第19話 見つけたもの(勇)

「来たか、レンタリウス」

 そう言った仲間の目線は冷ややかで、その隣にいる皆も似たような眼をしている。なんとなく嫌な予感のしたレンタリウスだが、あえてそれを無視しておいた。

「すまない、僕が一番最後だったみたいだね。それで? 急に集まれってのはどうしたんだい。何か新しい良い依頼が見つかったのかい?」

「ああ、新しい依頼が入った。それも、けっこう難易度が高いやつが」

「そっか、それなら頑張らないとだね」

「いや頑張る必要は無い。お前はな」

「…………」

「お前とは今日までにさせてくれ」

 予感はあった。

 ずっと一緒にやって来た仲間たちの様子が、ここ最近妙によそよそしい事は気づいていた。たとえば戦闘後に軽く困り顔をされたり。または楽しげに笑っている皆に近づくと急に黙り込んで話が終わってしまったりとか。

 そうした雰囲気を感じて、ひょっとしてと思わなかったと言えば嘘になる。

 だがショックはショックだ。

「ど、どうして? 僕らはずっと一緒にやって来た仲間じゃないか」

「そうは言うけどな。今度のは難易度が高いし、これからもそのレベルの依頼を受ける。でも、お前には厳しいだろ」

「…………」

 実際その通りだった。

 勇者になりたての頃は、そこそこ何でもやれた。だから周りから感心され驚かれ、そして期待をされていた。だが、全てはそこそこでしかない。

 皆が成長した中では、秀でた部分のない器用貧乏。

 これから先の戦いについていく事が厳しいと分かっている。

 むしろこれまで、皆が自分に合わせてくれていた事は知っていた。戦闘中にフォローしていてくれた事も。

「それを一番よく理解しているのは、お前自身だろ」

「まあ、そうだよね……」

「悪いとは思っている」

「いやいいんだ、僕の方こそ悪かったよ。皆、今までありがとう!」

 惨めな別れ方だけはしたくなかった。

 だから、精一杯の笑顔でレンタリウスは別れを告げる。それに対し元仲間たちは、そっと目を逸らしていた。


 レンタリウスは人で賑わう大通りを、とぼとぼ歩いていく。

 ちょっと大柄で剣と革鎧を装備しているが、ちょっと間延びした顔立ちは優しめで無害そうな雰囲気。実際、性格もそういったものなのだ。

 だから勇者として大成できないだった。

「いや実際仕方ないよね……皆の気持ちも分かるし」

 深々と息を吐く。

 落ち込んでいないと言えば嘘になるが、しかし実際そこまで落ち込んでいない。

 皆の足を引っ張り迷惑をかけたのは事実で、これから先だってもっと迷惑をかけただろう。無理についていけば、皆を危険に晒してしまう。

 勇者は復活出来るが、それでも自分が原因でパーティ全滅はさせたくない。

 たぶん潮時だったのだろう。

「本当なら自分から言うべきだったのだろうね。悪い事をしたよ」

 パーティの供託金から取り分を貰ったので、しばらくは生活に困らない。だが生活はこれから先もずっと続く。稼がなければ減る一方。

 ならば、これを未来に進むために使うしかない。

「そうなると……探してみよう、勇者用品店ってところを」

 前に酒場でちらりと聞いた事があるのだ。

 勇者用品店という、とても良い店があると。その時はあまり気にも留めず、この街には店が沢山あるので探す気にもなれなかった。

 そもそも噂では店主が破格の値段で装備を譲ってくれるとか、驚くような名品を用意してくれるとか。にわかには信じがたい噂だったのだ。

 皆で都市伝説の一つだと笑っていたが――それは良い思い出である。

「ふう……」

 それで皆のことを思い出して、レンタリウスは肩を落とした。

 今はその都市伝説に縋りたい気分であるし、どうせしばらくは暇。その勇者用品店を探してみるのも一興かもしれない。


「この辺り、かな?」

 レンタリウスは辺りを見回した。

 大通りから一つ入ったサンゴー通りという場所である。通りのあちこちにゴミがあったり、壊れた樽が転がっていたりだ。

 建物の陰から様子を窺っている人もいたりと、あまり雰囲気が良くない。

「なんとなく違うような気がそこはかとなく……」

 呟いて頬を掻く。

 結構あちこち歩き回って疲れている。人から人へと紹介され辿り着いた場所だが、何となく違う気がする。赤い屋根の白い壁の店は、どこにもない。

 誰かに聞きたいが聞けそうな相手が――いた。

