第20話 見つけたもの(魔)

 ダンジョンを人工物と主張する事は、実に無知蒙昧なるとしか言い様がない。

 なぜなら人工物を地下空間に建造する莫大な費用と労力、内部にモンスターが生息できるだけの環境を整え維持する魔力を考えれば、それが到底不可能だという事は自明の理であるのだから。

 各地に存在するダンジョンは明らかに生きており、また意志を有している事は間違いのない事実である。

 その根拠の一つをあげるとすれば、ダンジョン内部において特定の行動をとった時に見られる反応である。たとえば壁面を破壊しようとした場合、その行動をとった者は即座に排除される。

 驚くことに転移の魔法に類した手法でダンジョン外へと送られるのだ。

 これは生物が自分の身を守ろうとする行動と同一であろう。

 しかも同一勇者が繰り返しダンジョンで破壊活動を行おうとしたところ、突如として即死トラップが発生。また面白い事に、この者が別のダンジョンに赴いた際にも即死トラップが発生したという報告もある。

 ダンジョン同士が何らかの方法によって意志疎通をしている事は明らかである。これについて賢者ゲヌーク如きは愚かな異論を唱え――【ダンジョン新考 著:サネモ・ハタケ】より抜粋


 誰にも見えぬ空間。

 その中で会話をするのはダンジョンたちだった。もちろん本体は動けないため、ここには意識だけを飛ばして集まっている。

『というわけで、いっぱいアイテムを持ってかれたけど魔力をたっぷり貰ったの』

 カノリーヌは得意げに言った。

 意識だけの存在なので、自分の好きな姿を投射している。もちろんカノリーヌ好みの可愛いと思う姿だ。

『それは羨ましい……のか? アイテム持ってかれて』

『でもね、同じだけアイテム生成しても余るぐらいの魔力だったから』

『羨ましいけど。生成するの面倒そ』

『うーん。また生成するの楽しかったし、いいかなって』

 実際カノリーヌにとって、アイテム生成は楽しいことだ。どうしたら喜んで貰えるか、それを考えながら可愛いものをつくる時間はかけがえが無い。

 だが、それに同意してくれるダンジョンは少なかった。

 その中でもカノリーヌの近くにあるダンジョン――と言っても、実際にはかなり離れている――のクウチャニアスは馬鹿にしたような態度をとる。

 お隣という事で、何かと張り合ってくるのだ。

『苦労してつくったトラップが効かないとか、三流ダンジョンね。しかもアイテムをそんな風に奪われるなんてダメダメよ』

『でも魔力貰えたもん』

『たまたまでしょ。まったく、最深部まで到達されるとか。なーにやってんの』

『…………』

 カノリーヌが黙ったのは、コアまで到達された事は皆に言っていないからだ。もし言っていれば、もっとバカにされたに違いないので言わなくて正解だった。

『もしも私のところにきたら。そうね、もう二度とそんな事が出来ないようにケチョンケチョンにして追い返してあげるわ!』

 ダンジョンのクウチャニアスは投影している姿で高飛車な態度をとってみせた。

 これに対しカノリーヌは少しだけ心配になった。なぜなら内部に来る人間たちがよく口にする言葉を聞いて知っているのだ、フラグ乙という言葉を。


 イスルギは転移の魔法で勇者用品店を出ると、山中へと跳んだ。出るときには気にしなかったが、夕方の優しい光があたりを包んでいた。

 ここから山道までは少し距離があり、また山道を外れると途端に手強いモンスターが出現する。だから誰もここには近寄らないため、まさに自然の美だ。

 咲き乱れる草花が夕日の中に美しくクシナは嬉しそうにしている。

 その肩に小妖精を見つけ、イスルギは苦笑気味に笑った。

「まあいい、行こう」

 クシナを促し今日の目的へ向け移動する。

 木々や小薮をぬけて山道に出て歩きだすと、向かいから疲れた様子の集団がやって来た。イスルギとクシナの姿を見て、軽く驚いた様子だ。

「あんたら、今から行くのかい? ダンジョンに」

「少し出るのが遅くなってしまったのでね」

 イスルギの言葉に、相手は頭を横に振った。

「今から行っても、ろくなもんは残ってないと思うがね。それにな、ここのダンジョンは止めといた方がいいぜ」

「意地が悪いのだろう?」

「そっそ。今日なんてな入った直後に落とし穴だ、しかも中はヌルヌルする液体入りのな。休めそうな場所に必ずトラップがあるし。まあ逆に分かりやすいと言えば分かりやすいんだが……」

 半分愚痴なのだろう。

 いろんな種類のちまちました、みえみえのトラップが幾つもある。ただし無視して回避ばかりしていると、急速に殺意があがって危険度がましていく。その面倒を越えた先に宝箱があってもハズレと書いた紙一枚だったりと、とにかく意地が悪い。

