第8話 襲来(魔)
ダンジョンとはモンスターである。
親ダンジョンから放出された幼生が大気を漂い、山や砂漠など好適な環境に移動し定着。デプレと呼ばれる窪みになると、大地や雨などに含まれる魔力を得ながら少しずつ成長していく。
やがて窪みが深くなっていき、ケーブと呼ばれる洞窟状態に移行する。
内部に入り込んだ野生動物や小型モンスターと共生し、そこから得られる魔力によって少しずつ深さを増していく。しかし、この状態は専門家であっても自然洞窟との区別することは非常に困難であるため観察事例は極めて少ない。
ある一定の深度からダンジョンと呼ばれるが、どの段階から呼称するべきかは学術的論争があるため割愛しよう。しかし一般的には内部に階段や扉、または罠などが発生したものをダンジョンと呼ぶ。
成長したダンジョンは内部構造の複雑化や意匠化など、それぞれ異なる様相をみせ様々な方法で他生物を内部に誘引する。
その最たるものが、アイテム産出だろう。
産出されるアイテムは初期段階では取るに足らない品ばかりだが、歳を経たダンジョンともなると伝説に残るほどのアイテムを生成することもある。
これは他には見られない特異的な能力と言えよう。
それによってダンジョンは生物を意図的に呼び込み、迷路やトラップ、または共生関係を築いた一部のモンスターを用いて効率的に侵入者を殺傷。そこから得られる魔力によって生存しているのだ。
また、ダンジョンには一定の知性や思考があると多くの賢者が考えている。
上記であげたような生物の誘引や、内部構造や意匠がダンジョン毎に異なり、生成アイテムに偏りや特徴がある点。さらに一部のダンジョンにおいて見られる内部活動での制限をかける点などを考えればダンジョンが知性を有している事は――――【ダンジョンの近代的研究 著:サネモ・ハタケ】より抜粋。
夕刻になり空が明らんだ頃、山々に囲まれた静かな地にイスルギが姿を現した。店を閉めた後に転移の魔法によってやって来たのだ。
「さて行くか」
「はい、行きましょうか」
イスルギもヤサカも簡単な防具を身に着け武器も装備している。二人とも強大な力を持っているため、余程の理由がなければ身に付けない。ただ、この場所には別の意味で身に付ける必要があった。
二人して歩きだすと、前方からやってくる人の姿があった。
「あんたら、今から行くのかい?」
四人組パーティの勇者が驚きと心配そうな顔をする。
それにイスルギは肯き、やはり装備を身に付けてきて良かったと思った。
「ああ、少し出遅れてしまったのでね」
「大丈夫か? ここのダンジョンは気は良いが、二人だけだと厳しいぞ」
「もちろん引き際は心得ているさ」
「ならいいけどよ。あんま無理すんなよ」
親切な勇者にイスルギは頷き、ヤサカに合図をして歩きだした。二人が武器防具を身に着けているのは、これが理由。
この先にあるダンジョンに向かっても不審がられない為であった。
「さて、久しぶりのダンジョンだな」
「よい商品が確保出来ると良いですよね」
「ここのダンジョンは節操もなく、いろいろ産出するという噂だからな」
「お客さんの話だと、なかなか親切なダンジョンだとか」
「動けなくなると外に転移してくれたらしいな。珍しいダンジョンだ」
和やかに話しながらダンジョンへ続く坂を上がっていく。途中すれ違う勇者たちから心配されたり、何も知らないのかと注意されたり、または素人扱いされたりいろいろだ。
やがて山中の平地に、巨石を組み合わせたオブジェが見えてきた。
その中央に階段が存在するのだが、ご丁寧な事に手摺りまでついている。これが、この近辺で有名なダンジョンである。
イスルギとヤサカは階段を降りダンジョン内部に侵入した。
そのダンジョンに自我が芽生えたのはいつ頃か。少なくとも数百年は前だろう。
内部に入ってくる人間たちの言葉を覚え、互いに呼び交わしている言葉が名前というものだとも理解していた。
さらに自分で自分の名前を考え、カノリーヌと決めた。しかし、やって来る生き物たちが、その名前を知ることはできない。
なぜなら相手はカノリーヌと意志疎通ができないので。