 向こうから歩いてくる女性は濃紺の服を着て身なりが整っている。レンタリウスは直感で、この人は良い人に違いないと思った。

「あのうすいません」

「はーい? あたしですか? 見たところ、お兄さん悪そうな人じゃないですね。でも変な用事だったら駄目ですよー。至近距離から顔面に魔法をぶちかましますよ」

「いえ違います。もし御存知だったら教えて欲しい事がありまして」

「そかそか、でもこういう時はさ。ちゃんと名乗らないと駄目だって思うよー」

「あっ、そうですね。僕、レンタリウスと言います」

「なるほどなるほど、レンタリウス君ね。あたしはフィーナ。いいよー、知ってる事なら教えてあげる。でも、知らない事は教えられないけどね」

「勇者用品店という店を知って――」

 そう言った途端にフィーナは手を挙げた。

「はいっ、あたしの後ろについて来よっか。今から丁度、そこ行くとこなんで」

 フィーナによれば、勇者用品店は大通りを挟んだ反対側だったそうだ。かなり惜しいとこまで来ていたと笑われてしまった。


 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。


 噂通り赤い屋根に白い壁のこぢんまりとした店だった。

「店主、来てあげたよ。しかもね、お客さんを見つけて連れてきたの。どう! これはもう、あたしを褒めるべきだと思わない?」

「ありがとう、感謝する」

 イスルギと名乗った店主は堂々としていて、王のような風格があると言えるぐらいだ。王という相手は見た事もないのだが、そういった立派な人の雰囲気があった。

 そんな相手だが、フィーナの様子からすると気さくな人らしい。

「ほらレンタリウス君、店主に頼めばなんでも出てくるよー」

「その通り、この店は勇者に必要なものを提供する。なければ取り寄せもする。必要な物は何かな」

 言われて初めて、ここに何を求めて来たのだろうと思ってしまう。

 慌てて店の中を見回す。

 どれもこれも良い品で凄いと分かるが、いろいろありすぎて分からない。今の自分に何が必要なのか、考えたいが凄い品々に圧倒されてしまって考えられなかった。

「えっと……」

「ふむ、どうやら君が必要とするものは決まっていないようだ。よければ少し話しを聞かせて貰おうじゃないか」

 そう言ってイスルギは店の中央にある大テーブルの席へ手を向け促した。

 フィーナと見れば、既にちゃっかり座っている。ヤサカという女性から蜂蜜茶を貰って菓子まで摘まんで聞く気満々だ。

 ここに品を買いに来たはずが、どうにも変な方向になってしまった。


 レンタリウスは、ここに来るに至った理由を語った。

「――と、言うわけです」

 ぱりぽりと響く音はフィーナとクシナが菓子を囓る音だ。前者は興味津々、後者は無関心そのもの。ただし菓子に手を伸ばす様子は変わらない。

「なるほど、仕方の無い話だな。パーティは仲が良いだけではやっていけない。互いに対等であるからこそ一緒にやっていけるわけだ」

「僕もそう思います。だから、これからは自分の力で頑張ろうと思って」

「なるほど。それで、ここを探して装備を手に入れようと思ったわけだな」

「でも、何が自分に必要なのかが……」

「少なくともそれは装備ではないと、俺は思うがな」

「装備ではない?」

 レンタリウスが戸惑う。

 そんな時であった、フィーナが菓子を食べ終え蜂蜜茶を飲んで口を潤したのは。

「偉い! レンタリウス君は偉い!」

「えぇ?」

「そういう風に考えられるのが偉いよ! よし決めた、お姉さんとコンビを組もう。それがいい!」

「コンビ!? しかもお姉さんって、僕の方が年上では……」

「道に迷って泣いてた子が何を言うかな」

「いやいや迷ってませんし泣いてもいませんでしたよ」

 一生懸命否定するレンタリウスと、更にからかうフィーナ。

 そんな様子は、なかなか似合いのコンビなりそうだ。

 複数人のパーティでなら、互いに対等でなければやっていけない。しかしコンビなら話は別だ。片方が主導権を握って、お互いに協力しあっていけばいいのだから。

 急展開にレンタリウスは頭を掻いて戸惑った。

 ――参ったな。

 しかしレンタリウスが真に必要としていたものは、この勇者用品店で見つかっていた。つまりそれは、かけがえのない仲間というものだ。

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