第15話 誤算(勇)

「だから、なんで売らないんだよ! おい、金ならあるぞ。金なら!」

 ヨシカは大きな声をだした。

 良い品が揃っていると噂の勇者用品店イスルギに来たはいいが、買おうとすると断られ、文句を言えば何も売らないとまで宣言されたのだ。

 これが怒らずにいられようか。

「金の問題ではない」

「だったらなんでだ!?」

「この店に相応しくない者には売らない。ただ、それだけだ」

「このっ! 馬鹿にすんな!」

 頭に血が昇って拳を握りしめる。

 いつもなら、そこで殴りかかるところだが店主に睨まれた途端。そんな気持ちは霧散した。心がヒュンッとしたのだ、ヒュンッと。あと大事なところも。

 店の奥に美人と可愛い子がいる。

 だから格好悪いところは見せられないので何とか耐えてみせたが、しかし同時に持ち前の反抗心も燃え上がっている。

「俺を舐めるなよ、貴様!」

「ああ、鏡ぐらいなら売ろう。それで今の自分をじっくり見てみるといい」

「せっかく来てやったが、もういい! いいかっ、後悔すんじゃねえぞ! 誰がこんな店では買ってやるか、他の連中にも教えてやる! 潰れちまえ、こんな店!」

 周りには珍しい品や、格好いい品が沢山ある。

 どれもこれも凄く欲しい。

「おい、今ならまだ許してやるぞ!」

 だが鼻で笑われただけだった。

「くそっ! こいつは迷惑料だ! くれてやる!」

 銀貨一枚をテーブルに叩き付けてやる。この程度を端金として扱える事を見せつけ、上客を逃した事を思い知らせてやりたかった。

 だが店主は商品の剣を手に取って磨きだしていた。

 無視とかそういった素振りではない。本当にヨシカの存在を気にもせず、そのまま店の仕事を始めているのだ。

 もう一度頭に血が昇ってくる。

 ヨシカは悔しさに歯を噛みしめ、床を踏みつけながら店の外へと飛び出した。


 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。


 外に飛び出したヨシカには、その小気味よい音さえ苛立たしかった。

 大股で足元の石畳みを踏みしめ、人の姿の疎らな裏通りを後にする。大通りに出て肩で風をきって進めば、恐れをなした連中が慌てた様子で道を開けていく。

 それで気分が少し良くなった。

 おまけに懐には、たっぷり金がある。

 オークと呼ばれるモンスターを倒して得た報奨金。しかも群れで現れたそれを、たった一人で倒したのだ。皆からは驚かれ、将来有望な勇者と期待さえされている。

 ――それなのに!

