第52話 出会い(魔)
「散歩、行こ」
ぴょんと跳ね、クシナが両手を握って誘うとイスルギは困った顔をした。
「すまないが。これからお客が来る予定だ」
「むー」
「また明日にでもどうだ」
「分かった、明日」
あまり我が儘を言ってイスルギを困らせたくないので、大人しく頷いた。ただし若干拗ね気分もあるので、軽く頬を膨らませておく。
それでイスルギが謝るように小さく頷いたので気分は良くなった。
一緒の散歩という楽しみは明日にとっておく事にして、そのまま自分の席に戻ろうとも思ったが、やっぱり散歩には行きたい気分だ。
今日は一日机に向かって細かい錬金作業をしていた。
ちょっと外に出て、のびのびしたいのである。
「じゃ、一人で行く」
すたすたと勇者用品店のドアに向かうと、途中でヤサカが呼び止めた。
「出かけるなら、もう少しちゃんとした服に着替えて――」
「やだ」
ぱっと走り出し、クシナはすたこら店の外に出た。
少し道を走って振り向いて、ヤサカが追いかけて来ないと確認してから、安心して歩きだす。やや大きく手を振って、小さく歌を口ずさむ。
クシナが着ている服は、錬金作業の為に汚れても良い簡素なものだ。
しかしヤサカが着替えるように言ってくる服は、もっと装飾があって色が派手で生地もいっぱい使ったもので――要するに動きにくいのだ。
動きやすさを重視するクシナにとって、そういう服は好みではないのである。
最近のヤサカときたら故郷の家族や眷属と同じように、もっと着飾らないと駄目だと言うのだ。ちょっと面倒なのである。
クシナは夕暮れの気配が漂う街中を、金色の髪を揺らし歩きだした。
気の向くまま足の向くまま適当に進む。
美味しそうな匂いを漂わせる屋台もあったが、お小遣いを持って来なかった。とても残念だ。しかし、明日またイスルギにねだれば良いと気を取り直す。
しかも二人で一緒に食べれば――とても楽しみだ。
機嫌良く通りを曲がろうとして、クシナはふと足を止めた。ずっと前の方に、何か気になるものがある感じがしたのだ。
クシナについて、殆どの者は周囲への注意が薄いと思っている。
だが実際はそうではない。
よく周りを見ており、その上で自分に関係あるのかないのかを判断して、関係なければ気にしないだけだ。一方で興味がひかれれば、ぐいぐい行く。
そして今は何だか気になっていた。
前方の通りは店先に板や棒といった材料が並んでおり、商家の一つもなさそうで、どうやら職人の住居が集まった場所らしい。
木を削ったり切ったり、打ったり叩いたるする音が小さめに響いてくる。
作業をしているのは小物類が中心のようだ。
「……んー?」
何が気になったのか、クシナは足を止めて考え込む。
背後からは傾いた日射しが差し込み、クシナは照らされるばかりでなく光を纏ったように輝いていた。その姿は、たまたま通りかかった者が、思わず足を止め見惚れるほどだ。
「ふむ、ふむふむ?」
クシナは頬に手をやり考え込んでいたとき、前の方から何かの気配を感じた。どうやら足を止めさせたのは、それだったようである。
通りを曲がりかけていた姿勢を戻し、真っ直ぐに進む事にした。
別段それで何かをするつもりはなくて、ただ単に自分の気になったものが何であるのか確かめたい気分だったからだ。
けれど通りを進みだすと、先ほどの気配はもう感じられなくなった。
通りを往復して小路にも入ってみたが何も感じない。だがしかし、それが逆にクシナの好奇心を刺激した。なんとか見つけてみようという気になったのだ。
翌日、クシナはまた同じ通りに行く事にした。
「クシナ、散歩か? なら一緒に――」
「いい、また今度」
一緒に行きたいが、しかしそれは気になる事を片付けてからだ。
すたすた出て行く後ろでイスルギがショックを受け、ヤサカに慰められているとも知らず、前の日に気配を感じた通りへと向かった。
ただし一人ではない。
今度は友達の小妖精も一緒だ。小妖精は名前の通り、掌に座れるほど小さな妖精で魔力も強くない。しかし周囲の気配や魔力を察する能力には長けている。
