第26話 とんでもない相手(魔)
簡単な食事を取った後、イスルギは開店の準備に取りかかる。
もちろん前日の内に準備は終わっているのだが、今日は今日の気分で店の中を整えたくなるものだ。
配置を変えて一歩下がって首を捻り、もう一度触って位置を変える。
そんな拘りの作業をしているとヤサカはあきれ顔だ。
「イスルギ様、何度やっても変わりませんよ」
「しっくり来ないのだ。こうピッタリ位置が合わない気がする」
「そうです? 私には何も変わらないように見えますけど」
「うーむ、しかし、どうにもな……よし、これは片付けて別のものを出そう」
「ええ!? 今からですか?」
ヤサカは悲鳴のような声をあげる。
そこは昨日倉庫から運び出して並べたばかりだ。今から配置換えをして、開店に間に合うかどうかは微妙なところである。
「言ってる間に作業をした方が早いな。さあ、やるぞ」
「そんなぁ……」
天井を見上げながら、しかしヤサカは素早く手を伸ばし逃げようとしていたクシナの袖を掴んでいた。こうなれば一蓮托生。ついでに小妖精を摘まんでおいたのは細かい場所を掃除させるため。やはり人手は多い方がいい。
そんな時、辺りに魔力の高まりが感じられた。
何者かが勇者用品店イスルギに転移して来ようとしているのだ。営業開始前であるというのに。
「よっ、久しぶり」
現れたのは、ツンツン頭の男であった。
だが、しかし直ぐに男は気付く。イスルギをはじめヤサカまでもが自分を見つめ良い笑顔をしているという事に。
もちろん男も半強制的に商品の入れ替え作業を手伝わされた。
世の中には魔王が何柱もいる。
それぞれが王として配下を従え領を運営し国を支配をしているのだが、もちろん魔王同士の交流もある。
「この魔王カロロス様に荷運びをさせるとはな」
「お陰で助かった」
「そういう時は言葉ではなく、もので礼をすべきじゃないか」
「ああ、そうだな」
イスルギが指を鳴らして合図をすると、ヤサカが蜂蜜茶を持ってきた。
「……これは?」
「知らんのか、蜂蜜茶だ」
「いや、それぐらいは知っているが。これを俺にだと?」
「自分で言っただろうが、もので礼をすべきと。大丈夫か?」
本気で心配するイスルギにカロロスは肩を竦めるしかない。しかし、大人しく蜂蜜茶をすすっている。
「うー、まあこういうのも良いか。出来れば酒の方が百倍ありがたいが」
魔王カロロスとイスルギは仲の良い方だろう。
カロロスが魔王となって、いろいろ苦労している時にイスルギが何くれとなく手を貸した。それに感謝したカロロスも、イスルギの手伝いをしている。
魔王同士がそれなので、国の方でも交易や交流が盛んとなっていた。
「で? 何の用だ」
「いや、魔王イスルギが他領を攻めて支配域を広げただろ。その辺りの事情を皆が知りたがってるんで、諜報活動に来たわけだ」
「ああ、あれか……あれはな、酷い目に遭ったぞ」
イスルギは自国にきた魔王ガングニートとの一戦と、その顛末を語った。
ガングニートの一件で魔王城が破損し、その修理費用を奪うためガングニートの国を攻めてみれば、相手はあっさりと降伏。どうやら度重なる増税と軍備一辺倒の領内運営で、国は疲弊し破綻寸前。民を救うため、やむなく併合するしかなかったというわけだ。
領内の人脈を絞りつくして政務官と官僚を用意。あとは爺やが必死になって奔走しているのであった。
ひととおりを聞いたカロロスは腹を抱えて笑った。
勇者用品店は繁盛しているとは言いがたいが、そこそこ客は来ている。
カロロスは大テーブルに頬杖をつき、イスルギが接客をして勇者に品を売る様子を眺めている。その顔は呆れが半分、感心が半分といった具合だ。
客がいなくなってイスルギの手が空いた。
「ふーん、魔王が店を始めたと聞いた時はどうなるかと思ったが。なかなか、ちゃんと店をやってるもんだ」
「そうだぞ、お得意様も多いぞ」
「それは結構なことだ」
微妙に得意げなイスルギの様子に、カロロスは苦笑い気味に笑った。それからニンマリ笑う。
「なら安心だ。それなら一つ、うちの領の品も取り扱ってくれないか?」
「本当は、それが目的で来たのか」
「ついでだ、ついで。ちょっと聞いてくれよ。実はな、うちの鉱山から希少鉱石が採れると分かったんだ。でも、俺の領だと上手く売れないわけだ」
「まあ、そうだろうな」
カロロスの領内は力こそ正義。
