第18話 始まり(魔)
カーテンの隙間から差し込む日射しを感じ、ヤサカは寝具の上で小さく伸びをした。そのまま毛布に潜り込み日射しを避けようとするのは、ヴァンパイアとしての本能――などではない。
ただ単に眠いからだけだ。
――ああ、いけない。今日はゴミの日でした。
ふと思い出したヤサカは名残惜しく思いながら毛布をはねのけ起き上がる。そしてベッドに腰掛け身支度をするが、動くのが面倒なため、転移の魔法を応用し着替えを取り寄せる。
とんだ横着で、とても他人様に見せられたものではない。
もちろん主にもだ。
肌着を脱いで白シャツへと着替えると、ヤサカは迷いに迷って赤系のスカートを選んだ。主は服装に無頓着なタイプだが、だからと言って手を抜きたくはない。
「ですけど、これでは少し色合いが足りませんね」
白シャツに赤のスカートだけでは寂しすぎる。
襟元を赤リボンで飾ってみて、さらに腰にも布を巻く。それでヤサカは満足して頷いた。
「んーっ!」
大きく伸びをしながら背を伸ばすと、今日という日を開始する。
まずゴミを入れた麻袋を持って外に出て、箒で店の前を掃き清めだす。花びらや枝葉、風で飛んできた布端や紐などはゴミ袋に。細かな砂や小石は横に寄せた。
さらに花壇の枯れてきた花は摘み、如雨露での水やりをする。
付近の店や家々でも似たような光景が見られるのだが、寝ぼけ眼の子供が一生懸命やっている姿を見つけてヤサカは微笑した。
静かな街並みにガタゴトと車輪の音が響いてきた。
三日に一回のゴミ回収の荷馬車で、既にかなりの量が積まれている。御者のニングさんも、馬のスブロとも顔見知りだ。
手を挙げ合図をしながら挨拶をした。
「おはようございまーす」
「やあ、ヤサカちゃん。今日もお掃除頑張ってるね、感心感心」
「もちろんです。こちら、お願いしますね」
「あいよ貰っていくよ」
渡した麻袋が荷台に積まれ、ガタゴト音を響かせながら通り過ぎていく。箒や如雨露の片付けをしながら見やると、向こうでも同じようにしてゴミが回収されていた。
それが朝の風景。
ヤサカは店であり家でもある建物へと戻った。
中では主が朝食の準備をしていた。
ちらりと見るとサラダの準備が終わり、スープは湯気を立てている。フライパンに目玉焼きにベーコンと小野菜が置かれ、これから焼かれるところ。隣ではパンを炙る準備も整っていた。
流石に主は手慣れている。
もう少しで朝食は完成なのだが――。
「すまないが、クシナを起こしてきてくれ」
「やっぱりですか……」
ヤサカは軽く息を吐いた。
今日もクシナは寝坊、起こしに行くのも日課の一つとなりつつある。
部屋に行くと、クシナは枕を抱えて丸まり突っ伏していた。起きようとしたが、途中で力尽きたらしい。
ついでに言えば、いつの間にか居着いた小妖精も似たような姿だった。
とてもではないが、どちらも主に見せられた姿ではない。
「起きなさい。もう直ぐ朝ご飯ですよ」
「…………」
「まったくもう」
ヤサカは両手を腰に当て眉を寄せた。
起きたくない気持ちは、とてもよく分かる。だがこれ以上、主を待たせるわけにはいかなかった。
「さあ、これでどうです」
窓のカーテンを全開にした。
差し込んだ日射しに、クシナはジタバタ暴れている。もちろんアークデーモンなので日光が弱点というわけではない。もちろん小妖精も。
ただ単に眩しいだけだ。
「まだ眠い」
「イスルギ様手ずからの朝食ができますよ」
「起きる」
ようやくクシナは、もそもそベッドの上を動いて起きだした。
だが、その姿を見てヤサカは思わず額を手で押さえてしまった。なぜならクシナの金色をした長い髪は酷く乱れていたのだ。
アークデーモン一族の令嬢として育てられたクシナは、身の回りのことは無頓着。放っておけば、このままの姿を主に見せかねない。
「少し待ちなさい」
クシナを抑えて、ヤサカは櫛を手に取る。
そして金色の髪を軽く梳いて整え、さらに赤い大きなリボンもつけた。
「んっ、ありがと」
「いえいえ、どういたしまして。それでは行きますよ。あっ――待ちなさい」
クシナは大急ぎで部屋を出て行った。その髪につかまる小妖精と共に。
朝食を終えて、全員で店内の大テーブルの周りに立った。
「それでは開店とするかな」
言葉と共に主が玄関ドアに向かう。外の看板を架け替えに行くのだ。
それをヤサカは笑顔で見つめ耳を澄ませる。実を言えば、この開閉する時に響くドアベルの音が好きだった。
客が開けた時とは、ちょっとだけ違う音色がするのだ。
