第27話 第一歩(勇)
前の日からの雨も止んで、辺りには明るい日射しが満ちていた。
まだ少し水溜まりの残る石畳をジニーが早足で進んでいくと、手に提げた籠からカチャカチャ硝子がぶつかり合う音が小さく響く。
辺りは人通りの殆んど無い路地。
遠くから大通りの喧噪が聞こえる。
しかし路地裏は若すぎる女の子が歩くには少々危険な場所で、本来であれば大通りを歩くべきなのだろう。
だが、ジニーとしては大通りを歩きたくなかった。
理由は人が沢山いるから。
しかも今は雨上がりなので、尚のこと大勢人が居るのだ。
でも路地や裏道ならフードを目深にかぶって歩いても誰にもぶつかる心配はないし、店の売り子につかまり断り切れないまま商品を買わされる事もない。
もちろん路地が危ない事は承知しているので、備えは一応している。そして対処する自信もある。なぜならジニーは勇者なので。
籠の中でカチャカチャ音をさせているのは回復薬の入った小瓶だ。
この数日は間借りしている部屋に閉じこもって錬金術の実験に励んでいた。一緒につくっておいた回復薬を売れば、久しぶりにご飯を沢山食べられる。そして素材を買って、また錬金術に集中する予定だ。
最近は錬金術の技も伸び悩んでいるため、何とか打開して先に進みたい。
その為には、とにかく数をこなすしかない。材料費のことを考えれば、勇者としてモンスター退治をすべきだろう。それで報奨金を得ておいた方が少し安心だ。
ジニーにとって主たるものは錬金術。
勇者にはメリットが大きいのでなっただけ。モンスター退治の報奨金もだが、国からの支援や援助も得られる。なにより復活が出来るため、仮に錬金術の失敗で大爆発が起きても安心なのだ。
もちろん大爆発までは、まだ起こした事は無いのだが。
「良かった、やってる」
こぢんまりとした、屋根が赤で壁は白の建物が見えてた。
看板に『勇者用品店イスルギ』とあるように、勇者専用の店。そのお陰で勇者ジニーのつくる回復薬も、適正価格で買い取りしてくれる。
これが他店なら相手にもしてくれないか、もしくは買い叩かれるだけだろう。
とてもありがたいお店だ。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
店内に入って、ジニーは目深にかぶっていたフードを少し上げた。流石に全部外すのは恥ずかしい。他の店なら礼儀知らずと思われるところだが、ここの店主イスルギは構わないと言ってくれている。
「いらっしゃいジニー。久しぶりだが、また錬金術に励んでいたかな」
「はい」
「頑張っているな。今日も回復薬の買い取りでいいのか?」
「お願いします」
ジニーは顔を赤くしながら籠を差し出した。
他人と話すことが凄く恥ずかしい。視線を向けられただけでも緊張してしまうぐらいだ。そのお陰で友人もおらず、勇者としてもソロ活動であった。
「少し確認させて貰おう」
イスルギが籠を大テーブルの上におき、取り出した回復薬を一つずつ確認。光にかざして中を見られると、もうそれだけでジニーは恥ずかしい気分になってきた。
「今回も品質に問題ないな。それどころか、前回よりも少し純度が増している。腕をあげたようだ」
「! ありがとうございます」
ジニーは笑顔で顔をあげた。
しかしイスルギに見られていると気付いて笑顔のまま硬直、徐々に顔を真っ赤に染めて、我に返ったように下を向く。
「では、奥で確認してから査定させて貰おう」
「……お願いします」
恥ずかしさのあまり、ジニーにはそれだけ言うので精一杯だった。
ジニーは店の大テーブルの席に腰掛けつつ、店員のヤサカさんに貰った蜂蜜茶を飲む。甘味が空腹のお腹にじんわりと広がり染みていく気分だ。
この店の良いところは沢山あるが、一番は無駄なお喋りがない点だろう。
もしこれが他の店であれば年齢や出身地にはじまり、家族構成から恋人がいるのかまで聞かれ、勝手に良い人を紹介しようと世話を焼こうとまでしだす。
極力他人と関わり合いたくないジニーにとって、それは苦痛でしかない。
まったり寛げる気分で店内を見回す。
相変わらず店内には沢山のものが並んでいる。鉱石や皮や植物もあれば、色硝子や硬貨、星球儀や石板などなど珍しい品ばかり。
早くそれらが扱えるような技術を身に付けたいと心に誓う。
