第57話 運命(勇)
剣に長けたディノ、魔法に長けたホープ。
二人がコンビを組んで数年、どんなピンチも乗り越えてきた。二人が力を合わせれば、乗り越えられないピンチなどない。
いつだって、そうして成功を収め今日までやって来たのだ。
その日、ディノは勇者用品店の大テーブルで剣を眺めていた。
「これ、よい剣だなぁ」
「ドワーフ鍛冶の名工作だからな。だが、お前に売った剣の方が良い出来だろう」
「そりゃもちろん! 良い品を紹介してもらってイスルギに感謝だ」
ディノは顔をあげて笑いつつ、そのまま隣に視線を向けた。
「あ、ヤサカさん。今日も美人ですね、良かったら俺とどこか遊びに行きません?」
「お断りします、興味のない方と出かける気はありませんので」
「ひゅー、厳しい。でもそういうところが、また素敵だわ」
「とりあえず、誰にでも声をかけるの止めたらどうです? 貴方の女性関係の噂、ここまで聞こえてますよ」
「はっはっは」
このディノの欠点は女好きなところだ。しょっちゅう付き合っては別れ、たまに刃傷沙汰などのトラブルを引き起こしている。女性勇者の間では要注意危険人物に認定されているぐらいだ。
そんな噂をヤサカも知っている。ただ、その噂を知らずともヤサカの心は微動だにしなかっただろうが。
ヤサカに相手にされず肩を竦めたディノはイスルギに頭を下げた。
「しっかし、お邪魔してすいませんね。ホープの奴が話があるって言って。何故か知らないけど、ここで打合せしたいって言うんで」
「気にする必要はない。その件についてはホープから頼まれている」
「そうなの!? あいつ何の話をするつもりなんだよ。イスルギは聞いてる?」
「聞いてはいるが、それは本人から聞くべきだな」
イスルギがドアの方に視線を向けると、まさにそのタイミングでドアベルの音が鳴り響き、ディノの相棒であり親友であり幼馴染みであるホープが姿を現した。
ホープは少し緊張した顔だ。
動きやすい法衣姿で、長い黒髪を背に流している姿はいつも通り。しかし優しそうな顔には少し強ばりがあり、賢さの宿る眼差しには緊張が見られた。
イスルギとヤサカは頷くと、邪魔にならぬ位置に引っ込む。
同じ大テーブルにホープがつくと、ディノは殊更気軽に笑った。
「どうした? こんな風に話をするとかさ」
「お前に相談……いや報告、まあ連絡とでも言うかだな。とにかく話がある」
「なんだ遠慮すんな、困ってんなら何でも言えよ。俺とお前の仲だろうが。どんな時だって二人でやってきただろ。お前の悩みは俺の悩みってもんだ」
言いながらディノは心密かに身構える。
最近は安易にコンビ解消やパーティ追放が流行っているので少し緊張した。
「ありがとな。でもまあ、困ってるというか報告みたいなもんだ」
「へぇ? なんだなんだ? そんな事か」
「そんな事って……いやまあ結婚前提で付き合ってる彼女がいるんだが」
「おい、本当か? いつの間になんだ! 水臭いぞ。いや、しかし堅物ホープについに彼女が出来たかぁー。よし、もし別れたいなら安心しろ。俺はそういうの慣れてるからな。上手くやるコツを教えてやるぜ。はっはっは」
どうやら、最悪の予想は外れたらしい。
「お前なぁ……そういうの、メルウさんに言うぞ」
「メルウとはもう別れたよ。いま付き合ってるのは――おっと、まだ内緒にしておこうか。ま、とにかくだ。お前は堅物だからな。いろんな人と付き合えって意味ってもんさ」
「お前、そのうち刺されるぞ物理的に。とにかく、彼女とは結構前から付き合ってる。別れるとかは一切考えてないからな」
ホープは断言した。少し憤っているぐらいの様子さえある。
「お前に紹介しておこうと思って、彼女をここに呼んだ」
「ここにか? まあいいけどな、俺がその彼女に手を出さないようにって事か?」
「いや手を出すことはないと思うぞ。絶対にな」
「ん?」
「とりあえず会ってくれ」
「おう、いいぞ。どんな相手だろうと祝福してやるさ、任せておけ」
歯切れの悪い言葉にディノは訝しみつつ、相棒であり親友であるホープの報告にうきうきしていた。もちろん冷やかすためではなく純粋に喜んでいる。
同時に、親友の彼女が親友に相応しい相手か見定めてやろうとも思っていた。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
どんな相手が来るかと思いきや、しかしどうやら人違いだったらしい。
「なんだマームか、何しに来た」
「お兄、そういう言葉は凄く失礼だって思うけど」
妹のマームは呆れ半分、不満半分で頬を膨らませている。
「当たり前だろが、今は特に大事な話をしてんだ」
