第56話 一つ思い(魔)

 モンスターを含めるあらゆる生物は自然の摂理として生きるため他者を補食し、または利用しているのは周知の事実である。

 それはダンジョンもまた同様。

 詳しくは筆者の他著書に記載してあるため割愛するが、ダンジョンは生成したアイテムにより他生物を誘引し、また内部に住まわせた他モンスターを利用し、そこから得られる魔力を吸収している。

 このようにダンジョンもまた自然の摂理の中にいるのである。

 つまり、そこから導き出される事は、ダンジョンもまた何者かに利用もしくは捕食されているという事だ。

 利用については我ら人が、そこからアイテムを得る行為が該当しよう。

 では捕食についてはどうだろうか。

 これについては過去からの文献にダンジョンが突如として消滅した記録が度々登場する点を鑑みれば、これこそがダンジョンが捕食されたという事象を意味しているのではないかと考えられる。

 では、どのような存在がダンジョンを捕食したのか。

 これについては全くの謎である。どのような姿をしており、どのように捕食したのか、捕食後はどこに行ったのか。全てが謎だ。

 しかしダンジョンを捕食する者は間違いなく存在している。

 私はこの存在をダンジョン殺しと名付け本格的に調査するよう提案をしているが、愚かなる賢者ゲヌーク如きは、まず名前という些末な点から文句を付けている。あまつさえ、その名がアルコール飲料のようだなどと下らぬ幼稚な文句を付けており――【ダンジョン秘伝抄 著:サネモ・ハタケ】より抜粋


 誰にも見えぬ空間。

 そこに意識だけを飛ばし、思い思いの姿をとって会話をしているのは、各所のダンジョンたちだ。

 ダンジョンであるため根を下ろした場所からは動く事が出来ない。

 だからこうして集まっては会話を楽しむのだ。

 それが何故出来るのか、その空間がなんであるのか、それはダンジョンたちにも分からない。生まれつき持っている能力であるため、誰も疑問にも思わず自然に行っていることなのだから。

『絶対に絶対に絶対に! あの侵入者たちを許さないわ。いいこと、皆も侵入者たちに備えてトラップを張り巡らしなさい。入って来た連中は全部倒して養分に変えてやるのよ! アイテムなんて渡す必要もないんだから! 分かったわね!』

