第16話 誤算(魔)
魔王の住まう城が魔王城、魔王城のある地が魔王領。魔王領には街や村がある。街や村には数多くの魔族が暮らす。魔族たちは泣いたり笑ったり喜んだり、当たり前の生活をしている。
全ては魔王という強大な力持つ存在の下で秩序を持ち生きていた。
だからこそ稀に勘違いする者が現れるのだ。強ささえあれば自分が王になれるのだと、相手を支配できるのだと。そう無邪気に信じてしまう者が。
魔王城から伝令としてやって来たのは小妖精だった。
伝令内容は魔族の有力氏族に強襲され、魔王城は陥落寸前。既に多くの者が捕らえられ傷つき被害を受けているというものだった。
「ご苦労だったな」
イスルギは伝令内容を聞くなり渋面となった。
途端に小妖精はイスルギの手から逃げるようにして飛び降りる。身軽に駆け、今度は見上げるような高さのテーブルの上までジャンプ。そしてヤサカの手の中に逃げ込む。さらにイスルギを指差しながら、甲高い早口で苦情を訴えている。
お陰でヤサカは苦笑気味だ。
「伝令が出た後から考えますと、もう既に城は占拠されているでしょうね」
「恐らくはな。今回の奴はなかなか手際が良いようだ」
「また、そんな事を……」
ヤサカは軽く眉を寄せ、叱るような顔でイスルギを見つめた。小妖精は顔真似をしながら両手を腰にあてている。
「しかし魔王城を占拠されたのであれば、俺は魔王でないとも言える」
「それは違いますね、イスルギ様がいるからこそ魔王城なのです」
「ならば、ここは勇者用品店ではなく魔王城なのか。いや、睨むな。冗談だ」
イスルギは軽く笑って椅子から立ち上がる。
「正直言えば、魔王城を占拠されようが関係ない。放っておいても自滅するだろう」
力こそ正義といった魔族を従えるのは容易ではない。
魔王城を占拠した者も、すぐにそれを思い知り悲鳴をあげる事になるだろう。
「だがしかし……俺は今、微妙に機嫌が悪い」
知り合いを亡くしたばかりだった。
穏やかに見送りはしたが、尾を引かないかと言えば嘘になる。お陰でイスルギはここ最近微妙に塞ぎ込んでいた。
つい先日も、調子にのっていた勇者を店から追い払ったぐらいだ。
「少し暴れたい気分だ」
「では、お供しましょう」
ヤサカは嬉しそうに微笑んだ。
小妖精は両者の顔を交互に見やって小首を傾げ逡巡している。しかしクシナの姿に気付くと、今度はそちらに引っ付いていった。
魔王城、玉座の間仁王立ちをするのは巨躯の獣人ガングニートだ。
全身を多う獣毛の下に素晴らしい筋肉の存在が感じられ、身に付けているものは腰巻き一つのみ。配下の報告を聞き高笑いをあげた。
「よし、イスルギが来たか! くかかっ! これも想定通り、問題ない!」
それに対し、ウンザリ顔をするのはエルダーリッチの爺や。魔封じの鎖にて、ぐるぐる巻きにされ拘束されていた。
「悪い事は言わんぞえ。今の内に降伏しておくのじゃな」
「はっ、いくら力があろうと数は力。ここにどれだけの兵を集めたと思う? この王宮だけでも千。それも、この日のため鍛えあげた精鋭達だ。それだけ相手にして魔力が持つものか」
「己は配下を捨て駒にする気か」
「捨て駒ではない! 侵入者が魔王の元に来るまでの試練である!」
「あーそうかい」
爺やは白眼をむいて呆れ返った。
だがそれをガングニートは、恐怖や絶望と思ったようだ。殊更得意そうになって、身を乗り出し嬉しげに喋りだす。
「しかも城門には魔砲も配置した。その一斉射撃には、ドラゴンですら倒れる」
「あーそうかい」
「前魔王を倒し、俺が魔王と証明する」
咆えるような笑いが玉座の間に響く。耳を塞ぎたくとも両手は鎖で縛られ、囚われの爺やはウンザリ顔を深めるばかりであった。
「やはり魔王城は郊外に建てるべきだな」
煙を上げ半壊する家屋を見やり、イスルギは何度も頷いた。城下の街は戦火に焼かれ損壊や倒壊が目立っている。
「そんな事をすれば、行政手続きで皆さんが面倒になりますよ」
「ならば出張所を街に配置してだな――」
くだらない事を喋りつつ、ゆっくり歩いて魔王城に向かう。
いつもは転移で玉座の間に行けるが、今は結界が張られているため徒歩で行くしかない。実際は強引に突破も出来る。
出来るがしかし、折角相手が準備してくれたのだ。
その思惑にのってやらねばつまらない。