一応の秩序は保たれているが、決闘によって物事が決まる。店屋の商品も決闘を申し込み、勝てば支払いが不要になるぐらいだ。
つまり希少な鉱石が決闘しだいで、ただ同然の値段となりかねない。
「で、うちの領で売りたいと?」
魔王イスルギ領であれば、理知的で知性的で良心的な魔族が揃っているため、決闘をふっかけタダ同然で買おうとする事はないだろう。
だが、カロロスは首を横に振る。
「違う、そうじゃない。それでは駄目だ。まずは人間の国相手に商売をしている事実が必要なんだ」
「なるほど。決闘の心配がなさそうな事実をつくり商人を呼び込む考えか。一応は考えているのだろうが……商人相手に決闘を挑む奴は本当に居ないだろうな」
「大丈夫だ」
カロロスは自信たっぷりに頷いた。
「そこはやらないように、決闘で決める」
「ああ、そう……」
「だから頼む。まずはここで取り扱ってくれ」
「うちは勇者用品店で素材屋ではないのだ」
ちらっとヤサカを見て言う。
ヤサカはあまり良い顔をしていなかった。ここ最近は噂も下火になったが、珍しい素材が売られていると話題になり面倒があったのは事実。
それを再燃させたくはないのだ。
「おや?」
そんな時に魔力の高まりが感じられた。
またしても、何者かが勇者用品店イスルギに転移しようとしているのだ。
「はーい、こんにちわ。邪魔するわよ」
現れたのは緑の髪の女性、宮廷魔術師のルシアンだった。微妙に普段よりも不機嫌そうで目付きも鋭く、緑の瞳の色も深い。
「イスルギ。ちょっと聞いてよね……って、来客中だった?」
「構わん、こいつは大した用事でもない」
「そうなのね、それならいいわ。と、こ、ろ、で。教えて欲しいのだけど、どこかの馬鹿な魔王が他の魔王領を攻めたらしいのよ。ええ、どこかの馬鹿な魔王が」
「…………」
「それで、うちの分からず屋の上司が状況を調べ、報告書にまとめろって言って来たのよ。この忙しい美少女賢者に!」
「そ、そうか」
「さあ知ってることをキリキリ吐きなさい」
他の人の目がある――つまりカロロスがいる――ので、そちらに配慮して言葉を濁しているが、掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
そしてカロロスは楽しげに笑う。
「魔王たちの間だけでなく、人間の側でも騒ぎか。大変だな、イスルギ」
どうやらイスルギが窮している様子が面白いらしい。
聡いルシアンは、もうそれだけでカロロスについて察したらしい。
「魔王の間って?? ちょっとイスルギ、この人もしかして……魔族?」
「半分当たりだ、魔族ではなく魔王だからな。決闘王カロロスという名を聞いた事があるだろう、こいつだ」
「えぇっ……決闘で身分を決めたとか、税率も決闘で決めるとか。凄ーく頭悪そうな逸話ばっかりある、あの魔王?」
「目の前に居るのが、その逸話の持ち主だ」
「うえぇぇ」
何の遠慮もなくルシアンは呻いてみせた。
だがそれが逆に魔王カロロスの琴線に触れたらしい。
「お前面白いな。しかも魔法もかなり使える。どうだ、俺の国に来ないか?」
「嫌よ、お断りよ」
「どうしてだ?」
「決闘ばっかりの国なんて、私のような美少女賢者に相応しくないわ」
「……面白い」
カロロスは椅子から立ちあがるとルシアンに近づいた。
「何よ、私に見とれでもした?」
「その通りだ。気に入った、このまま俺の国に連れて行きたいぐらいだ」
「ちょっとね、そんな事をしたら……イスルギが黙ってないわよ、絶対に」
「今の俺はイスルギと決闘しても勝てそうな気分だ、愛ゆえに」
「ひいいっっ」
ルシアンは悲鳴をあげそうな顔をして後退ると、辺りを見回し、慌ててイスルギの後ろに隠れてしまった。
「ちょっとイスルギ、何とかしなさい」
「ふむ、それなら丁度良い。こいつの領から希少鉱石が採れるらしい。買ってやれ」
「なんで! そうなるのよ!」
「商売で取り引きしていれば、連れ去られる事はないだろう」
「そういう問題じゃなーい!!」
ルシアンは散々騒ぎ立てる。
これにヤサカとクシナ、小妖精まで加勢したので、ひとまずカロロスは大人しく引き下がった。一方でルシアンは、とんでもない相手から身を守るため渋々と希少鉱石の取り引きを受け入れたのであった。
あと、イスルギはヤサカに叱られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます