第49話 魔王に挑む(勇)

 ――勇者用品店の主イスルギは魔王。

 それを底辺勇者グレンは、偶然にも知ってしまった。


 ある日の夕方、街中を彷徨いていた。

 今日も今日とて飲食店の裏でゴミ漁り。

 底辺勇者のグレンは力も弱ければ素早さもなく、相棒のテイムモンスターのキースカの協力を得ても、最弱モンスターにも苦戦するぐらいだ。

 ただしそれは理由もある。

 まともな武器を装備していないのだ。装備がないから金が稼げず、金が稼げないから装備を買えない。そんな悪循環である。

 生きるためにはゴミを漁ってでも食べねばならない。

「また来たか! 今日は遅いじゃないか、どうした?」

 食堂の裏口が開いて店の親父が顔を出す。酷い店は水や熱湯をぶっかけてくるが、ここは食べられる物も用意してくれる。

 そうした店が何軒かあるので、グレンも食い繋げていた。

「お前さんもなぁ、勇者なら依頼を受けて頑張れや」

「すんません」

「別に怒っちゃいない。お前は他の奴と違ってゴミを散らさないからな。だが、うちも客商売だ。ちゃんと稼いで食べに来い」

「すんません」

 謝ったのは迷惑をかけていると思ったからだ。あと、撫でようとした店の親父の手をキースカがスルリと回避したからでもある。

「ああ、それと最近は街中で人が襲われる事件が多いぞ。昨日も一人やられた。お前さんも気を付けとけよ」

「はい」

 グレンは頷いて歩きだした。

 ――これでも頑張ったのさ。

 勇者になった時は夢も希望もあった。成功して仲間に囲まれ、いずれは伴侶を得て幸せな生活が待っていると信じていた。

 でも駄目だった。

 何をやっても上手く行かず、上手く行きかけると台無しになる。

 どれだけ頑張っても報われない者はいるのだ。ただ唯一の救いは、隣に相棒のキースカがいてくれる事だけだった。

「どうしてこうなったのかね」

 ぼやきながら夕暮れ時の街を歩いて行く。下を向いて歩くのは癖であるが、同時に小銭でも落ちてないかと思っての事だった。


 見窄らしい格好をしたグレンは、ほとんどの者から相手にされない。

 普通に歩いても女性などは露骨に避けていき、子供などは指差して笑う。時には男たちは露骨に無視をしたり、または蹴散らすように突っ込んでもくる。

 それは店でも同じ。

 必死に貯めた金で武器を買おうとしても、相手にしてくれず売ってもくれない。

 そんな中で唯一相手にしてくれたのが勇者用品店イスルギだった。

 必死になって貯めた――まさしく血を吐く思いで貯めた――金を差し出すと、快く引き受けてくれた。

 用意に少し時間がかかると言われたので待っている。

 待ちながら不安だった。

 金を取られるのではないか、騙されているのではないのか、ちゃんと品を用意してくれるのだろうか。

 そんな不安が込み上げ、少し落ち着かない気分だ。催促するわけではないが、どうなっているのか、いつ用意できるのか知りたかった。

 だから、街中でイスルギとヤサカを見かけた時に尋ねるかどうか迷って後を追いかけてしまったぐらいだ。

 ――しかし、羨ましいな。

 それに並んで歩く二人の姿は、見ているだけで惚れ惚れした。自分などとは本当に何もかもが違う。

 キースカが足の前に回り込んでは邪魔をしてくる。

 どうしたわけかキースカは、グレンがイスルギやヤサカに近づくのを嫌がる。なぜか勇者用品店でガチガチに緊張していた事が原因かもしれない。いや、なぜ緊張していたかは分からないのだが。


 キースカの頭を撫でてやって宥める。

 ――もし俺がイスルギのような人間であったら。

 成功して皆から認められ、生活の不安は少しもなくて、傍らにはヤサカのような美しい人もいる。何より堂々として悩みの一つも無い。

 きっと自分のように、明日の食事の心配などした事もないだろう。

 ぼんやりと見送っていると、ふと気づいた。

 イスルギもヤサカも妙に周りを気にしている。間違いなく人目を気にする素振りがあった。そして二人は互いに合図して、そそくさ路地裏に入っていった。

「?」

 その様子が不審に感じられてグレンは首を傾げた。

 良くない事とは思いつつ、足を忍ばせ路地裏へと近づいていた。そっと様子を窺ってみると――イスルギとヤサカは、得体の知れない存在を跪かせていた。

 恐らくモンスターなのだろう。

 黒い影のような姿で、間違いなく危険で獰猛な存在とわかる。

 しかしそれすら霞む程、イスルギとヤサカの方が恐ろしかった。闇色のオーラを漂わせる二人の姿は、おとぎ話に出てくる恐ろしい魔物のようだ。

 モンスターが逃げだすとイスルギが宣告した。

「魔王からは逃げられない」

 そして腕を一振りすると炎が生み出され、モンスターを一瞬で焼き尽くした。あまりの事にグレンは呆然として、身を隠すことも忘れ立ち尽くすしかなかった

 ――魔王!?