この妹は可愛いのだが、いつも後をちょろちょろ追いかけてくるので世話の焼ける。どうやら今日も勇者用品店まで付いてきたようだ。
「しかし都合がいい、お前にも教えてやろう。聞いて喜べ、なんとホープの奴に彼女が出来たらしい」
「うん知ってるよ」
「はー? なんだよ、何で俺より先に知ってんだ」
「その理由は、私がその彼女だからかなー」
「…………」
凶暴なモンスターの群れに遭遇した時も、別れた彼女の凶刃に襲われた時も、凶悪なダンジョンでトラップに引っかかった時も 別れた彼女が魔法をぶちかまして来た時も。どんな時だろうと、ディノは即座に対応し生き延びてきた。
しかし今、ディノは硬直したままだ。
そしてマームはイスルギとヤサカに挨拶をしている。
「こんにちは、お兄が迷惑かけてます。主に女性関係で」
「気にする必要は無い。悪いのは奴であって君ではないのだから」
「いえ、家族のことですから謝罪は当然です」
「こんなだらしない男に、このような立派な妹がいるとは感心する」
イスルギにも散々に言われているし、ヤサカも深々と同意している。
我に返ったディノだが、そちらには近寄らずホープに詰め寄った。
「ちょっと待て、お前! なんで人の妹に何手を出してんだ、おい」
「自分は散々あちこち手を出して、何言ってんだ?」
「黙れ。俺とお前は同い年、そして俺とマームは十以上も歳が離れて……る……」
そしてディノは気づいてしまった、とても大事なことに。
「ちょっと待て。さっき結構前から付き合ってると言ったな。それは、いつからだ」
「……五年ほど前から」
「ふざけんな! その頃のマームは一桁年齢じゃねぇか!!」
「安心しろ。ちゃんとした清い付き合いだ。一緒にご飯食べたり散歩したりだ」
ヤサカに頭を撫でて貰っていたマームが振り向いた。
「でも、もう清くない付き合ですけどねー」
頬を押さえて恥じらう素振りをする妹の姿に、ディノは剣に手をかけさえした。顔がひくひくとして目付きも鋭い。
「貴様の首は柱に吊されるのがお似合いだ」
「おいおい」
ホープは苦笑い気味に笑って手を振るしかなかった。
マームは戻ってディノの顔を軽く見上げた。
「でもさー、お兄ってレオナさんに手を出してるよねー」
ディノは固まった。
まだ誰にも言っていない情報である。
「それは……妹よ、どこでそれを聞いた」
「さあ? どこでしょうか? そ、れ、で? レオナさんとはどうするつもり?」
「お互いを深く知り合った後は適度な関係性を維持しつつ、自然に任せながらお互い自由に臨機応変に距離感をもって付き合っていくべきと思っているが」
「うーん、お兄の屑っぷりは相変わらずねー」
「うるさい。俺は美女と自由を愛する男なんだよ」
しかし隣でホープは後退っている。
まるで恐ろしい事を聞いたといった様子だ。目を見開き、半開きをした口を戦慄かせ、さらに何度も首を横に振っている。
「お前っ! レオナさんって。まさか、あのレオナさんか!? お前はレオナさんに手を出したのか!」
ディノはにやりと笑った。
「もちろん、その通りだ。皆のあこがれの彼女だぜ。まったく、あんな美女に声かけないとはな。とんだ腰抜けばかりだぜ」
「バカだ、バカがいる」
「おいおいよせよ、嫉妬されても気分がいいだけだぜ」
「……知らないのか、お前は」
「何が?」
「レオナさんは、あのグリンタフさんの孫娘だぞ」
「は……!?」
ディノの顔色は青を通り越して白くなった。
先ほどホープとマームの関係を知った時よりも、遙かに衝撃を受けている。
ディノとホープも、以前に行われたグリンタフの決闘を見た。
決闘場に姿を現したグリンタフは殺気立っているわけでなかったが、しかし圧倒された。その存在感を前に身体が自然と萎縮し動けなくなったのだ。その後の戦いぶりときたら、今でもまざまざと思い浮かぶ程である。
家族の為に決闘し、年寄りと侮られた評判を覆し、圧勝によって狂勇者の名を再び轟かせたグリンタフ。
そんな男の孫娘に、ディノは手を出してしまったのである。
「親友よ、俺はどうすれば……」
「そこは誠実に対応して、きっちり責任をとればいいのでは?」
「馬鹿言うな。俺はまだ自由に生きたいんだ! 何か良い案を考えてくれ!」
「こいつ、貴様の首は柱に吊されるのがお似合いだとか言ってたくせに。と言うか、どう考えても無理だろ」
剣に長けたディノに魔法に長けたホープ。
この二人がコンビを組んで早数年、どんなピンチも乗り越えてきた。だがしかし、乗り越えられないピンチもあるのである。
しかし今回のこれは、ピンチと言うよりは自業自得なのであったが。
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