それでもカノリーヌは自分の中に来てくれる存在が大好きだった。
見ているだけで面白く声を聞くのも楽しい。内部でちょこまかされると退屈も紛れる。だから皆が楽しんでくれるようにと適度に内部を複雑にし、そしてまた来てくれるように良いアイテムを宝箱に用意していた。
ただ、夜はのんびり過ごしたい。
だから夕方頃から難易度を上げるようにしていた。来訪者たちも理解して夕方には引き揚げてくれる。それがまた、意志疎通できたようで嬉しくもあった。
『それなのに……』
今日はちっとも帰ろうとしない二人組がいる。
しかも次々と宝箱を開けていく。
明日来てくれる者たちのためにと、カノリーヌが一生懸命考え楽しみに用意したものを、つぎつぎと回収していくのだ。
『そういうのは駄目っ』
故にトラップを発動させ排除にかかるが、全て回避され無効化されてしまう。
内部に住んでいるモンスターを動員するが、これも退けられてしまう。可愛いモンスターたちが死ななかった事だけが救いだ。
『ううっ、帰って。帰ってよ』
どんどんと奥底までやって来て、隠し部屋の大切な場所にも踏み込まれてしまう。恥ずかしい失敗アイテムや、間違えて造り放置していた変な扉まで見られた。
最終手段で外へ強制転移させれば、あろう事か一瞬で戻って来た。
『ひいいぃっ!』
即死トラップを発動し石で押し潰せば石が破壊される。深い穴に落とせば逆効果、そこから移動して最深部まで来てしまう。
そして次々とアイテムを奪われていた。
アイテム産出にも魔力が必要だが、カノリーヌ自身が生存し成長するためにもやはり魔力が必要になる。それに対し大地や来訪者から得られる魔力は限りがあった。
だから一方的に搾取されるのは死活問題となってしまう。
『帰ってよーっ!』
カノリーヌの悲鳴は誰にも聞こえず届かない。
イスルギとヤサカは数々の罠やモンスターを退け、ダンジョン最深部に到達していた。おそらくダンジョンアタックとしては最速記録に違いない。
しかもアイテム回収も捗っていた。
内部が特殊空間となった大容量アイテムポーチがなければ運ぶのも大変な量だ。
「なかなかの量だったな」
「幾つかは城にも贈りましょう。安楽椅子なんて、きっと爺や様も喜びますよ」
「あまり趣味の良くないデザインのような……」
「そうですか? 私は可愛いと思いますけど」
「…………」
イスルギは回収した安楽椅子を思い浮かべた。あちこちにクマの意匠が施され、背もたれ生地の図柄にも同じものがある。熊ではなく、クマさんと呼ぶべき柄だ。
きっと爺やは泣きそうな顔で座るだろう。
イスルギも我が身が可愛い。自分に勧められないようにと黙っておく。
「この奥だな」
一見して行き止まりに思える通路の壁に手を当てた。
力を入れて押すと、重たげな音と共に壁が回転していく。そして奥に現れた小部屋には、澄んだ青色をした宝珠が鎮座していた。
これこそがダンジョンの核となるコアだ。
コアは怯えたように激しく光を放ち明滅している。
「ああ、安心しろ。こちらに危害を加えるつもりはない」
すると明滅が少し収まった。どことなく戸惑った様子がある。
「いろいろアイテムを頂いたのでな。その対価と礼を払おう。さあ、受け取れ」
イスルギは魔王本来の力を解き放った。
辺りに濃密な魔力が立ち込め部屋の中に満ちていく。さらにヤサカも真祖としての力を解放しているため、それはかなりのものだ。
「それは少し与えすぎではないか?」
「いえいえ。なかなか可愛いアイテムもいっぱいありましたし、ここのダンジョンさんは優しくて親切みたいですから。ちょっとしたオマケです」
どうやらヤサカは、このダンジョンが気に入ったらしい。たぶん、あのクマ柄デザインが原因のようだ。
「では、今日は騒がせたな」
イスルギは苦笑すると魔法を発動し勇者用品店へと転移した。ヤサカもコアに向かって手を振って見せ、続けて姿を消した。
後に残されたコアは、ゆっくり光を明滅させている。それはどこか呆然としたように感じられるものだった。
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