第22話 思い違い(魔)

 払暁――獣魔王軍が雄叫びをあげながら突撃。

 これに対しイスルギ軍の重装歩兵は堂々とした動きで前進、防御形態をとる。両翼から味方歩兵隊が前進。突撃を食い止める重装歩兵を囮として、両側から襲い掛かろうという動きである。

 だが獣魔王軍の中から騎兵が飛びだすと、両翼が展開しきる前に重装歩兵の横腹へと突っ込んだ。さらに相手弓兵の援護も始まった。

 おかげで重装歩兵の隊列は乱れ混乱状態だ。

「相手にも勇敢な者がいる」

 イスルギは重装歩兵の後ろから戦場を眺めていた。

 もし人間たちの軍であれば、相手は最初から降伏しただろう。

 しかし戦いを好み力こそ正義の魔族は、戦の一つもせず負けは認めない。たとえ自分たちの魔王が既に倒されていたとしてもだ。

 そういうものである。

「魔王様が捕らえた連中を解き放ったのも一因ですぞ」

「降伏した奴を殺すことも出来まい」

「捕らえておけばよかったでしょうが! もっと思いっきり戦いたいと言っている者を解き放つから面倒になるのですぞ」

 爺や不満そうだ。


 その間もイスルギは、逐次来る戦況報告を頷いて聞いている。

 少し前のこと、イスルギ領に獣魔王が攻め込んできた。それを返り討ちにして獣魔王を討ち取り、逆に相手領へと攻め込んだのが今である。

「それを言うのであれば、俺が先頭に立って突っ込むのが一番面倒がない」

「駄目と言っておりましょうが」

「なんなら、俺一人で相手軍を相手にしてもよい」

「もっと駄目に決まっております」

 イスルギであれば、相手軍を一人で相手にしても余裕で勝てる。

 それが魔王という存在だ。

 しかし、それでは相手が納得しない。対等に近い力の相手と全力で戦ってこそ素直に降伏し従うのだ。非常に面倒くさい。

「まあ仕方がないか。配下にも活躍の場を与えねばならんからな」

 王という立場で一人無双して、功績を独り占めにはできない。

 どれだけ非効率で無駄や犠牲が多かろうと、戦をせねばならないのだった。

「そろそろ決着がつきそうだな」

 重装歩兵は一度は押されたものの、そこにクシナが炎を纏って飛び込んだことで皆が奮起。持ちこたえる間に獣魔王軍は勢いを失っていく。

 そこに両翼から騎士と歩兵が突っ込み獣魔王軍を追い込んだ。

 獣魔王軍側の指揮官は奮戦するも劣勢は覆せず、最後に一騎打ちを求めたところイスルギ配下の幹部が応えた。

 皆が見つめる前で両者による激しい戦いが開始された。

 両雄共に傷つきながら全力を尽くし、最後には互いを讃え認め合って手を握り合う。これに戦場は万雷の如き拍手喝采に包まれ、ようやく相手側も納得して降伏。イスルギ軍の勝利が確定した。


「すまんが……もう一度言ってくれ」

 イスルギは眉間を揉みながら、報告に来た部下に告げた。

 ちなみに隣に立つ爺やの顔色はとても悪い。エルダーリッチの青ざめた顔が、さらに青くなっていた。同席するクシナとその肩にのる小妖精は揃って欠伸をしている。

「はっ! 宝物庫にあったのは金貨数枚のみです」

「なるほど。なるほど……なるほど、ご苦労」

「はっ!」

 部下は敬礼をすると、そそくさと逃げるようにして退席していく。

 この戦は報復によるものではなかった。

 イスルギ領に攻め込んできた獣魔王ガングニートが原因で、魔王城に被害が出てため、その復旧費用を確保するため、こうして攻め込んだのだ。

 まさか、その攻めた相手の宝物庫が空っぽとは誰が思うだろうか。

「おい、これはどういう事だ?」

 イスルギは捕らえた獣人に問いかけた。

 その獣人は隊長格で、少し前に軽く拳を交えもした顔見知りだ。

「この領は常にあちこち戦を仕掛けておりましたので」

「戦のしすぎで金がないと?」

「はっ! それで金がないため、金を得るためさらに他国を攻めて、さらに金がなくなる始末。起死回生を求め、魔王不在の貴領を攻めたというわけでして」

「……馬鹿すぎる」

 どうして魔王ガングニートをあっさり仕留めたのだろうかと、イスルギは強く後悔した。生かしておけば多少でも鬱憤晴らしになっただろう。


「待て、それでは領内の経営はどうなっている?」

「相継ぐ重税で民は貧困しております」

「まさか、あれだけ歓迎してくれた理由は……」

「はっ! 魔王イスルギ領の繁栄ぶりは、多くの者が知るところですので」

 イスルギは思わず天井を仰ぎ見た。そして爺やは白眼を剥いている。

 街に入った直後、沿道に市民が集まり盛んに歓声をあげていた。てっきりそれは、戦の見事さを讃えてものだとばかり思っていた。

 どうやらそれは間違いで、新しい魔王の統治を期待してだったらしい。

「ちなみにですが、この領の経済状態ですが――」

 説明を受けたイスルギは言葉もなく顔に手を当て、爺やは頭を抱えた。

 なぜなら、どう聞いても経済破綻寸前なのだ。このまま放置しておけば、大量の難民が発生しかねない。もちろんイスルギ領に雪崩れ込んでくるだろう。

 その辺りを理解しないクシナと小妖精は顔を見合わせ小首を傾げている。

 ――もしやこれは高度な嫌がらせではないか?