もちろんそれは気のせいかもしれない。だが、あのドアベルはドワーフの中でも一番の名工が鍛えて造りあげたものだ。
そういった不思議な力がある――と、信じている。
主の鳴らすドアベルは今日も二回とも、それぞれ別の音色を奏でた。間違いない。
ヤサカはそれを確認すると、店の奥にある一間へと向かった。
そこで勇者用品店の売り上げの帳簿付けを行う。もちろん単にそれだけはなく、魔王城から送られて来る書類の確認もせねばならない。
あちらはあちらで、いろいろある。
ここ最近はさらに仕事が増えているため、軽くうんざりするような量だ。それでも魔王の副官として目を通さねばならない書類だけが来ているのだが。
少し前に魔王城が襲撃されたのだから仕方がない。
相手は撃退されたとは言え、後処理というものがある。間違いなく、しばらく顔を出さない方が良さそうだ。爺や様につかまれば、愚痴と共に仕事の手伝いをさせられてしまうだろうから。
「あっ、お客さん」
ちらっと店を確認すれば、ドアベルと共に来店したのは顔見知りの勇者だった。
しばし手を止めたヤサカは、嬉しそうに接客する主の姿を眺める。それを見るときほど楽しい時はない。
「んっ、これ出来た」
クシナがやって来て、小さな袋を差し出した。
何の変哲も無い革袋に見えるが、ヤサカの真祖としての目には強い魔力を帯びている事が確認出来ていた。
このクシナは錬金の術を用い、特殊な道具を錬成できるのだ。
ただし本人も扱いきれていないらしく、あまり安定していない。だから失敗も多いのだが今回は成功のようだ。
――でも成功しすぎですね。
ヤサカは心密かに肩を落とした。
この革袋は内部が特殊な空間となっていて、見た目より多くのものが納められるようになっている。それだけであれば、まだ売り物になった。
だが宿している魔力からすると、中に納められる量が桁違いだ。
売り物になるどころか、これを巡って国家間の争いが起きそうなぐらいである。
だが、自信ありげに見つめてくるクシナにそんな事は言えない。
「これは凄いですね」
とたんにクシナは胸を張って得意そうになった。なぜか小妖精も威張っている。どっちも可愛いのでヤサカは微笑んだ。
「とても凄いので、まずは魔王城に送るとしましょう」
「んー?」
「勇者に使わせるのは勿体ないですし、これは爺や様にお見せしましょうか。きっと魔王城で役に立ってくれますね」
実際には魔王城に送れば封印案件だろう。
こうした品を、主に見つかる前に回収し魔王城に送るのもヤサカの役目だった。これが勇者に渡っては大変だ。
「では次は勇者用に、もっと質を落とすとしましょうか」
そう告げれば、もっともだとクシナは頷いた。
主の手伝いで勇者支援の品を用意しているが、別に勇者の応援をしたいわけではない。その点は、主とは違うのである。
日が暮れる頃に閉店となる。
この時も主が看板の架け替えに行くので、その時のドアベルを聞くのもヤサカの楽しみであった。出て入って二回音を聞いた後は、もう邪魔な勇者は来なくなる。
「さて、今日の夕食はどうするかな」
「我が主の望むがままに」
「そう言われてもな」
少し困り気味の主の様子が、ちょっとだけ楽しくて微笑してしまう。こうして言葉を交わしているだけで楽しくなる。
あと、そう答えれば主が次に誰に尋ねるかは分かっているからだ。
「ではクシナは何が食べたいのだ?」
「お肉!」
「そうか肉か……どこか良い店があったか?」
クシナにも選ばせてやりたいというのが、ヤサカの考えだった。もちろん、その後で主が再び自分に問いかけてくるのも分かってのことだ。
「でしたら、ちょうど良いお店を聞いています。ただ酒場になりますので、少々賑やかしいかと思いますが」
「賑やかしいのであれば構わんさ。そこに行くとしよう」
「畏まりました」
頷いて戸締まりをしていく。
本当は罠を仕掛け、ある程度のモンスターを用意し防犯対策をしたい。だが、それはご近所迷惑だからと主に禁止されている。
どのみち誰かが侵入すれば、即座に主が感知できるので問題ないのだが。
「では参りましょうか。
クシナを真ん中に挟んで手を繋ぎ、三人揃って人の街へと繰り出す。
仲良く楽しげな様子を見れば、誰もそれを魔王とアークデーモンと真祖とは思わないに違いない。
今日も無事に、ありきたりな日々が終わっていく。
明日もきっと、ありきたりな日々が始まるだろう。
ヤサカは空に昇る月を見やって微笑んだ。
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