この良く分からない気配を探すにはぴったりだった。
「ん、この辺り」
クシナの言葉に小妖精は小さく頷いた。
きょろきょろと辺りを見回すと、甲高い鳴き声をあげ前を指し示す。クシナの感覚では特に何も感じられないが、小妖精には感じているようだ。
「ふむふむ」
指さされるまま一直線に進む。
建物の中の作業場にも足を踏み入れるが、訝しげに顔を上げた職人の前を通り抜け進んでいく。あまりにも平然と当たり前のように歩いて行くので誰も何も言わない。
クシナは足を止めた。
「なるほど」
「え、なんなの?」
そこに甲高い声で指さす小妖精の姿に目を奪われている少女の姿があった。やや痩せ気味で青い髪色をして、気の強そうな顔立ちだ。
微かに漂わせている魔力をクシナも感じた。
しかし、殆ど微弱だ。だから通りでは上手く感じられなかったのである。
「なるほど、魔族」
「っ! どうしてそれを……じゃなくって、私はそんなんじゃないから」
「そう」
クシナはほんの一瞬だけ己の魔力を解き放った。
この周辺の人間は寒気を感じただけに違いないが、目の前の少女には十分だったようだ。即座にクシナの正体と遙かに格上の存在と理解し大人しくなった。
「私をどうする気?」
「んー」
言われてクシナは小妖精と顔を見あわせた。
見つける事が目的で、見つけた後をどうするかなど考えてもいなかった。
「さあ?」
「呆れた、じゃあ何しに来たのよ。もしかして何も考えてなかったの」
「うん」
クシナと小妖精は揃って頷いた。
そして良いことを思いつく、それは自分が考える必要のない方法だ。
「どうしたい?」
つまり相手に聞くのが一番早いのだ。
青い髪の少女はウイオラと名乗った。
結局ウイオラを『どうする』という話から、『これから、どう生きたいか』といった話にまで発展している。
しかし主にウイオラが話しているのだが。
「あたしだってね、こんな生活はおさらばして自由に生きたいのよ。こういう力もあるわけだから、ある程度は身を守れるわけだし」
振り下ろした手で木に釘を打つ。
これがウイオラの力で、魔力を身に纏わせ身体を守る事ができるのだ。
「あ、でも。育ててくれた家族に恩を返したいけどね」
「ふーん」
クシナは辺りを見回した。
どうやらウイオラの家は木工製品を作っているらしい。しかし道具類は良いものではなく、置いてある材料の木も質が悪い。それは建物自体も同じで材も悪ければ隙間だらけで、中を照らす照明は粗悪な油を使っているので薄暗い。
「勇者なれば?」
「……勇者なんてなれないでしょ。だって私は魔族なのよ」
「問題ない」
「そうでもないでしょ。こんなでも魔族なんだから、魔族が勇者になったら裏切り者で魔王も怒って襲ってくるに違いないわ」
「ないない」
クシナの言葉に、小妖精も同意して手をパタパタ振っている。少なくとも両者の知る魔王であれば、ウイオラを大喜びで支援するだろう。
「そ、そうなの?」
「そうなの」
「だったら勇者になってみようかな、加護が貰えるかは分かんないけど」
乗り気になったウイオラは身を乗り出した。勇者は上手くやれば儲かるというのが一般の認識だった。そして誰しも自分は上手くやれると根拠なく思うものだ。
もちろんウイオラもその例にもれない。
しかしクシナの見たところ、ウイオラは上手くやれそうに思えた。魔力があるからという理由ではなく、もっと本質的な性格という面でだ。
「勇者なったら、店紹介する」
「本当!? 嬉しいな。よし、今から神殿に行ってみよう」
ウイオラは大喜びだ。
それから勇者ウイオラを連れて店に行った。だがしかし、それでクシナは機嫌を損ねる事になる。なぜならイスルギとヤサカは、クシナが友達を連れてきたと、とても驚き喜んだからだ。
ちょっとそれは失礼ではないかとクシナは思うのであった。
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