第50話 魔王に挑む(魔)
イスルギは困っていた。
腕を組んだまま店の中をウロウロと歩き回り考え込んでいる。
その理由は、剣を注文した男が予定日を過ぎても取りに来ないからだった。余裕をみて数日待ったものの、相手が来る気配はない。
しかも連絡先を聞いていないため、連絡の取りようがなかった。
勇者用品店を続けて五十年近く、こんなことは初めてだった。
「参ったな……」
注文時に連絡が取れる場所を尋ねた時は、定まった住所がないと言われていた。
本来であれば、そうした注文は受けないところだ。しかし、差し出されたのは袋一杯の小額貨幣で、どれも汚れていたり傷ついていた。
必死になって貯めた金で頼んできた事は容易に想像がついた。
だから心配ないと引き受けたのだ。
しかし、こうなってみるとやはり確認すべきだったと悩むしかない。
そんな様子に店の隅の作業場から、クシナも顔をあげて訝しそうに見ている。しかし特に自分にする事もなさそうだと判断すると、また錬金を再開した。
ヤサカは頬に手を当て困り顔。
「必ず来ると言ってましたのにね」
「大丈夫だと思ったのだがな、見誤ったか?」
「そんな事はないと思いますよ。何かあったのかもしれませんよ」
「まさか、この間の魔物に襲われていたのかもしれん」
街に入り込んだ魔物が、何人かを襲った事件があった。
イスルギとヤサカは散歩ついでに街を巡って、魔物を探しだして滅しておいた。それまでに何人かの被害が出ていたのは事実だ。その中に依頼主の男が含まれていたかもしれない。
勇者なので死ぬ事はないだろうが、それでも戦いに恐怖して逃げてしまった可能性はある。それならそれで仕方ないのだが――。
「注文された品をどうするかだな」
客から代金を貰った以上は店として商品を渡さねばならない。
それが店としての誇りや道理であるし、何より勇者から金だけ貰うなど魔王としての沽券にかかわる。
なんとしても探し出さねばならない。
勇者用品店のドアが開いた。
「じゃーん、勇者フィーナ! やって参りましたー!」
元気な声をあげて入って来たのはフィーナだった。後ろにはレンタリウスの姿もあるが、入り口でフィーナが立ち止まったのでまごついている。
ようやくグレンが来たと思ったイスルギはガッカリした。
「あれ? なになに、その反応。あたし何か悪い事しちゃった? それとも拙いところに来ちゃったとか?」
「そうではない」
イスルギは事情を語った。
剣を注文して取りに来ない勇者グレンを探しているという事を。
「ああ、あのグレン君ね」
「知っているのか」
「もち! ろん!」
フィーナは得意げに手を挙げ、そそくさと大テーブルの席についた。ニカッとした笑顔を見せるのは情報量代わりに、お茶とお菓子が欲しいという事なのだろう。
苦笑するヤサカが準備に取りかかる。
イスルギは席に着くとフィーナはグレンについて話しだした。
「まーねー、グレン君を底辺勇者だとかゴミ漁りとか言って馬鹿にしてる連中も多いけどね。あたしは、それ違うって思うのよね」
グレンは弱いなりにも、身の丈に合った依頼を受け真面目にこなしている。贅沢も控え節制して勇者活動を続けているのだ。
その弱いという点も、実際にはそこまで弱くはない。
ただ単に装備が貧弱であるため、碌に戦えないという事が原因なのだ。
「武器なんて木の棒みたいなもので防具もないのにね、あれだけ戦えるのは実際凄いって思う」
「僕もそう思います。とても真似できないし凄いなぁって」
「レンタ君はレンタ君で、しっかり頑張ってるから。そこは誇っていいのよ」
「あ、はい」
どうやらフィーナとレンタリウスのコンビは上手くいっているようだ。
「前に聞いた噂だとね、グレン君は口減らしで故郷を追い出されて街に来たらしいのよ。それで着の身着のまま来て苦労して、それから人に騙されて酷い目に遭ったりとか苦労してるという話らしいの」
「なるほど」
「まあ、ゴミ漁りするのはちょっとねぇ……って感じだけどさ、実際のところ店の方でも隠れファンが多い感じかな」
「ほう?」
「だってね。店で変な客が騒いだ時は仲裁に入って殴られたとか。強盗に気づいた時は即座に飛び込んで大怪我しながら助けたとか。そういう話なんで」