「門で待ち構えるとは捻りがないな」
「いえ、普通はそういうものですよ。勇者を素通りさせるイスルギ様がおかしいと思います」
「勇者には好評なのだがな」
肩を竦めて進めば、多数の獣人兵が槍を手に身構えている。門塔には弓兵や魔法兵、さらには魔砲すら配置されていた。
「そこにあるは、魔王イスルギとお見受けする。我らは獣魔王ガングニートに従う一族。獣魔王の命に従い、剣を向けさせて頂く」
隊長格の獣人が離れた位置から大音声で語りかけてきた。
獣人に多い堅物武人タイプが正々堂々と名乗りをあげるので、イスルギも足を止め律儀に聞いてやっていた。
「よろしいか攻撃しますぞ」
「構わん、やってみろ」
「致し方なし……やれ!!」
合図と共に魔砲、魔法、矢、投げ槍、投石、気功波などなど様々な攻撃が襲ってきた。だがイスルギとヤサカ、あと一緒に来たクシナも平然としている。小妖精だけは両手で頬を押さえて絶叫ポーズだった。
それらの攻撃と攻撃によって生じる爆炎と噴煙と粉塵などなど、様々なものが立ち込める中をイスルギはゆっくりと歩んでいく。
ついでに物見遊山で集まった魔族たちを誤射から守ってやってもいる。
「で?」
その傷一つない姿に獣人兵たちは恐怖におののいていた。
ガングニートは挙動不審気味になっていた。
汗のかけない獣人のため冷や汗は出ず、ただ落ち着きなくするしかない。なぜなら配下から飛ぶようにして次々と報告が来るのだ。
城門は軽々と突破され、中庭でのさらなる集中砲火も効果なし。
重装兵の突撃もはね除けられ、近衛による斬り込みもたたき伏せられた。
あまりにも早すぎる。
「よし、大丈夫だ。奴は魔力を消費しすぎているぞ。この戦い、俺の勝ちだ」
不安そうな配下達を鼓舞するが、それが自分自身に対するものである事を、ガングニートは気付いていない。
玉座の間に通じる扉が開かれた。
「よく来たな、前魔王イスルギよ! この俺がガングニートだ」
ガングニートはマントを翻し凄味のある笑みをみせた。
「ああ、そうか。お前は運が悪いな、いま俺は微妙に機嫌が悪い。だから二つしか運命を選べない。死ぬか従うかだけだ」
イスルギは優しさのある声で言った。
だがイスルギの気遣いに、ガングニートは沈黙したままだ。その目には邪悪な怒りが宿って、激しい気迫でイスルギを睨んでいる。
「なめるなっ!」
巨躯が躍りあがって、拳を振り上げていた。
「愚かなことだ」
悠然と立つイスルギへと、構えをとったガングニートが猛然と襲い掛かった。鋭い爪の斬撃を軽く手で弾いて逸らしてやる。
だが戦いらしい戦いは、その程度だった。
イスルギの全身から莫大な量の魔力が立ちあがると、ガングニートは顔を引きつらせ、萎縮したように防戦一方となった。イスルギは少しも疲弊していなかったのである。全く格が違うことを思い知らされたのだ。
それでもガングニートは魔王を名乗るだけあり最期まで戦い続けた。
「身体を動かしたおかげで少しは気が晴れたな」
倒れ伏したガングニートを、しばし眺めおろしたあと、イスルギは呟いた。
魔王城は奪還され、怪我人は治療され、死者は生前の意思表示に基づきアンデッドに転生させるか判断される。
後は全て元通り――とはいかない。
「魔王様。魔王様が城門を破壊されたと聞きましたが」
爺やの言葉にイスルギの顔が強ばった。薄情なことにヤサカとクシナは、そそっと離れていく。もちろん小妖精もだ。
「仕方あるまい。門を開けねば通れず、開けようとしたら壊れてしまったのだ」
「中庭も随分と荒れ、廊下の調度品も台無しだとか。全て魔王様のせいで」
爺やの言葉に、メイド姿の淫魔やゴーストが揃って肯いた。
感心するほど正直な部下たちである。
「費用は如何なさいます? 今年の予算は既に決まっておりますがね」
「それについては……」
「それについては?」
「ガングニートの国を攻め滅ぼすとしよう。あれだけの装備を調えたのだ、たっぷり資金も持っているに違いない」
かくして調子にのって攻め込んだ魔王が返り討ちに遭い、返り討ちにした魔王が相手の国に攻め込むことになったのであった。
ただし相手は相継ぐ軍備増強で財政破綻寸前の国という誤算が待っているのだが。
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