もちろん、それらを買えるようなお金も必要なのだが。
「あれ……?」
棚にある商品を眺めていたジニーの目は、ある商品に釘付けとなった。
ジッと見つめながら立ちあがると、ふらふらと近づく。
凄い。
本当に、凄い。
近くで見れば見るほど、その品の素晴らしさが分かってくる。それは間違いなく、ジニーなど及びもつかない技術が使われていた。閉塞感のあった心に、衝撃が走るほどの凄さだ。
単なる革袋に見えるが、そこに込められた錬金の技は桁違い。
勝手に触るべきでないと分かっていても、知らずに手が伸びる。
「だめ」
そんな声と共に服の裾が引っ張られ、ようやく我に返った。
「あ、すみません」
ジニーは謝りながら横を見て、それから少し視線を下げる。自分より少しだけ年下な金色の髪をした少女がいた。
「「…………」」
緊張してジニーは喋れないが、少女の方も何も言わない。
お互いに見つめ合ったまま動きを止める。どちらが先に動くか互いに躊躇しているといった、分けの分からない状態だった。
「買い取り金額の方だが――どうした?」
イスルギが来てくれたお陰で、双方ようやく動く事ができた。
「すみません、勝手に触ろうとしたので……」
「ああ、それでクシナが止めたのか。まあ自分のつくったものだからな」
「えっええぇ!! これをつくった!? この子が!!」
「その通りだが」
珍しいことに、イスルギが驚きと戸惑いを見せている。
「クシナはうちの関係者で、錬金術で時々商品を用意してくれる。一応だが他では喋らないでくれよ」
「はあ……分かりました」
「あとクシナが喋らないのは無口なだけだ。気を悪くしないでくれ」
その言葉に、クシナという金色の髪をした少女は得意そうに胸を張っている。ちょっぴり自慢げな様子でもある。
ジニーは商品を見て、それからもう一度クシナを見つめた。
「弟子にして下さい!!」
そんな声が勇者用品店のなかに響いた。
「はい、そうです。これに使われている魔力は力強いのに精密で繊細、どこにも破綻がなくて歪みもない。こんな技術の持ち主はアカデミーにもいませんよ、生徒はもちろん教師たちだって。いいえアカデミー長だって無理、それぐらいに凄いです」
ジニーは熱く語って両手を握りしめた。
大テーブルを挟んだ反対側にはイスルギとヤサカ、そしてクシナが揃っている。お互いに顔を見合わせ困惑気味。もちろんそこにはジニーの豹変ぶりに対する驚きも関係していた。
それに気付いて、ようやくジニーも我に返った。
「あ……すみません」
「いや構わない。元気があるのは良いことだ」
「…………」
ジニーは少し前の自分を思い出し顔を真っ赤にして項垂れた。穴があったら入りたい気分という状態だ。
そんな様子にイスルギは微笑する。
「実を言えば、このクシナの錬金術は我流だ」
ジニーは驚愕して、野生の天才を見つめてしまった。
「だから、こうしようじゃないか。君が知っている知識をクシナに教え、クシナがジニーに自分の技術を教える。どうかな」
「え、私なんかの知識を……」
「もちろん、クシナの事は他言しないで貰いたい。もし他言した場合は、この街に魔王が降臨したぐらいの被害がでるかもしれないぞ」
「えーと、それは大変なので絶対に他言はしません」
このイスルギの比喩はあまり上手ではないものの、とにかく真面目に言っている事は伝わってくる。だからジニーは真剣かつ真面目に頷いた。
願っても無いチャンスである。
「あともう一つお願いがある」
イスルギは、これには笑いながら続けた。
「このクシナの友達になってやってくれるか」
「えっ……」
ジニーは戸惑いながらクシナを見つめ、クシナも戸惑いながらジニーを見つめる。奇遇ではあったが、両者共にお互いが初めての友達なのであった。
後の世に錬金術中興の祖と讃えられる、勇者錬金術師のジニー。
その錬金技術は極めて高く、彼女の遺した作品はいずれも他とは一線を画す革新的な品ばかり。さらに戦闘面でも革新を起こし、指を鳴らすだけで豪焔を錬成し相手を攻撃するなど、それまで支援一辺倒であった錬金術師に新たな道を拓いた人物でもある。
彼女はその技術を友人と共に育てたと書き残しているが、しかしその友人については謎に包まれている。
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