「だから不人気ダンジョンってもんさ」

「ふむ、だから逆に良いものが残っているかと思ったのだが」

「あるにはあるけどよ、あのダンジョンはケチなんで少ないんだよ。しかもモンスターはゴーレムばっかりだ」

「なるほど。一応行くだけは行くつもりだ」

「そうか、気を付けなよ」

 相手はクシナを見ながら言った。どうやら魔術師といった軽装の可愛らしい少女が酷い目に遭わないかと心配らしい。

 確かに見た目としては、その通りだろう。

 イスルギは軽く礼を言ってダンジョンに向け歩きだした。


 クウチャニアスは笑った。

 なぜなら今日はダンジョン終いと思っていたところに来た二人組の片方が、カノリーヌから注意されていた魔力の質と同じだと気付いたからだ。

 カノリーヌの最深部まで行ったとは許しがたい。

 もし万が一にもコアに到達され、それを破壊されていたとしたら――想像していたクウチャニアスに殺意が漲りだす。

『そうよ! もしかしたら話し相手が減ってたじゃないの!!』

 絶対に痛めつけてやると誓って、まず最初は安全そうに見せかけ少しずつ奥に行かせる作戦とした。奥で一気に襲い掛かるのだ、徹底的にやってやるのだ。

『さあ、見ていなさい!』

 クウチャニアスの狙い通り相手は警戒した様子もなく進んでくる。

 大きいのと小さいのと、更に凄く小さいのがいるのだが。その凄く小さい方がやたらとクウチャニアスが意識を置いた位置へと顔を向けてくる。

 多分気のせいだろうが、妙な感じだ。

『ここで!』

 階段から出た直後に落とし穴、もちろん中は煮えたぎる油で満たしてある――が、平然と回避されてしまった。まるで予想されていたように跳び越えられたのだ。

『まだまだ』

 着地点に念の為にと設置したトラップで、壁から炎が吹き出す――が、しかし炎を浴びても平然としている。どっちも全く気にしてない。

 驚愕するクウチャニアスだが、凄く小さい方の視線に気付いた。

 見られている。

 間違いなく見られている。

『こうなったら!!』

 ゴーレムを出動させる。

 これはかなり強い。なぜならモンスターたちが何故か居着いてくれないので、警備のためのゴーレムを作り続けた結果上達したからだ。

 だが大きい方には素手で、それならと狙った小さい方には魔法で壊される。

『ああああっ! 私のゴーレムたちがぁ!』

 出来るだけ可愛くつくったゴーレムが無惨な姿になって、クウチャニアスは悲鳴をあげた。しかも相手の進みは止まらない。

 宝箱が次々と開けられていく。そこに仕掛けてあったトラップも意味が無い。さらには隠し宝箱まで見つけられている。

『もういい、もういいわ。今日は見逃してあげる! 帰りなさい!』

 クウチャニアスは通路を閉鎖した。


 新たな階層の内部を確認すると、進める場所が確認出来なかった。しかしイスルギが首を傾げた理由は、ダンジョンコアらしいものを感じられなかったからだ。

「ふむ、少しおかしいが。ここが最深部のようだな」

「んー」

「どうした?」

 クシナの視線を辿ると小妖精が奥を指差している。

 どうやら進めと言いたいらしいので、それに従い進んでいくと行き止まりだ。しかし、小妖精はその行き止まりの壁を指差し主張している。

「なるほど、ここか」

 イスルギが無造作に――だが魔王の力を込め――拳をぶつけると壁が一撃で破壊され、その後ろは空洞となっていた。

「隠し階段というやつか、こういった趣向も面白いものだな」

「褒めてあげて」

「ああ、その子のお陰だな」

「そっ」

 イスルギとクシナに褒められて小妖精は得意そうに威張っている。それで張り切ったのか、つぎつぎと進路を示して大活躍だ。

「いっぱい大量」

「そうだな、かなりの量を確保出来たな。だがデザインがな……」

 イスルギは手に入れたばかりの剣を見やった。魔力が込められた業物だが、いかんせん持ち手の先にネコを模した可愛い彫刻がされている。しかも色はピンクだ。

「可愛い」

「……そうか」

 言及を避けたイスルギは魔力の流れを辿って歩きだした。

 そして何の変哲も無い壁に手を当て力を入れ、押し破ってその先にある空間――すなわちダンジョンコアのある部屋へと侵入した。

 コアは激しく明滅している。

 前に見たコアよりも慌ただしい光り具合で、きっとそういう個性なのだろう。

「なかなか楽しめた。感謝する」

 魔王の力を解き放ち、そこに込められた魔力を広げていく。さらにクシナもアークデーモンとしての力を解放し、あと小妖精もちょっぴり協力している。

「クシナは気に入ったのか」

「可愛いアイテム」

「そ、そうか……可愛いか」

 どうやらクシナは、ネコ柄デザインが本当に気に入っているらしい。

「では、帰るとしよう。またいずれ来よう」

 イスルギは魔法を発動し勇者用品店へと転移した。クシナと小妖精はコアに向かって手を振ってから姿を消した。

 後に残されたコアは激しく光を明滅させている。

 それはまるで悲鳴のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る