「なるほど」
やはり自分の目に狂いはなかったとイスルギは頷いた。
相応しい勇者に相応しい装備を用意する。それこそが、この勇者用品店の目指す売り方だ。
「でもさー、そうやって一生懸命貯めたお金で剣を注文したのに。それを取りに来ないってのは確かに心配だねー」
「まあ事情があるのかもしれないが」
「それじゃあさ、グレン君を探して伝言してきてあげる」
フィーナは手を挙げながら宣言した。後ろではレンタリウスも頷いている。
「いいのか?」
「ヤサカさんの美味しいお茶とお菓子も頂いたし、それぐらいやんないとねー。あとあと、店主に恩を売っておけば後が楽しみだし」
ちゃっかりとしている。
イスルギは苦笑ぎみに笑いつつ、フィーナにグレンの呼び出しを依頼した。
そして直ぐにグレンがやって来た。
来なかった理由については問わない。どこか不安と懸念のある顔を見れば、何か事情があったのだろうと察せられる。しかし、突っ込んでまで確認はしなかった。
グレンはこうして剣を受け取りにやって来たのだから。
「よく来たな」
「お、俺は別にその……っ!」
イスルギが剣を抜き放つとグレンは息を呑んだ。
どうやら用意した剣の凄さが分かったらしい。ドワーフ鍛冶の名工ノブサフが、グレンの心意気に感動し気合いを入れて鍛えあげた名剣の凄さというものを。
その様子が嬉しくなり差し出すが、それでもまだ呆然としている。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「ほら、お前が注文していた剣だ。受け取ると良い」
「こ、これが」
グレンは受け取りながら、しかし驚ききった顔で見つめてくる。
どうやら自分の用意した金額で、ここまでの名剣が手に入るとは誰だって思いもしないだろう。驚いて当然というものだ。
「お前はなかなか見所のある奴だ。だから、余計な事を言うなよ」
「え!?」
ノブサフもそこはしっかりと必要額を要求してきたので、店としては赤字も赤字。大赤字というわけだ。
だから安く手に入ったなどと、触れ回って貰っては困ってしまう。
念の為に釘を刺しておくが、グレンは自分がそんな特別扱いをされた事に心の底から感じ入っているようだ。
だから苦笑してしまう。
「今回だけだ。俺の期待を裏切るな」
「ど、どうしてそんな事を……?」
「世の中に死より辛い事はいくらでもある。それが嫌なら挑み続けろ」
店に来たときの様子、フィーナから聞いた話。
その全てにイスルギは感心していた。
ボロボロの装備でも真面目にモンスター退治に励み、稼いだ金を狙われ襲われてもめげもせず、ゴミを漁ってでも金を貯め剣を注文してきたのだ。それも全ては勇者として活躍するために。
まさしく勇者用品店に相応しい客だ。
こんな勇者に剣を用意できた事は、魔王冥利に尽きるというものである。
「ひっ……な、なんで俺を?」
グレンは息を呑んで目を見張った。
どうやら己の行動を知られているとは思っていなかったらしい。確かに人に知られたくない事だろう。
余計な事を言ってしまったとイスルギは心密かに反省した。
「どうでもいい事だ。お前が高みを目指すのであれば、俺は助けてやると言っているのだ」
恩着せがましくならない程度に励ましておく。
ここにこうして応援し、その活躍を期待し見ている者がいるのだと知っておいて欲しかった。お前の頑張りは無駄ではなかったと知って貰いたかった。
そして、その気持ちは通じたようだ。
「い、いいだろう。見ていろ、俺は絶対に強くなってみせる!」
拳を握ったグレンは力強く宣言してみせた。
それでこそ勇者であり、その言葉が聞きたかった。
「その意気だ。待っているぞ」
イスルギは満足して静かに笑った。
なお、店の隅ではクシナと小妖精が顔を見合わせ眉を寄せている。これは何か違うのではないかと訝しんでいるのだが、しかしどちらも口を出す性格ではない。結局、余計な疑惑を口にも出されなかった。
勇者グレンがどうなるか、それはまだ分からない。
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