったく問題ない」
クーリンの後ろに一番外を彷徨いてはダメな人の姿がある。
「いや、問題大ありですって」
言ってユミナは肩を落とした。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響いた。
ユミナがゆっくり買い物の出来る限られた店、それが勇者用品店だ。今日も店主イスルギが穏やかに出迎えてくれて、奥からはヤサカも手を振ってくれる。
「お邪魔します」
「よく来たな、今日は連れがいるようだな」
「ええ、まあ本当は一人で来るはずだったのですけどね。一人で来るはずだったのですけどね」
文句を言いながら後ろを振り向く。
そこには悪びれた顔すらないクーリンと、その父親であるハーニヤスがいた。この国の姫と王が揃っているのだ。
イスルギも二人のことを知っている。
だからユミナに対しむしろ同情するような顔をした。
「今日は休みだったのだろ。気の毒にな、休みの日までこいつらの世話をせねばならないとは」
「本当ですよ」
「この二人には遠慮せず強く言うように、それで丁度良いぐらいだ」
「なるほど確かに」
「あまり手を焼くようであれば、早めに王妃のカヤに相談しておくといい。この二人とも絶対に逆らえないからな」
「あ、戻ったら直ぐにそうします」
ユミナはしっかりと頷いた。
しかし後ろの二人は文句を言いたそうで、実際言っている。
「そういうのって酷いと思うぞ」
「まったくだ、偶の息抜きぐらい許されるべきだ」
「いや、父上はダメであろう。仕事が進まんって、文官がぼやいておった」
「そう言うクーリンも勉強が疎かだと指導官が言っておったなぁ」
親子で仲間割れしている。
何と言うか何と言うか、という状況にユミナは困ってしまった。だがしかし、イスルギの言葉を思い出す。
そういうわけで、ここは言いたい事を言う。
「勝手に出かけたのは同じですよね?」
クーリンは首を竦めた。
「あ、いや。そこは我が悪かったな。うむ、反省しよう」
「この前もそう言いましたよね。もう勝手な事はしないって言いましたよね」
「いやほら、ユミナが出かけて寂しいんで我も一緒に行こうって思って……」
「別の日に一緒に行くって約束してましたよ。護衛の関係もあるので、こういう勝手な事はダメです」
「すまぬ」
謝ったクーリンは首を竦め上目遣いで萎れている。
ハーニヤスは人の悪い顔で笑っていたが、それもユミナにジロリと睨まれるまでだった。こちらも慌てて首を竦める。ただし大柄なので上目遣いはできないが。
「そちらも同じです。騎士長が気を揉みすぎて胃が痛くなって、毎日回復魔法を受けてる常連さんなんですよ」
「これでも重責を預かる身で、偶には気張らしも……」
「偶にですか?」
「すまん」
おかげで迷惑な親子は大人しくなって、ようやくユミナはゆっくりと商品を眺める事が出来るようになった。
いろいろな品がある。防御力のありそうな服、防具にも使えそうな腕輪、色彩が綺麗な盾。どれもこれも実用性がありながら美しい。
「うーん、迷ってしまう。こんな時は、お店のお勧めで」
「食べ物屋ではないのだがな……これなどはどうだ。不意打ちを防ぐ首飾りだ」
「でもお高いんでしょう?」
「安心するといい、今ならもう一つ同じ効果の指輪もセットでつけて。これぐらいでどうだ?」
イスルギがサラサラと紙片に書いて見せた数字は、ユミナにとって高いが払えないほどではない。二つセットなら大変お得だが、まるで懐具合を見透かされているような値段だ。
「くっ……なんてこと……こんな額で提示するだなんて。もしかしなくても、私のお財布の中身を知ってますよね。あ、こんなに安くてお店の経営大丈夫です?」
「問題ない、他で儲けを取るからな」
このアイテムが二つもあれば、アサシンに狙われても安心である。
「えー、ユミナだけ狡いぞー。我も何か欲しいのだが」
「俺の方も出来れば、酒とか酒とか酒とか売って欲しいのだがな」
文句を言う二人をユミナは一睨みして大人しくさせ、ウキウキとして買い物を喜んでいる。
だが、ユミナは知らない。
こうして二人に物申せて、黙らせる事ができる存在という事で、王宮の皆々から頼られ忙しくなるという事を。さらには、それで敵対存在にも目を付けられてしまうという事を。
おかげで首飾りと指輪は、大いに役立った。
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