 急に魔王ガングニートが恐ろしいやつに思えてきた。

 このような、とんでもない負担を押し付けるなど生半可ではできやしない。ただ一番恐ろしい事は、それを意図せずやった上に、当の本人は既に死んでいるという事なのだが。

 ただ単に財貨を奪いに来ただけが、とんでもない事になっていた。


 イスルギは深々と息を吐いた。

 攻め込んで関わった以上は何とかするしかない。これで放置しこの国が経済破綻すれば、周りはイスルギが原因だと思うだろう。

 それは最悪だ。

「お前、名前は?」

「バウマン」

「よし分かった、何とかしてやろう」

 途端に爺やが悲鳴のような声をあげる。

「魔王様ぁ!?」

 もちろん、ここで手を出さねば後が大変な事は分かっている。それでも悲鳴をあげたくなるのが、ひとつの領を背負うという重責である。

「そう言うな、この国にも官僚はいるだろう。この経済破綻寸前の国を今まで持たせてきた優秀な連中がだ」

「むっ、それは確かに」

「少しの辛抱だ。ここの配置は、うちの官僚を四割。逆に、こちらの官僚をうちに連れて行って様子を見る。あとは入れ替えつつ回して様子を見ていく」

「で、魔王様は?」

「もちろん、あちらを続ける」

 爺やの目が冷たくなるので、イスルギは視線を逸らせた。もちろんクシナも関わりたくないので横を向く。慌てて小妖精も真似していた。

「俺は魔王だからな」

 魔王というものは君臨するだけで支配はしない。気紛れで指示をして、それを実行するのが配下である。

 だからこそ、この獣魔王領は経済破綻寸前でも戦をしていたのだし、イスルギは人の街に行って好き勝手に用品店をやっていられるのだ。

「バウマン、お前をここの執政官とする」

「よろしいので?」

「構わん。お前がどんな奴かは、戦いを通じ理解している。真面目で律儀な奴だ」

「……承知。以後、貴君にお仕え致す」

 膝を突くバウマンに、その後ろに控えていた獣人達も倣っている。

 とりあえず扱き使える要員の確保は成功した。


 だが、そんな時に声をあげるものがいた。

「それに異議あり。執政官は我に任せて貰いたい。我はゼゲレス、この国の宰相であった者だ」

 丈の長いローブを身に纏い、さしずめ魔神官といった姿格好だ。

「御身の前に膝をつき、忠誠を誓おう」

「お前は戦闘の場では見なかったようだがな」

「あのような戦いは無駄。この国には我のような者が必要であれば、戦いで身を危うくするわけにはいかん」

 ゼゲレスは何度も頷く。

 さらに語りだすのは、如何に自分が苦労し領を支えてきたかだ。もちろん、かつての主であるガングニートの愚かさについてもだ。

 バウマンをはじめとした獣人たちは忌々しそうな顔をしている。

 爺やもクシナも不満そうな顔。もちろん小妖精だって同意して頷いている。

「この国を支配するならば、我を執政官とすべき。我は、とても役に立つ者だ」

「なるほど」

「我の能力は貴君のような下でこそ、より輝く」

 恭しく会釈をするゼゲレスのローブは上質なもので、しかも少しも汚れていない。身に付けている装身具は、金や宝石がふんだんに使用された豪華なものだ。

「確かにお前が言う通りだ。宰相であった者がいれば、領内の運営は上手く回るに違いない。そしてガングニートが愚かだったのも確かなことだ」

 イスルギは腕を組み何度も頷いた。


「しかし、俺はあいつに感心しているところがある。それは最後まで戦ったところだ。奴は小細工を弄したが、自ら先頭に立って行動した。そして俺に勝てないと思っても、諦めずに全力を尽くし戦い続けた。それこそ最期までな」

 周りにいた獣人たちは黙り込み、イスルギを見つめている。

「俺はそういう奴が好きだ。馬鹿みたいに真っ直ぐで、諦めることすら知らないような、最後の瞬間まで進むことを止めないような。そんな者が好きだ」

 イスルギの言葉にゼゲレスは困惑気味だ。

 一方で獣人たちは何か込み上げるものを堪え目を潤ませ鼻をすすった。爺やはにやつき、そしてクシナと小妖精は笑っている。

「だが、お前は違う。お前は自分だけ安全な場所に身を起き何もせず、タイミングを見計らって俺に取り入ろうとしてきた」

「そのような事は……」

「俺はお前のような奴を必要としない。そんな奴がのさばる事を望まない。何より気に入らん、よって殺す」

「ひっひいいいっ」

 恐ろしい存在からゼゲレスは背を向け逃げだした。

 だが魔王からは逃げられない。指を軽く鳴らすだけで閃光が迸り、稲妻となってゼゲレスを貫き四散させた。

「これより、この領を魔王イスルギが支配する。各自、励め」

 皆がひれ伏す中で、イスルギはクシナを伴い転移の魔法で姿を消した。

 なぜなら店はヤサカに任せ、夕食までに戻ると約束して出て来たのである。そろそろ戻らねば夕食がどうなるか心配だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る