 もし二人が僅かでも振り向けば確実に見つかっていただろう。

 だが幸運にも、二人は何かの魔法を使って姿を消した。

 誰も居なくなった路地にモンスターが存在した痕跡は欠片もなく、焼け焦げた地面と熱気が僅かに残るのみ。

「ひっ、ひいいいっ!」

 グレンはキースカを抱え上げると、後ろも振り返らず寝ぐらまで駆け戻った。

 廃材を寄せ集めてた小屋で、ボロ布にくるまりキースカと一緒に震えながら夜を明かした。

「どうしよう」

 誰かに言うべきか。

 国に訴え出るべきか。

 しかし勇者用品店は長年続いた店で、数多くの勇者が通っている。それを魔王だと底辺勇者のグレンが言って誰が信じるだろうか。


 数日悩みに悩んだ。

 そして、ようやく決めた。

「無理だ。別の街に逃げよう、いやもう別の国に逃げよう」

 そうと決めたらさっそく行動。どうせ家族はキースカだけで、あとは知り合いもいない生活だ。こんな時は身軽で助かる。

 グレンはボロ布や、ひび割れた木皿や朽ちかけた木盾を掻き集めた。

 察したキースカも紐や器をくわえてきてくれる。

「あーっ居た居た、グレン君発見! キースカちゃんも、こんにちは」

「ひいいっ!」

 いつの間にやら若い女性がボロ小屋の外に立っていた。確かフィーナとかいう名前で、まだ若いのに活躍している勇者だ。

「なんでそんなに驚くわけ? 乙女に対して失礼とは思うけど」

「はぁ、すいません……」

「いやいや、そんな謝らなくてもいいのに。まあいいけど。それより勇者用品店のイスルギから伝言」

「え!? な、な、ななな、何か?」

「剣が出来たから取りに来てくれってさ」

「あ……!」

 グレンはようやく思い出した、自分が剣を注文していたということに。

「店主も心配してたよ、ちっとも取りに来ないからってさ。何かあった?」

「い、いえ……別に何も」

「ふーん。ま、いいけどさ。じゃ伝えたから、早く取りに行こうねー」

 言ってフィーナ去って行く。

「ど、どうしよう」

 グレンは頭を抱えて悩んだ。

 悩みながら、しかし同時に気づきもした。

 もしかすると、もしかするとだが。自分が見ていたことに、イスルギもヤサカも気づいていないかもしれない可能性もあると気づいたのだ。。

 あの時に二人とも振り向きもしなかった。

 だから気づいていないかもしれない。しかし気づいているかもしれない。

「どうすれば!?」

 問いかけるキースカは答えてはくれない。


 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。


「ううっ、結局来てしまった……」

 グレンはぼやく。

 剣が惜しいと言うよりは、必死になって集めた金で注文したものだからだ。

 空きっ腹を堪えながら食費を削り、死にそうな思いでモンスターを倒した。奪われそうな時は殴られながら必死に守った。落ちているお金を拾って馬鹿にされ、指でさされて嘲笑され憐れまれた。

 そうやって貯めたお金で注文したのだ。

 惜しいのも当然だった。

 キースカは外で待たせて、自分だけで来た。

「よく来たな」

「お、俺は別にその……っ!」

 イスルギが剣を抜き放ち、グレンは声なき悲鳴をあげた。しかし次の瞬間には、その剣の持ち手を差し出されたので戸惑った。

「お前の為に用意した剣だ。受け取ると良い」

「こ、これが」

 受け取りながら、しかし正直言えば剣はあまり見ていない。気にしているのはイスルギの挙動だけ。

 そのイスルギがニヤリと笑う。

「あまり余計な事を言うなよ」

「え!?」

 やはり気づいていたのだ。イスルギは間違いなく、イスルギが魔王とグレンが気づいた事に気づいている。

 どうすればいいか分からないグレンにイスルギは笑った。

「世の中に死より辛い事はいくらでもある」

「ひっ……」

「だが、お前はそれに耐えるだろう。俺や他の者の期待を裏切るな」

 そう告げるイスルギの穏やかそうに見える顔が、何か恐ろしい迫力を宿している気がする。

 向こうに居るヤサカの笑顔も何だか恐い。

 彼女の目がいつもと違う光を湛えている気もした。いや気のせいではない。間違いなく何か違う。恐ろしく迫力がある。

 心臓がバクバクして耳元で鼓動がうるさい。

「な、なんで俺にそこまで?」

「どうでもいい事だ。お前が高みを目指すのであれば、俺は助けてやろう」

 グレンの脳裏に、婆ちゃんが読んでくれたおとぎ話が蘇った。

 おとぎ話の魔王は圧倒的な力をもちながら、しかし、いつも負けそうな勇者を見逃してやるのだ。理由はなぜか判らない。婆ちゃんに訪ねた時は困った顔で、好敵手になるのを待っているのだと言っていた。

 ――つまり俺を好敵手に選んだと!?

 どうしてだか分からない。

 ありえないとも思う。

 しかしこの魔王が、今後も高みを目指して励めと言っている事は分かった。

 ――どう考えたって無理だ! 逃げよう、いや駄目だ。

 脳裏に木霊するのは、『魔王からは逃げられない』という言葉だ。

 グレンの脳裏に、婆ちゃんが読んでくれたおとぎ話が蘇った。

 おとぎ話の魔王は圧倒的な力を持ち、しかも、どこにでも突然に現れ襲ってくるのである。

 あの時に見たイスルギたちも一瞬で姿を消していた。

 つまり、あれは一瞬でどこかに移動したに違いない。だから、どこに逃げても無駄という事だ。軽く震えていたグレンだが死にたくはなかった。

 否、そんな事より心配なのはキースカだ。

 自分のテイムモンスターにして唯一の家族、心を許せる存在で相棒。そのキースカを守らねばならない。なぜなら、底辺勇者とはいえ勇者の仲間になったモンスターを魔王が許すとは到底思えない。

 ――あいつだけは、あいつだけは守らねば!

 種族は違えど自分を選んで側に居てくれた、心許せる唯一の存在。何があろうと守ってやりたい。その為であれば、魔王にだって挑める。

「いっ、いいだろう! 見ていろ、俺は絶対に強くなってみせる!」

 グレンは拳を握って力強く宣言してみせた。まさしく宣戦布告だ。

「その意気だ。待っているぞ」

 魔王は静かに笑った。

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