 また怒りが込み上げてくる。

 あの勇者用品店イスルギだけではなく、最近そうした店が幾つもあるのだ。馴染みだった宿屋にも断られ、お気に入りだった酒場には出禁扱い。

 気にする必要はないが、自分という存在が拒否されたようで面白くなかった。

「まあいいさ。もっと稼いでやる。後で後悔させてやる」

 もっと金を稼いで偉くなり、自分を否定した連中が後悔するぐらいになれば良いのだ。そして、それが出来るだけの実力もある。

 考えていると少し怒りも収まった。

「でも気分が悪いな。よしっ、今日は豪遊してやるか」

 金なんてものは少し勇者活動をすれば幾らでも手に入る。思いっきり楽しみ、好き勝手やって生きねば勿体ない。

 そうと決めると、まずは宿に行く。

 最近利用しだした宿だが、前よりも綺麗で広くて住みやすい。

「親爺、湯だ。風呂を用意してくれ。今夜は思いっきり飲んで、イイとこで楽しんでくるんだ。まずは身体を綺麗にするんだ」

 声をあげれば、直ぐ宿の親爺がやって来た。

 乗客相手とあって揉み手までしているぐらいだ。

「それは豪勢な事で。直ぐ用意しますので」

「おう、直ぐ頼む」

「ええもちろんですとも。ところで、まだこれからも泊まって頂けますので?」

「もちろん泊まってやるよ」

 宿の親爺は媚びてくるが、こうでなくてはいけない。

「これは、ありがたい事ですな。では、先払いで頂いても宜しいですか」

「待て、こないだは後払いで構わないと言ってなかったか?」

「いえいえ、お客様は余裕で稼げる方ですからね。他の方とは違って、先に頂いてしまっても問題ないでしょ」

「それもそうだな。よーし、払ってやる」

 なぜ後払いを先払いにされたのか。その理由も深くは考えず疑いもせず、ヨシカは言われるままに宿代を支払った。


 飲む打つ買うで、豪遊した。

「太陽が黄色いな」

 楽しいが気怠くもある気分で、ヨシカは大通りをふらふらと歩く。もう朝と言うよりは昼に近い頃合い。昨夜のお楽しみを思いだせば、つい口元が弛んでしまう。

「ああ、勇者ヨシカさん。ここにいらっしゃいましたか」

 声をかけてきたのは、先日武器を買った店の親爺だ。後には何人かの下働きも伴っている。こないだ初めて行っが、愛想が良くて態度の良い店だ。

「おう、親爺久しぶりだな。親爺んとこの武器は使いやすくて良いぞ、オークの奴らをバタバタ斬ってやった。お前の店、たっぷり宣伝してやるぜ」

「それは真にありがたく。で、ヨシカさん。申し訳ないですが、武器の代金を頂けますでしょうか?」

「ああ、今日が期日だったな。悪い悪い、ちゃんと用意してあるぜ」

 財布を探ると思ったよりも減っている。

 気前のいいところを見せるため、お楽しみの最中に金をばらまいたせいだ。もちろん、ここの支払いが出来るだけは残しておいたので問題ない。

 だが――。

「足りませんね、銀貨一枚」

「おっ、そうか? ああ、そういや一枚使ったな」

 勇者用品店で銀貨一枚くれてやった事を思い出す。頭に血が昇っていたせいで、すっかり忘れていた。

「すまんな。銀貨一枚か、また後で払う」

「今日が期日です。払って下さい」

 急に武器屋の親爺の態度が硬化した。その顔も厳しいものになっているし、背後の下働きたちなど棍棒を握りしめたぐらいだ。


「銀貨一枚ぐらい良いだろうに。ああ、分かったよ。ちょっと稼ぎに行ってくる」

「駄目です」

「なんでだよ、期日だって今日だろ。そっちは金がいるんだろ」

「貴方が、そのまま逃げる可能性がありますので」

「そんな事するわけないだろが!」

 ヨシカが怒鳴ると、相手は一歩後退った。それだけなら良かったが、衛兵を呼ぶよう指事する声が聞こえた。

「ちょっ、ちょっと待てよ。なんで衛兵なんだ。よし、宿屋に先払いした分があるんだ。それを回収すれば問題ない、宿屋に行こうか。おい、聞けよ」

 しかし武器屋の親爺は頑なだ。

 辺りには人だかりが出来て、ヨシカを見ながら囁いている。非常に拙い状況になりつつあった。

 このまま衛兵が来れば間違いなく拘束される。

 ――勇者としての経歴に疵がついちまう。

 疵だけならまだしも勇者の加護を失う可能性さえある。そうなったら、もう全てが終わりで台無しだ。

 ヨシカは泣きたい気分になっている。

 しかしそんな時だった、人だかりの間から少女が出て来たのは。

 その少女は金色の髪に紅いリボンをして上質な法衣を身に付けていた。そして、えらく可愛い。皆が思わず注目するぐらいで、もちろんヨシカも同じだった。

「ん、持って来た」

 少女は真っ直ぐに向かって来たかと思うと手を突きだす。

 その綺麗な白い掌の上には一枚の銀貨があった。

「これを俺に……あっ、そういえばお前はイスルギの店にいたか」

 すると、この銀貨はテーブルに叩き付けたものという事だ。

 イスルギという名を出したとたんに、辺りがざわついている。武器屋の親爺も急に態度を軟化させ、ヨシカが渡す銀貨を素直に受け取り去っていった。

 どうやらヨシカが知らなかっただけで、勇者用品店イスルギは街の顔らしい。


「お前は確か、店にいた子だな。届けてくれたのか」

「ん。じゃっ」

「ちょっ、ちょっと待てよ」

 さっさと踵を返して帰ろうとする少女を呼び止めた。

 助けて貰った感謝もあるし、なにより、このまま分かれるのが勿体ない。もう少し言葉を交わして、出来れば仲良くなりたかった。

「礼ぐらいしてやるよ」

「いらない」

「なんでだよ、俺が礼をしてやるってのに」

「してやる?」

 不思議そうに問い返されて、見つめられた途端にヨシカは固まった。

 その青い瞳で見つめられると、自分より年下のはずの少女が、もっと長く生きている存在に思えたのだ。

「あ、いや何だ。そうだよな、してやるってのは変だよな」

「…………」

「財布が無くて凄く困ってたんだ。だから助けて貰ってお礼をしたい。いや、させて貰いたい」

 言った途端に少女は、ふいっと横を向いてしまった。

 拒否されたかと思いきや、少女は何かをじっと見つめているようだ。視線を辿っていくと、飴売りの屋台がある。どうやら、それが良いらしい。

「よし礼に飴を……ってぇ! 悪ぃ! 俺はいまスッカラカンだった」

「スッカラ?」

「金も何にもないんだ、急いで稼ぎに行かないと拙いんだ」

「そ」

 少女は突然走りだした。


 呆気にとられ見ていると、屋台で飴を買っている。そしてまた戻って来た。何をするかと思えば、飴を一つを押し付けるようにして渡してきた。

「あげる」

「おっ、おう。ありがとな……」

 何ともマイペースで調子が狂ってしまう。

 だが飴はありがたかった。

「じゃ」

 今度こそ少女は駆け去ってしまう。

 その後ろ姿を見ながら、ヨシカは飴を口にした。

 甘い、とても甘い。

 思い出せば勇者になる前や、なった直後は飴一つも買えやしなかった。苦労して少し余裕が出て、ようやく飴が買えた時は最高に美味かった。

 ――そうか、俺おかしくなってた。

 手に入れた力に酔いしれ、さらには今まで縁のなかった額の金を手にして完全に舞い上がっていた。

 その事に気付いてみれば、身悶えしたくなるほど恥ずかしくなる。

「もう一度やり直そう」

 そして、以前の馴染みの店に行こうと誓った。ちゃんと頭を下げ、これまでの事を謝らねばならない。

 もちろん勇者用品店イスルギにもだ。

 そして、まずは鏡を売って貰おう。今のこの気持ちを忘れぬように、日々自分の姿を見つめ直せるよう、そして戒めのために。

 もちろん売って貰えないかもしれない。

 だが、それならそれで何度も店に通ってやるだけだ。

 そうすれば、またあの子に会えるのだから。ヨシカは力強く笑って青空を見上げ、まずは金を稼ぐため勇者専用の依頼所に向け歩きだした。

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