 ミャンユイは激しく言い募る。

 少し前にやって来た侵入者にアイテムを奪われ、ダンジョンコアにまで迫られたことで、とても機嫌が悪い。

 最近はダンジョン内の難易度を最大限にまで高めて、入って来た生き物を苛めて憂さ晴らしをしている。

 そのせいで訪問者が減り続け、このままでは魔力枯渇による飢え死にが待っているのだが、怒り心頭状態のためその危機にまで頭が回っていないぐらいだ。

『それは、やってはいけない事だよ』

 ミャンユイが恐くて誰も何も言わないなか、声をあげたのはゴブクレンだ。

 この場に集うダンジョンたちの中では最年長で、普段は殆んど会話に参加せず黙って皆の様子を眺めている。

 口を出すのは話の流れが悪くなったり、場が大きく乱れそうになった時だった。

『かつて我らの先達が同じ事を行い、多くが飢餓に苦しんだという』

『でも、でもでも、でも!』

『ミャンユイ、君は良い子だ。相手を許してあげたらどうだろう。許す事は難しいけど、強くて立派な君ならできるのではないかな?』

『…………』

 ゴブクレンの優しく諭す言葉に、ミャンユイも落ち着きを取り戻していく。

『まあ、ゴブクレンが言うのも確かにそうよね。それに私は強いしー、立派だしー。当然ってものよね。仕方がないから、あの失礼な侵入者を許さなくもないわ』

『凄いなミャンユイは』

『当然なのよ!』

 周りのダンジョンたちが感心の声をあげる事もあってミャンユイは小威張りしつつ得意そうな顔だ。

『ねぇ、なんでミャンユイが威張ってるの? ゴブクレンが凄いなって皆は……』

『お黙んなさいよ、カノリーヌ』

『でもクウチャニアスだって、そう思うでしょ?』

『いいから黙りなさい』

 そんなやり取りにミャンユイは気付きもせず、口に手をあて笑いをあげている。

『適度に程よく他の生き物と手を取り合い、ダンジョン生活をやっていこう』

 ゴブクレンの言葉に、他のダンジョンも頷いた。

『さあ、今日はもうこれぐらいにしよう。また皆の珍しい話や、面白い話を聞けるといいのだが……それでは解散しよう』

 各ダンジョンが意識を戻し姿を消していき、取り残されそうになったミャンユイも直ぐに姿を消す。

 最後まで残っていたのはゴブクレンだった。

『ありがとう皆、そしてさようなら』

 全ての意識が切り離され、なにもない空間だけが残された。


 ゴブクレンのダンジョン内部は酷い有り様だった。

 壁や天井に至るまで粘菌のようなものが蔓延り、それは着実にダンジョンの奥へと侵攻しているのだ。

 この粘菌こそがダンジョンの天敵、ダンジョンイーターだった。

 侵食されると構造体を喰らわれながら魔力を吸い上げられ、最終的にはダンジョンコアも取り込まれ消滅へ至る。

 己の身を蝕まれる恐怖にゴブクレンは耐えていた。

 もちろん皆と集っていた時もだが、心配させまいと笑顔を見せていたのだ。

 全ては皆に心配させないがために。

『くっ……まだだ、まだ終わらない!』

 ここで少しでもダンジョンイーターに抗えば、次の活動までの時間を遅らせる事ができる。そうなれば他のダンジョンへの影響が少しでも減るかもしれない。

 その一心で、勝ち目の戦いに必死になっていた。

 使える手段は少ない。

 内部にいたモンスターたちを外に逃がそうとしたが、ゴブクレンの為にと制止も聞かず粘菌除去に挑んで次々と倒れ消化されていった。

 その得がたい時間のお陰で、粘菌に唯一抗せられる手段が炎だと判明していた。

 だからゴブクレンは持てる魔力の全てを費やし、ダンジョン内部に灼熱の炎を生み出し続け粘菌を焼いていた。

 じわじわと迫ってくる粘菌。

 みるみると減っていく魔力と、そして命。

『ああ、ああっ! 嫌だ、嫌だ……私はまだ……まだ……』

 ついに粘菌はダンジョンコアある階層に到達した。

 皆のためと言いながら、ゴブクレンは死にたくなかった。まだ見たいものもある、まだ皆と話したいこともある。まだ消えたくなかった、まだ生きていたかった。

『まだ死にたくない! 消えたくない! 誰か助けて!!』

 ゴブクレンは誰にも聞こえぬ悲痛な叫びを上げた。

 しかし、その時だった――新たに何かが内部に侵入してきたのは。


 イスルギはダンジョン内部の有り様に眉をしかめた。

 本来は石などで装飾される内部は、ごつごつした岩のようになり、しかも細かな黴のようなものに覆われ、ところどころ穴が空いている。あちこちに細長い棒状のものが生え、少し触れると胞子を撒き散らしていた。

「かなり侵食されているようだな」

 イスルギの言葉にクシナは小首を傾げた。

「んー? なに?」

「ダンジョンを破壊する存在だ。人間はダンジョン殺しと呼んでいるようだがな」

「ふーん?」

「ダンジョンが増えすぎては大変な事になってしまう。だから自然というものはよく出来ていて、ダンジョンが増えすぎないようにダンジョンを壊し自然に還す存在もいるのだ」

 魔王と勇者の関係も、それであればとイスルギは期待していた。それであれば、いつか必ず魔王を倒してくれるはずなのだから。

「だがしかし……」

 イスルギが一歩を踏み出すと、その足元から炎があがって周囲を焼いた。

「このダンジョンはまだ若い。いまここで終わる運命ではない」

「じゃあ?」

「ああ、焼き尽くしてしまう」

「ういっ」

 クシナは返事をして軽く手を挙げ、周囲に炎が渦巻き迸る。黴のようなものは一瞬で消し炭と化した。アークデーモンの魔力をもってすれば余裕だろう。ついでに肩では小妖精が腕組みをして立ち、自分がやったわけでもないのに威張っている。

 ダンジョン内を炎が吹き荒れ、全てを高温で焼いていく。壁も床も天井も赤く赤熱し、そこを蝕んでいたものは消え失せた。

「さて、大掃除の開始だな」

 イスルギが歩きだし、クシナは楽しそうに炎を吹き荒れさせた。


 ダンジョン最下層は今まさに侵食されており、どろどろとした粘液のようなものが滴っていた。それが意志あるかのように集い、ひとまとまりになった。

「なるほど抵抗するつもりか」

 動こうとするクシナをイスルギは手で制した。

 奥の方の壁が一部破壊されており、その先に光を放つ球体――つまりダンジョンコア――が見えているのだ。無闇に炎を放てば、そちらにまで破壊しかねない。

「ここは俺がやろう」

 言うと同時にイスルギは魔王の力を解き放つ。

 クシナのそれとは比較にならないぐらい濃密で激しい力を纏い、手の平の上に高温の塊を生じさせる。それは炎ではない純粋な熱であり、直視することも難しい光を放っていた。

「悪いが焼き尽くさせて貰う」

 その純粋な熱は意志があるように動き、粘性のある物体だけを焼き尽くし消滅させた。さらに辺りをしっかりと焼いて、ダンジョンイーターが復活しないよう念入りに予防措置をとっておく。

「これだけやっておけば大丈夫だろう」

「凄い!」

「なに、単に魔力が多いだけだ。さてダンジョンも弱っているだろうからな、少し助けてやらねば」

「うん」

 イスルギとクシナはダンジョンコアに近づいた。そっと優しく慰めるように触れてやり、魔力をたっぷりと与えていく。荒れ果てたダンジョン内が元に戻るように、そして労ってやるために。

 二人が転移の魔法を発動させ姿を消すと、後に残されたコアはゆっくりと静かに明滅していた。


 その日その時その瞬間、一つのダンジョンが恋をした。だが、そんな事は誰も知らず何も影響を与えず――いや、人知れず大きな影響を与える事になる。

 訪れた者を教え導き育てる名ダンジョンが誕生した瞬間なのだから。

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