第53話 少女の力(勇)

 エリーにとって隣の家のルーエンは、仲の良い遊び相手である。

 年上だけど頼りないので、お兄さんと呼ぶような感じはない。むしろ自分が面倒見てあげねばとさえ思っている。ただ側に居ると心がぽかぽかするので、いつも一緒にいたかった。

「ルーエン、今度は何かお菓子を持ってきて欲しいの。持って来たら、また遊んであげるのよ」

「やれやれ仕方がないなエリーは。判ったよ、何が欲しい?」

「もちろん甘くて美味しいの!」

「よし、今度は持って来てやるよ」

 そんな言葉にルーエンは笑いながら頷いてくれた。楽しい。でも、ちょうど部屋に来た妹のリリーは軽く息を吐いている。

「すみませんね、うちの姉が我が儘で」

「ちょっとリリー!? それは私に失礼なの」

「エリー姉さん、いつも注意するけどさ。いくらなんでもルーエンさんに失礼だよ、もうちょっと礼儀正しくしなくちゃ」

「え? でもルーエンなんだし、そういうのいる?」

「これだからもう……」

 リリーは下を向いて息を吐くが、ルーエンの方は楽しそうに笑っている。

「俺は別に構わないよ、エリーだからね」

「ほらね、ルーエンが構わないって言ってるから」

 ちょっと自分が特別扱いされて嬉しいエリーが笑っていると、もう一人家族がやって来た。一番上の姉のマリーだ。

 美人で優しくてしっかり者という自慢の姉だった。

「ただいまーっ。あら、ルーエンも居たのね。ありがと、いつも妹たちの面倒みてくれて助かるわ」

 今まで遊んでいたルーエンが立ちあがり、マリー姉さんの所に行ってしまう。

「なに気にするなよ。隣同士なんだし、マリーだって親父さんの手伝いで忙しいのだろ。これぐらい当然だ」

「そーなのよ、だからルーエンには感謝感謝」

「別に感謝なんてな。このくらい何でもないし、小さい子の面倒も楽しいから」

「うん、ありがと。やっぱりルーエンには感謝だわ」

 そんな二人の会話にエリーは眉を寄せた。

 小さい子扱いされた事が気に入らないが、それより何より気に入らないのはルーエンの様子だ。マリー姉さんと話すときの顔が、自分と話す時全く違っている。

 笑顔は笑顔でも、もっと別の身を乗り出すような感じの様子がある。

 とても面白くない。

 しかし怒ったりするのは良くない。なぜならエリーは淑女なのである。

 ただしマリー姉さんは邪魔なので、あっちいって貰う。ぐいぐいと押しておく。

「あら? ごめんね、遊んでるの邪魔して。お姉ちゃんがお茶入れてあげるから許してね、あと美味しいパンもあるから。皆で食べよっか」

「おっ、パンだってさ。エリーやったな、リリーも一緒に食べようぜ」

 それから皆でお茶を飲んでパンを食べた。

 しかしエリーは少しばかり面白くなかった。なぜならルーエンはマリー姉さんばかり見て、そして楽しそうに喋るのだから。あとリリーがニヤニヤしているので、さらに面白くない気分だった。


 それから同じような日々が続き、季節が一巡りした頃のこと。

 マリー姉さんが勇者になると言いだした。

「ほら、だってね。お父さんもお母さんも頑張ってるけど、うちの家計って厳しいから。そういう意味で、私が家を出て勇者をやれば少し楽になるから」

 それを聞いたルーエンが厳しい顔で反論している。

「待てよマリー、それは幾らなんでも危険だ」

「そう言うけど、他にどうしようもないのよね。ルーエンの家と違って、うちは貧乏だから。ごめん、余計なこと言ったわ」

「いや気にしないでくれ」

 二人が井戸端で言い争う様子を、エリーは納屋の陰から顔だけ出して眺めていた。

 ルーエンが真剣にマリー姉さんの事を心配している様子が分かって、エリーの心はちくちくした。そんな事を思ってしまう事にも、やっぱり心がちくちくした。

「分かった、それなら俺も一緒に勇者になる!」

「ちょっとルーエン!?」

「いや俺も元々勇者になりたいと思っていたんだ。でも一人で始めるのは不安で迷ってたわけだし、丁度いい機会だ。うん、間違いない」

「あんたって人は……ありがと……」

「よしてくれよ、そんな礼を言う事じゃないだろ」

「そうね。幼馴染みだものね!」

「ん、まあ。そうだな」

 ルーエンとマリー姉さんは家の方に歩いて行く。それぞれ家に行って勇者になる許可を貰いに行ったのだ。


 エリーは立ち尽くすしかなかった。

 あまりにも衝撃的な話すぎて、リリーが隣に来たことさえ直ぐに気付かなかったぐらいだ。

「どうするのエリー姉さん。マリー姉さんが勇者になるのは仕方ないにしてもね。ルーエンさん行っちゃうよ。二人で勇者やって力を合わせて助け合って、そして芽生える感情。これもうゴールするんじゃない?」

「…………」

「今からでもさ、好きって言ったら?」

「…………」

 エリーはリリーの顔を見つめた。

 この妹は頭は良いが、何かと余計な事ばかり言う。やれやれだ。

「あのね、好きって言っても相手にもされないわ。今までだってそうだったから。だって私はまだ子供なんだから」

「ま、そらそーだね」

 エリーはしっかり考えている。

「でもマリー姉さんは鈍感でルーエンを単なる幼馴染みとしか思ってないのも事実ね。だからどうせ二人の関係は変わらないわ。その間に私は鍛えて勇者を目指すの」

「頑張れー」

「リリーも一緒に決まってるでしょ」

「うそん」

 ぼやく妹だが、もちろん一緒に来てくれるだろう。もちろん嫌と言っても姉の強権を発動して従えるつもりなのだが。

 そして数日後、ルーエンとマリー姉さんは勇者になり家を出て行った。

 同時にエリーとリリーは行動を開始。まずは近所の元勇者のお婆さんに教えを請い、勇者になる為の特訓を始めることにした。

 なお、お婆さんはエリーの決意を聞くなり感極まってしまい、勇者としての必要な事だけでなく、礼儀作法から男の落とし方までそれはもう熱心に伝授してくれたのだった。


 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響いた。


 ルーエンは勇者用品店イスルギに足を踏み入れた。

 勇者となって数年が過ぎ、もはや馴染みの店である。勇者になった理由が、密かに好きだった幼馴染みが勇者になるからというものだった割りには成功している。

 しかし勇者を始めてみると、思ったよりも上手くやれた。

 これにはデルクという見習い騎士が仲間に加わった事も大きい。デルクは今では親友だ。マリーを含めて三人で頑張ったからこその成功だった。

「ルーエンか、よく来たな」

「お邪魔します、イスルギさん」

 この勇者用品店に早く出会えた事も、勇者として成功出来た理由でもある。武器防具や道具だけでなく、いろいろアドバイスを貰えたお陰だ。

「仲間の件はどうする?」

「どうしましょうね。はははっ……いきなりですからね」

 デルクが騎士に専念するため、勇者を引退する事になったのだ。

 それだけならまだ何とかなるのだが、困った事にマリーも引退すると言いだしたのだ。理由は――デルクと結婚するからだった。

「はぁ……」

 幼馴染みとして距離が近すぎ、兄弟程度にしか思われていない事は分かっていた。諦めはつくが、ショックはショック。申し訳ないと謝る二人に、気にするなと言って笑ってみせたが大半は空元気でしかない。

「あてがないようだな。だったら丁度良い」

「えっと?」

「新しく勇者になった二人組がいる。そいつらの面倒を見てやってくれ」

「はぁ……まぁ、いいですけど」

 新人の面倒は大変だが、しかし下手に熟れて自己流を身に付けた者を仲間にするよりは楽だ。自分の流儀の合わせて指導すれば、長い目で見ればやりやすい。

 どちらにせよ仲間は必要で、渡りに船である。

「そう言うと思って、実はもう呼んである。そろそろヤサカが連れてくる頃だ」

 イスルギは笑った。

 そしてドアベルの音が鳴り響きヤサカさんが笑顔で入って来て、その後ろには二人組の姿があって――。

「およ? もしかしてエリーとリリーか!?」

 見覚えのある姿があった。

「すっかり大きくなったなぁ。しかも勇者をやるというのは本当か?」

「はい、そうですよ。ルーエンさん」

「……?」

 一瞬人違いかと思ったほど、穏やかな喋り方だ。

 自分の知っているエリーとは違って大いに戸惑う。しかし後ろで笑っているリリーの方は相変わらずっぽいが。

「不束者ですが、よろしくお願いしますね、ルーエンさん」

 エリーはにっこりと笑うが、まるで輝くような姿に見えた。

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